青汁
 小野くんの好物は青汁だ、だがこの青汁について。
 皆飲んでからだ、ほぼ確実にこう言った。
「まずい!」
「もういらないよ!」
「何だこのまずさ!」
「とんでもないぞ!」
「まずい?」
 しかし小野くんは彼等にいつもこう返した。
「美味しいよ」
「いや、まずいよ」
「何処が美味しいんだよ」
「こんなまずいものないよ」
「何でこんなのいつも美味しく飲めるんだよ」
「このことも不思議で仕方ないよ」
 不思議系で有名な小野くんのことでも特にというのだ。
「こんなのゴクゴクと飲むとか」
「幾ら何でも凄過ぎだろ」
「一口で嫌になるよ」
「コップ一杯飲むだけでも」
「下手な薬より酷い味だよ」
「身体にはいいって言われていても」
「そう、身体に凄くいいし」
 それにと言う小野くんだった、彼自身は。
「しかもね」
「美味しいんだよな」
「小野くんが言うのは」
「青汁は」
「うん、毎日お水代わりに飲んで」
 その飲む量はというと。
「三リットルかな」
「毎日三リットルもか」
「こんなの飲んでるのか」
「何でそれだけ飲めるんだよ」
「それも毎日」
「美味しいから」
 持ち前の無表情で言う、とかく小野くんは青汁を飲んでいた。友人達はそのことがどうしてもわからなかった。
 そしてだ、それは両親も同じで。
 家で青汁を一度に何杯も飲む我が子に信じられないという顔で言っていた。
「本当に青汁好きだな」
「そんなまずいものよくそれだけ飲めるわね」
「息子でも味覚がわからないな」
「どんな味覚してるのよ」
「だって美味しいから」
 両親への返事も同じだった。
「だから」
「そう言うけれどな、御前は」
「そう言っていつもストレートで飲んでるけれど」
「こんなのお砂糖とか入れてもそう飲めないぞ」
「そうそうね」
「こんなに美味しいのに」
 まだ言う小野くんだった。
「皆そう言うのが不思議だよ」
「御前の方が不思議だ」
「お母さんもそう思うわ」
「何でこれが美味しいんだ」
「どう味わってもまずいわよ」
「幾ら健康によくてもな」
「まずいものはまずいのよ」
 両親はこう言って青汁を飲まない、それでこの飲みものをいつも美味しく飲んでいる息子を不思議に思っていた。普段から我が子ながら不思議だと思っていても。
 しかし他人にあれこれ言われて自分のポリシーをあらためる小野くんではなくとにかく青汁を飲み続けていた、その為か。
 彼は健康ではあった、それである日見舞いに行ったクラスメイトに青汁を出してこう言ったのだった。
「飲めばね」
「風邪もかよ」
「一発でなおるよ」
 こう言ったのだ。
「それこそね」
「それは知っていてもな」
 クラスメイトは小野くんにベッドの中から否定の言葉を贈った。
「いいよ」
「飲まないんだ」
「ああ」
 実際にとも答えた。
「俺はいいよ」
「美味しいし身体にもいいのに」
「身体にいいかはともかくな」
「美味しいのはだね」
「違うだろ」
 そこはというのだ。
「絶対にな」
「君もそう言うんだね」
「クラスでもいつも言ってるだろ、とにかくな」
「青汁はだね」
「俺はいいよ、もうお薬も飲んだしな」
「じゃあ明日からまただね」
「学校に行くな。しかしな」
 ここでクラスメイトは小野くんに尋ねた、自分の枕元に腰掛けている彼に対して。見舞いの品は他には果物も多くあった。
「御前何で青汁好きなんだ?美味しいとか言ってるけれどな」
「ああ、そのことなんだ」
「そもそも何で飲みはじめたんだよ」
 小野くんにこのことを尋ねるのだった。
「それで」
「そのこと言ってなかったかな」
「好きなのは知ってるけれどな」
 それでもというのだ。
「そこまではな」
「言ってなかったんだ」
「聞いてもいなかったよ、多分誰もな」
「そうだったんだ」
「ああ、それでな」
「どうして飲む様になったか」
「聞かせてくれるか?」
 このことにかなり興味を持ってだ、小野くんに尋ねた。
「よかったらな」
「うん、実はね」
「ああ、どうして飲みはじめたんだ」
「実は近所のお姉さんに子供の頃飲ませてもらったんだ」
「近所の?」
「美味しいって言われてね。四つの時だったかな」 
 記憶というものが形成されてくる頃だろうか。
「その時にね」
「近所のお姉さんにか」
「家に遊びに行ってご馳走になったんだ」
「そうだったのかよ」
「美味しいって何度も何度も言われて」
 そのうえでというのだ。
「飲んだんだ、それで飲んだら」
「美味いって思ったのかよ」
「そうなんだ」
 実際にとだ、小野くんはクラスメイトに答えた。
「そう思ったんだ、言われて飲んだら」
「それ暗示だろ」
 クラスメイトは小野くんに目を座らせて問うた。
「どう考えても」
「そうかな」
「そうだろ、美味い美味いって言われて飲んでな」
 そうしてというのだ。
「飲んだんだろ」
「そうなんだよ」
「それじゃあな」
「僕が青汁を好きなのは」
「暗示からだよ、しかしその暗示がな」
「強いっていうのかな」
「随分強いな」
 クラスメイトは小野くんに言い切った。
「俺も驚く位にな」
「実際僕は美味しいって思うよ」
「今もそう思える位だからな」
「僕はこの人にかなり影響を受けているけれど」
 小野くんは表情のないその顔で述べた。
「好物についてもだったんだ」
「そうだな、その人の言葉で御前は性格も決まったんだろ」
「そうだよ」
 実際にとだ、小野くんはクラスメイトに答えた。
「僕はね」
「それで好きなものもだからな、一体どんな人なんだ」
「いい人だよ」
 小野くんは口元を微かに微笑まさせてクラスメイトに答えた。
「本当にね」
「そんなにか」
「うん、いい人だからね」
「御前もそこまで影響を受けているんだな」
「そうだろうね」
「成程な、それじゃあこれからも青汁はか」
「飲んでいくよ」
 小野くんはクラスメイトにこのことは当然だという口調で返した。
「だって僕にとってみれば凄く美味しいからね」
「そうだよな、じゃあな」
「今日も飲むよ」
 小野くんはこう言って実際にこの日も青汁を飲んだ、他の者にとってはどうしようもなくまずいものだがそれでもだった。
 小野くんは自分に青汁を飲ませてくれたその人に感謝もしながら青汁を飲み続けた、その味は彼にとってはもう病みつきになる程美味しかった。


青汁   完


                    2018・2・25

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