Peace4:信頼の芽

 龍馬が俺の反応に心配そうな顔をしている。
「ア、アニキ?あの…」
俺の記憶が当たっているなら今俺達はとんでもない事態に陥っていることになる。
「おい。お前、さ」
「はいっ。なんすか」龍馬がキラキラとした視線を俺に向ける。俺が弟子入りを許可すると思っているのかもしれない。
「もしかして親父さんが天下の『龍の巣会』の会長…てか、組長さんだったり、するの、か…?」
恐る恐る龍馬の顔を見るが、俺のその発言に龍馬はポカンとしてしまっていた。うつむくと少しの間をおいて何かを決意したように口を開く。
「やっぱりアニキさすがっすね…。そうです。お察しの通り俺は『龍の巣会』会長もとい組長 龍馬 清十郎(たつま せいじゅうろう)の、次男坊、なんす」
「───────やっぱりか」
やはり当たっていた。これはかなりまずい事態になっちまったな…
 『龍の巣会』というのはこの烏崎で一番巨大な勢力をもつ極道だ。烏崎一治安の悪いD地区に本家をかまえており、日本中に無数の分家が存在している。大勢の大物政治家との繫がりがあるとか、武器や麻薬の売買をしているブラックマーケットを取り仕切っているとか、様々な黒い噂が絶えず飛び交っている。組の関係者全員が龍の描かれた指輪をしていることでも有名だ。
 アメが仮にここで事件に巻き込まれたとすれば、何かしら龍の巣会が関わっていることだろう。アメの存在を龍馬に知られるという事態は絶対に避けたい。
 まてよ?確かアメが前も見たって言ってたな… もし俺をあの後からしばらく見張っていたなら、もうアメのことがばれている?
そもそも本当に弟子入りの為に来たのか?まさかとは思うが…
「だったら弟子にするのは尚更願い下げだ。俺は厄介ごとが嫌いなんだよ。龍の巣会の次男坊なんて厄介ごとに巻きこまれることうけあいだからな。じゃあな」
ツアラーから腰をあげて車へと歩き出す。この場から早く立ち去らなくては。 ばれていてもいなくても長居は危険だ。本当なら探りを入れたいところではあるがアメが車の中にいる以上危ない橋は絶対に渡れない。平静を装いながらも自分が冷や汗をかいているのが分かる。
「嫌です!諦めないっすよ!そのために俺、組まで抜けてきたんすから!」
「はぁぁ!?」
龍馬の言葉に思わず足を止め振り返る。
「俺、もともとうちの組があんまり好きじゃないんす。ブラックマーケットの噂とか聞いたことあります?」
「あぁ、武器や麻薬の売買がうんたらってやつか」
「あれ、噂じゃなくて本当なんす。いくら極道でもヤクとか俺はどうしても賛成できなくて。親父にちゃんと言えない弱い自分も情けなくて組を飛び出して」
龍馬が苦しそうにうつむく。そういえば龍馬の指には指輪がはめられていない。 
「せっかく組を出たのにまだ烏崎にとどまるのか?俺に弟子入りなんかせずここを出て好きにすりゃあいいだろ」俺が大きくため息をつくと龍馬は突然ヘルメットを脇に置いて俺に土下座をした。
「嫌です!お願いします!俺はどうしてもアニキに弟子入りしたいんす!」
俺は予想もしなかった事態に面を喰らってしまう。まさか土下座なんてするとは。
「っ!?いや、顔あげろ。なんでそこまで…」
「──────彼の視界に入った人間は生きて帰れない そう恐れられている『Black』って名前のファイターは俺だってよく知ってます。組を出てファイト始めて、その人が、アニキが戦っている姿を見て決心したんす。この人についていこうと。俺っ、強くなりたいんす!」
龍馬は真っ直ぐ俺を見据えながら正座した足の上で拳をにぎる。
「どんなに格好よく言ったとしても所詮はた だの人殺しだ。俺に憧れたってなんにもならねぇよ」
「人殺しだろうが何だろうがそんなの知りません!俺はアニキについていくって決めたんす!」
流石元極道。龍馬の気迫にやられて思わず一瞬認めてしまいそうにになる。
「そんなに言ったって無駄だ。じゃあな」
自分でも酷だとは思うが再び龍馬に背を向けて車へと戻った。まあ、アメがいなくとも弟子をとる気はないからどちらにせよ断るのだが。アメのことはバレてない可能性が高そうでよかった。
「でもっ!アニキっ!」
「俺はお前のアニキじゃねぇし、弟子も取らねぇ。じゃあな」
今度は立ち止まったりせず車に乗り込む。アメは伏せているのが辛かったのか座席の前に体育座りで座っていた。俺が戻った瞬間アメの表情をパッと明るくする。
「黒夜様お帰りなさいです」
「悪いアメ。もうちょっとの辛抱だ」
「はいっ」
エンジンをかける。が、まだ龍馬は正座のままこちらの車を見ていた。運転席側の窓を開け首だけ出す。
「どけ。車が出せない」
「あっ、はい!すいませ…」立ち上がり道の脇によけた龍馬が、言い終わるか終わらないかのうちに車で横を通り過ぎた。
 右折してさっき来た道を戻っていく。少し遠回りな帰り道になってしまった。
空いている運転席側の窓を閉める。
「アメもう戻っていいぞ。迷惑かけてすまなかったな」
サイドミラーを確認するが龍馬は追ってきていなかった。多少は追ってくるのを覚悟していたのだが… 何というか、土下座までしていた割にはやけにあっさりだな。
「いえいえ。私はなんともありませんから。それより黒夜様は大丈夫でしたか?」
助手席に座りシートベルトを締めながらこちらを向いたアメが、心配そうに首をかしげた。
「別に平気だ。気にしなくていい」
「そうですか。 ─────あの、自動販売機に寄ってもらえますか」
「自販機?わかった」
アメが帰り道にどこかに寄って欲しい、と頼んでくるなんて初めてのことだ。珍しいこともあるものだ。
「何か飲みたいものでも?」
「まあ、そんなところです」
「??」
 自動販売機の前に着き降りて助手席側のドアを開けてやると、アメはひらりと車を降りた。さっきから何度かサイドミラーを確認しているが龍馬はついてきていなかったし、降ろしても大丈夫だろう。そんなことを考えているとアメが突然車の前にしゃがみ込んだ。
「!?何してるんだ?」
アメは何かを探すように車の下を覗き込んでいる。
「ちょっと気になることがありまし…て…あぁ、やっぱりあった」
「やっぱりあったって、何が」
「ちょっと待ってくださいね」
アメは車の下に手を入れるとそこから小さな黒い箱状の物を取り俺に手渡した。手のひらサイズでアンテナがついており、箱の右上に赤い小さな丸いライトが光っていた。明らかに車の部品ではない。
「おいっ…これ…」
「発信器です。こちらの居場所を探るための」そう言うとアメは俺の手から発信器を取り地面に落とした。そのまま足で踏み潰して壊すとバキッという鈍い音がした。赤いライトが静かに消える。
「発信器!?なんで分かったんだ?」
「簡単なことです。改めて語る必要もないですよ」
アメがポケットからハンカチを取り出し、ハンカチで手を覆いながら発信器に一切触らずに壊れた発信器を拾い上げる。
「つけられたということは、黒夜様の居場所が何処かしらのルートから割れているということですから。他にもいくつかある根拠だってどれもほんの些細なことです」
アメは発信器を見つめると、小さく舌打ちをしてズボンのポケットにしまった。
「面倒なことをしてくれますね。ほんと」
 俺が馬鹿なだけなのだろうが、俺は発信器のはの字だって出てこなかった。きっともう俺の自宅の位置も“お客さんさん”にばれているのだろう。
「これは多分あの龍馬とかいう男がつけたものじゃないですよ。あの男がつけているものであるなら、尾行せず先回りすればいい訳ですから」
「確かにそうだよな… ん?なんでアメあいつの名前を?俺は一言も」
アメがにやりと笑って自分の耳を指さす。
「私耳がいいんです。地獄耳ってやつですよ」
「なるほどな」
 俺は思わずわずかに口元を緩める。少し前まではの俺はアメの正体について妙な勘ぐりをしていなかったといえば嘘になる。
だが、今ではすっかり慣れも混じって呆れにも似た関心しかない。アメが本当はどんな人間かなんて知らない。どんな人間だったとしてもアメはアメだ。俺の大切な隣人アメだ。
 だがただ一つ分かることがあるのだとすれば、雨の日に橋で拾った知識・技能未知数のアメは、とても純粋ないい子だということだけだ。それと、発信器を見抜くのが得意なことも。
「帰ったらアメの考察を聞かせてくれよ」
頭を撫でられて一瞬びっくりするも、アメは安心した笑顔を見せた。手からアメのやわらかい温度が伝わってくる。
「無論です。“黒夜さん”」
「!!」
今日の風も昨日と同じくらいの温度だったが、今日の風は何故か春の風のように爽やかに感じた。

黒猫鬼灯
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黒猫鬼灯

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