Peace5:綺麗なつくりもの

「まず、しばらくファイトへは行かないでください。お客さんの目星も目的も掴めてませんからね」

「分かった。というかどうやって探るんだ?」

俺達は一旦家に戻り、食卓の上に置いた発信器の残骸を挟んで話し合いをしていた。主導権が若干アメにあるような気がするのは気のせいだろうか。

「SIMがあれば一発で特定できて楽だったんですけどね」

「SIM?」

「はい。発信器にはSIMが入っている物も多いんですよ。入っていればすぐ特定できるんですが… 少し手間取りそうですね。このタイプだと最長で二十日程しか電池が持たないない筈なので最近付けられたのは確かです」

相変わらずアメは変なことに詳しい。

二十日程前といえば丁度アメを拾った頃だ。その頃だと丁度爺さんとアメが会ったあたりか。

「二十日前ねぇ?…あ」

その時俺の頭をある人の言葉がよぎった。『まあ一応わしもちゃんと見張ってるさ』

あの妙に引っかかった言葉にようやく合点がいきため息をつく。

「どうかしましたか?」

俺は大きなため息をついて立ち上がった。

「お客さんの正体が分かった。ちょっと遅いが今から行くぞ」

「えっ!?」

「犯人はあの“スパナ様”だよ」

 二人で車に乗り工場へ向かうと、スパナ様もとい爺さんはオレンジ色になった日の光の中でシャッターを内側から下ろしていた。

「おい爺さん!!」

「んあっ?おぉ黒。どうしたんだよ」俺の声に眠そうに欠伸をしながら爺さんが出てきた。

「どうしたもこうしたもねぇよ!車に発信器なんて馬鹿じゃねぇの!?」

アメが持っていた発信器の残骸を爺さんの足元に投げつける。

「あ、ばれた?」

「『あ、ばれた?』じゃねぇ!!ふざけんな!」

「く、黒夜さん落ち着いて!!怪しい奴とかじゃなくてよかったじゃないですか!」

「おぉ~!嬢ちゃんは分かってくれるかぁ。万が一何か嬢ちゃんにあったらと思ってな。そんな俺の善意を黒は…うぅ」

爺さんが泣き真似をするのを見てため息をつく。

「ったくわざとらしい。何が善意だよ」

「あれ?でも黒夜さんはどうやってスパナ様がお客さんの正体だと分かったんです?」

「前に見張ってるから~みたいなこと言ってたからな。時期的に考えてもそうかな、と。前にもこんなことあったし」

「前にも!?」

アメが驚いて目を白黒させている。

「あぁ。九歳くらいの頃だったか、俺がお使いに行くときにリュックに発信器入れられてたんだよ。ご丁寧に盗聴器と一緒にな」

「うわぁ…」

もっとも、あの時はお使いの内容が内容だったし仕方ないのかもとは思うが。確かイーグルの修理依頼がきて、俺がどっかの組にそれを取りに行くとかだった筈だ。

「安心しろ。今回は盗聴器なんざ仕掛けとらんさ。そこまでしなくても大丈夫だろうしな」

爺さんが地面に散らばった発信機の残骸を拾い集めて近くのゴミ箱に捨てる。

「じゃあ発信器もいらねぇだろ!」

苛立つ俺を「まぁまぁ不審者じゃなくてよかったじゃないですか」とアメがなだめてきた時だ。聞き覚えのあるバイクのエンジン音が近づいてくるのが分かった。アメは俺より少し早く察知したらしく俺の後ろに隠れている。まだ龍馬を知らない爺さんは「どうしたんだ?」とのんきに首をかしげていた。

音が近づいてくるにつれて、アメの俺のTシャツを摑む手に力が入る。

「アメ、俺がいるから大丈夫だ。そのまま俺の後ろから出るなよ」

「おいおい、何が来るんだよ」

「発信器仕掛けるどっかの爺さんにつづく厄介なお客さん其の二だよ」

それから工場の前へと姿を現したバイクは確かに龍馬のものだったが、俺の想像とは少しばかり違うものだった。“二人乗り”だったのだ。俺達の前に颯爽と止まったバイクから龍馬が降りる。

「アニキ!弟子にしてもらおうと思って頼みに来ました!」

「何回来てもそれは是が非でも認めねぇけど、そいつ誰だ?」バイクに乗ったままのスーツの男を指差す。スーツにフルフェイスとは何とも不釣り合いな格好だ。

「あれ?アニキ知り合いなんでしょ?」

「え?」

龍馬より幾分かぎこちなくバイクから降りたスーツの男がメットを脱ぐと、すぐにそれが誰か理解した。

「いやぁ、会ったのが今回で三回目とはいえ『そいつ誰だ?』って言われちゃうと少々

メンタルにきますね」

羽柴が苦笑いしながら頭を掻く。なんで龍馬と羽柴が一緒にバイクで来るのかと疑問に思っていると、そんな俺の思考を読んだかのように羽柴が口を開いた。

「いや、情けなくも足を挫いてしまいましてね。道端で困っている所を龍馬殿に手当てしていただきまして」

「んでそん時に俺がアニキに弟子になるのを断られたーって言ったら、羽柴さんもアニキのこと知ってるって言うんで」

言うんで、で何故ここに来ることになったのかはよく分からなかったがとりあえずの状況は呑み込めた。なんだか余計に厄介なことになっている気がする。そもそも何故この場所を知っているかは深く考えないことにした。もう頭が痛くなりそうだ。

「おや、後ろにいる可愛らしい“坊や”は例の…」

「こいつは!こいつは一ヶ月前に行き倒れているところを拾った“アメ”だ」

羽柴の言葉を遮るように俺がそう言うと、アメが恐る恐る俺の後ろから顔を覗かせる。

「ど…どうも」

「あああ、アニキに既に弟子が!兄弟子!?

いや、『弟子を取るつもりはない』って言ったじゃないすか!あれは嘘だったんすか!?」

「お前は俺にフラれた女か」

騒ぐ龍馬をよそに羽柴はしげしげとアメの顔を見つめている。

「やはり美しい。まるで月の光のようだ」

「ん?『やはり』?まるで会ったことあるみてぇな口ぶりだな」

横から爺さんが羽柴の発言に食ってかかる。爺さんがこういうことにだけは目敏いのは昔からだ。

俺が目で「黙れ」と言っているのに気付いて羽柴は慌てて「言葉のあやですよ!特に深い意味はないですっ」と取り繕った。

「ふーん?そうだ。おい、龍馬とか言ったか?」

「はい!自分、龍馬 誠っていいます!」

「ちょっとバイク見せてくれ。いいバイクじゃねぇか」

「あ、いっすよ」

爺さんと龍馬が仲良くバイクの前で話していると、その隙に羽柴がそっと「あの…」と話し掛けてきた。

「アメ、工場の中で遊んでこい」

「分かりましたっ」

工場に入っていくアメの背中を見ながら羽柴が口を開く。

「言ってないんですか。私に依頼したこと」

「言えるかよ。アメに俺が素性を怪しんでるとか誤解されたくねぇんだ」

「随分と大切になさってるんですね。彼女のこと」

「それは皮肉か?まぁ、大切にはしたいと思ってる。家にいる訳だし、記憶が戻るまでは…」

「ふふっ、お二人はまるで家族のようですね」

羽柴がそう言うのを聞いて複雑な気持ちで頭をかく。

「家族?違うさ。ただの…“はりぼてのガラス”だよ」

嘲笑しポケットに手を突っ込んでふと空を見上げる。

「俺達が家族に見えたとしてそれは偽物でしかない。はりぼてみたいに外だけ取り繕ったところで中はなんも入っちゃいねぇ。その取り繕った外さえも、ガラスのように脆くてすぐに壊れちまう。所詮家族なんて皆いつかは壊れる世界で一番綺麗なつくりものだよ」

俺の真上には吹いたら消えてしまいそうな一つの小さな星の光が瞬いていた。沈む太陽の最後の閃光を合図に世界は夜へと姿を変えていく。

「それで“はりぼてのガラス”ですか…」

我ながら俺は今史上最高に情けない顔をしているんだろう。ため息をついて顔を引き締めると羽柴の方を向く。

「いつかは壊れちまうような脆いもんを壊れないように後生大事にしてるなんて酔狂なもんだろ」

「私は素敵なことだと思いますよ。別に言う理由はないですし言いません。どれだけ長く続くか見守ってます」

「そうだとありがたいよ。んで?今日は何か進展があったから来たんだろ?」

「あゝ、そちらをすっかり忘れていました。あなたが彼女を見つけたと行っていた橋に行きましてね。念のため周りを漁ったらこんなものがあったんですよ」

羽柴がポケットからジップロックを取り出した。中には擦れて薄茶に汚れた、スマホ程の大きさの細長いジップロック。ジップロックの中にまたジップロックとは何とも変な感じがするが、証拠保全のためだろう。汚れていて見えづらいが中に入っているのは綺麗な赤い色をしていたスマホだ。

「時間がかかると言ったわりにはとんとん拍子でことが進んでいくもんだな」

受け取ったジップロックをしげしげと見つめる。外からはAndroidだということくらいしか分からない。

「十分難航してますよ。今のところ手掛かりは例のロックがかかった政府のデータとこれだけなんですから。普段ならもっと先の段階にいるところですよ」

羽柴はやれやれというようにため息をついた。

「これはアメの物なのか?」

「彼女の物なのかは分かりませんが、まるきり無関係でも無い筈です」

その話に「なるほど」と一度は納得しかけたものの俺は何か違和感を覚えた。そう、海だ。捜索も何もあの橋は九十九里浜とこの を結ぶ橋。周りには海しか無い。

「橋のどこにあったと思います?」

「まさか海の中ってことはないだろ?」

「そうですね。これは“こちらから九十九里浜へ向かう”橋のたもとに埋められていたんです」

「おい。今、なんて言った…?」

その羽柴の言葉に俺は驚きを隠せなかった。羽柴の話が本当ならアメは“こちら側から”どこかへ逃げるか何かする途中だったということになる。まさかアメは烏崎の関係者なのか?

「驚くのも無理ありませんね。そもそも十代の少女だからといって、はなから烏崎の関係者ではないと決めるのは早計だったんですよ」

「でもそうなるとどう政府と関係が?ここにいるのは反社会勢力がほとんどだぞ」

「要注意リストってことなんでしょうか… もっと調べてみます。そのスマホのロックコードを解読して中を見れば、そっちの方も何か分かるかも知れないですね」

手に持ったスマホに目を落とす。アメのものだとして何故土に埋める必要があったのだろう。羽柴も羽柴で土の中から見つけたとは辺り一帯掘り返しでもしたのか?

「…できるのか?」

「手間取りはするでしょうが、幸いこういうメカニック系は得意なんです。今更なんですけど、何か出会ったときに気になることはありませんでしたか?少しでも手掛かりが欲しいんです」

「何か…ねぇ」

当時のことでふと、アメが日付を七年前だと記憶違いを起こしていたことを思い出した。記憶が無いのに何故七年前の日付だけが出てきたのだろうか。

「黒夜さん…?」

「関係ないかも知れないが、アメは拾ったとき何故か日付を七年前だと記憶違いをしていた」

「記憶違い、ですか…。ありがとうございます。どんな些細なものでも情報は多い方がいいですから」

爺さん達が何やら話ながらこちらに戻ってきたので、アメを呼び戻す。爺さんと龍馬はこの短い間にすっかり仲良くなっていた。

「アメ、中で何してたんだ?」

「中に修理しかけのベレッタがあったので直してました。こっそりスパナ様のお手伝いです」

にっこり笑うアメに「それは偉いな」と涼しい顔で頭を撫でていたが内心は驚いていた。どんな風に壊れていたか知らないが小型だとはいえベレッタも立派な拳銃だ。それを一人で直した?なんでそんな芸当できるんだ。そもそも見ただけで型が分かるというのも不思議な話だ。

「あの、黒夜さん」

アメが口の横に手をあて小声で話し掛けてきたので、身を少しかがめてアメの顔に耳を近づける。

「ん?どうした?」

「あのスーツの方なんですけど、何をなさっている方なんですか?」

アメならそりゃあ気になるか。なんて言おう。アメは頭がいいから、馬鹿正直に情報屋だと言えば俺がアメの素性調査を頼んでいることに気付いてしまうかも知れない。

「え?あぁ… 人づてに知り合った人だから何をしているかは詳しく知らないんだよ」

俺は結局嘘をついてお茶を濁すことにした。やはりアメは納得がいかないというような顔をしている。

「またなんで急にそんなことを?」

「いえ、拳銃を携帯しているし黒夜さんとは仲良いしで何者なのか気になったんです」

「ん?仲がいい訳ではないが、拳銃って?」

「肩ですよ」アメが羽柴の左肩を指差す。

「左肩が少し下がっているし、左胸のところがわずかに膨らんでいるのでホルスターを提げいるんじゃないかと」

確かによく見ると羽柴の左肩はほんの少しだけ下がっているし、何か物が入っているように胸の部分膨らんでいた。よく見なければ分からないくらいの違いだ。あの出会ったたった数秒でよく…

「それにしても、胸のホルスターなんてまるで」

そこまで口にしたアメが突然動きを止めた。何かを探るように視線が動く。



『胸のホルスターなんてまるでまともな刑事みたいだな』

金髪でスーツ姿の同い年くらいの男が、自分のホルスターに目をやる。

『まともな刑事ねぇ… そもそも私達みたいな○○○に“まとも”なんて言葉似合わないだろ』

呆れたように笑うと男は一瞬びっくりしたような顔を見せたが、すぐにくしゃっとした笑顔になった。

『そうだな。俺達がまともなんて言ったら今すぐ隕石でも落ちてきそうだ』



「まるで…、『まともな刑事』みたいだ」

どこか視線が宙を彷徨ったままでアメはぽつりとそう言った。

「…アメ?」

「え?あっ、何でもないです」

誤魔化すように苦笑いしたアメに俺はそれ以上何も聞けなかった。 それに羽柴のような情報屋が何故銃を携帯しているんだ?

「私は伝えることを伝えましたのでもう行きますね。龍馬さんも帰るようですし」

とうの羽柴はいつもの人の良さそうな笑顔でそう言うと、既にバイクにまたがってエンジンをかけていた龍馬からヘルメットを受け取り少々ぎこちなくその後ろにまたがる。

「アニキ、また来ます!まだ俺は諦めてないっすよー!」

「また来るのかよ…」

妙な捨て台詞を残して遠ざかっていく龍馬のバイクを横目にため息をついた。 発信機のことを爺さんに聞きに来ただけだったのに随分面倒なことになったもんだ。

例のスマホの解析は任せるとして、さっきのアメのあの様子… 何か記憶の断片を思い出したのだろうか。

初めて爺さんに会った時の身のこなし、ファイトでの殺しについての意見、謎に手広い知識と技術、ロックのかかった政府データ、土に埋まっていたスマホ、たった数秒でホルスターに気付く観察眼。知れば知る程アメの正体を知らない方がいいんじゃないかと思ってしまう自分がいる。それに万が一記憶が戻ったらアメは…

俺は何故かあと何回アメの飯が食えるだろうかと場違いなことに考えを巡らせた。

「おうちに帰りましょう。黒夜さん」

「そうだな。…家に帰ろう」

黒猫鬼灯
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黒猫鬼灯

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