Peace2.5:少女アメ

 「これでよしっ!」
私は今し方出来上がったばかりのテーブルに並んだ朝食を見て、出来栄えに満足して頷いた。これならきっと黒夜様も喜んでくれる筈だ。
 私の名は『アメ』。高校生だ ……恐らく。私には“記憶が無い”。だから正確なことは分からないのだ。自分の名前も歳も住所も何も覚えていない。私のこの名は黒夜様がつけてくださったものだ。
その黒夜様に雨の中道に倒れているところを拾われて今日でもう二週間になる。全く記憶を取り戻せていないというのに黒夜様はとても優しくしてくださる。確かに少し無愛想ではあるがとてもいいお方だ。
「おはよう。今日の朝飯は?」
黒夜様が起きてリビングに出てきた。寝起きだから、部屋着の白いTシャツに黒いズボン姿だ。黒夜様はきっちりしたお方で、朝食を食べたらすぐにきっちり身支度をして普段着に着替えるし、毎朝決まって八時半に起きてくる。前日夜更かしをしていてもだ。なんでそんなに正確に起きられるんだろうか。
黒夜様は背が高く大体一八〇くらい。肩幅が広く、がっしりした体格から鍛えているのがよく分かる。ショートの髪は前髪がV字で明るい茶色に金が混じったような色をしている。目鼻立ちの整っていて、切れ長の目は綺麗なアーモンドアイだった。最初は染めているのかと思ったが、もしかしたら髪も元々この色なのかもしれない。
「おはようございますっ。今日は鮭の塩焼きとお味噌汁・ご飯・冷や奴です」
黒夜様が食卓に目をおとす。
「そうか、うまそうだな。早く食おうか」
「はいっ」
そう言っていつもの決まった席に座る。四人がけの長方形の食卓には二脚の椅子があって、机を挟んで向かい合うように配置されている。私が初めて来た日にも二脚用意されていたからもしかしたら前は誰かと一緒に住んでいたのかもしれない。
いただきます、と言って食べ始める。実は私はいつも食べながらこっそり黒夜様を見ていたりする。黒夜様は優しいお方だから多分美味しくなくても『まずい』とは言わないだろう。だから黒夜様が本当に美味しいと思っているのかが気になるのだ。美味しくないものをだしていたら申し訳ないから。そんなことをしているうちに黒夜様はいつも通りテキパキと朝食をすませてしまった。
「ごちそうさま。今日もうまかったよ」
「!ありがとうございます」
黒夜様は、いつも笑わない。目が一瞬優しそうになるくらいで、絶対に笑顔を見せないのだ。何故だか気になってスパナ様に聞いてみたが、スパナ様曰く『あいつは昔からあんなんだ。気にしなくても大丈夫さ』とのこと。単に無愛想なのか、何か他にあるのか…謎は迷宮入りだ。
 朝食の皿を洗って片付けてから黒夜様とニュースを見た後はその日によってまちまちだが、大抵は護身術を教えてもらいにスパナ様のところへ行く。今日もそうだ。私をスパナ様のところに送って行った後、黒夜様は一旦家に帰ってまた迎えに来る。それまで私はスパナ様に色々護身術を教わったり、時々『黒には内緒なっ』とスパナ様が黒夜様の昔の話を聞かせてくださったりするのだ。黒夜様は元々筋が良くてすぐに喧嘩屋として成功してしまった凄い人らしい。
 前にファイトから帰って来たとき全身血まみれではあったが黒夜様はまったくの無傷だった。あれは全部返り血だったのだろう。それだけで、黒夜様の強さを示すには十分だった。
 黒夜様が迎えに来て家に帰ると、何か買いたい物があるらしく黒夜様はコンビニに行ってしまった。コンビニはここから少し離れた場所にあるから車で行かなくてはいけない。窓の外から黒夜様の車が遠のいていく音が聞こえた。
ソファーの上で体育座りになると、そのまま横に倒れる。
「どうせなら私も連れて行って欲しかったな…」
黒夜様、早く帰って来てくれるといいな。

黒猫鬼灯
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