寺巫女
神戸祈はある寺で巫女をしている、しかし合コンで彼女の職業を他ならぬ本人から聞いて男性側の一人がこう言った。
「お寺で?」
「そうなのじゃ」
祈は赤髪のサイドテールにアホ毛という巫女には見えない髪型で答えた、今の服装もギャルチックで巫女には見えない。
「わらわは」
「いや、お寺でって」
「巫女はないか」
「巫女は神社だよ」
このことを言うのだった。
「お寺は尼さんじゃない」
「仏教じゃからのう」
「自分でわかっているんだ」
「神宮寺なのじゃ」
ここでこう返した祈だった、それも笑顔で。
「わらわはお寺の中にいる神社でじゃ」
「巫女さんをしているんだ」
「そうなのじゃ」
「それでお寺の巫女さんなんだね」
「うむ」
その通りという返事だった。
「わらわはな」
「その辺りの事情わかったよ」
「だからお寺の巫女なのじゃ」
「お寺の中にある神社にいるから」
「神宮寺にのう」
それにというのだ。
「そういうことじゃ」
「よくわかったよ。ただね」
「ただ。何じゃ」
「巫女さんでも合コンに出るんだ」
「わらわは出るぞ」
笑って甘い酒、カルピスチューハイを飲みつつ応える祈だった。
「この通りのう」
「そうなんだ」
「そうじゃ、しかしじゃ」
「しかし?」
「管長さんからはよく思われておらん」
「ああ。お寺のね」
「もう極めつけの堅物でのう」
祈がいる神社をその中に持つお寺の最高責任者である彼はというのだ。
「それで巫女のわらわが合コンに出ることはじゃ」
「快く思っていないんだ」
「うむ、しかしじゃ」
「それでもだね」
「わらわはこの通りじゃ」
カルピスチューハイをごくごく飲みさらにイチゴパフェも食べつつ言うのだった。実に陽気な感じである。
「合コンに笑顔で出てじゃ」
「遊んでいるんだ」
「見ての通りじゃ」
笑って言うのだった。
「信仰は心じゃしのう」
「心さえしっかりしていれば」
「いいではないか」
こうも言うのだった。
「違うか」
「それはそうだけれどね」
彼も否定しなかった、そのことは。
「お酒を飲んでもね」
「うむ、神道ではお酒はよいからのう」
「御神酒だね」
「そうじゃ、ちなみに仏教でもな」
こちらでもというのだ。
「何だかんだでのう」
「般若湯だよね」
「そうした名前でじゃ」
それでというのだ。
「飲んでおるしのう」
「そのことは有名だね」
「管長さんもよく飲んでおられる」
祈が言う堅物極まる彼もというのだ。
「そうされておるわ」
「あれっ、敬語なんだ」
「礼儀作法はしっかりとじゃ」
それはと言う祈だった。
「それでじゃ」
「そう言うんだね」
「うむ、とにかくじゃ」
「礼儀作法と信仰はだね」
「しっかりしたうえで合コンもじゃ」
イチゴパフェをお代わりしてそうしてカルピスチューハイもそうする、食べる勢いも飲む勢いも相当なものだ。
「楽しむのじゃ」
「かなりぶっ飛んだ巫女さんだと思うけれど」
「ははは、誉め言葉じゃ」
笑って済ませる祈だった。そうしてこの日彼女は合コンを心ゆくまで楽しみそのうえで寺に戻った。
だが寺に戻るとだ、厳めしい顔をした大柄な老僧が彼女の部屋に来て言ってきた。
「祈、今日もか」
「あっ、管長さん来られたんですか」
「合コンに行っておったな」
「はい」
祈はそのことを素直に認めた、まだ巫女の服は着ておらず合コンの時のアクセサリーをあちこちに付けていて革ジャンにタンクトップ、デニムの半ズボンに網タイツという非常に目立つ格好のままである。
「楽しく」
「全く、巫女ならな」
「身を慎めですか」
「神仏に仕えておるのだぞ」
「わらわはそうですよね」
「神宮寺におるのだ」
それでというのだ。
「それなら両方でだ」
「余計にですよね」
「わかっているではないか」
「だって毎日言われてますから」
「拙僧は毎日言う」
「何度でもですか」
「そうだ、絶対に諦めずにだ」
そうしてというのだ。
「お主が生活をあらためるまでだ」
「言うんですね」
「そうするからな」
「それは誰にもですよね」
「当然だ、拙僧は人を見捨てることはしない」
例えそれが誰でもとだ、管長は祈に話した。
「例え何があってもな」
「そうですか」
「そうだ、だからだ」
それでというのだ。
「そなたにも言うぞ」
「ずっとなんですね」
「そうするぞ」
「それで今日もですか」
「よいか、もっと巫女としての心構えをだ」
ここから祈を延々と叱る管長だった、祈は彼の小言をずっと聞いていた。そうして合コン帰りの日常の締めを迎えたのだった。
祈は礼儀作法や信仰はしっかりしているがその他のことはとにかく不真面目だった、そうして管長にはいつも怒られていたが。
その祈にだ、ある日神社の若い神職の青年が尋ねた。
「何だかんだで管長さんはお嫌いではないですね?」
「うむ、わかるか」
祈は神主の言葉に笑顔で応えた、丁度神社の掃除が終わって一息ついて茶を飲みながら話していたところだ。
「管長さんは確かに厳しいがのう」
「それでもですね」
「わらわは嫌いではないのじゃ」
祈は青年に笑顔のまま話した。
「まことにのう」
「傍から見ていてそう感じましたが」
「実際にそうなのじゃ」
「やはりそうですね」
「しかしじゃ」
ここでこうも言った祈だった。
「わらわは管長さんは好きじゃ。神主さんも貴殿もな」
「しかしですね」
「わかるのう。やはり」
「住職さんは」
「好きになれん。人によってころころ態度を変える」
この寺の住職、管長の下にいるこの僧侶はそうしたところがあった。学識と信仰はあるが実は妻帯しつつも美男子や美少年には目がないのだ。とはいっても僧侶の世界では男色は昔は普通のことでしかも妻以外の女性には手を出さない。
しかしその美形と見ると鼻の下を伸ばすのを見ていてだ、祈は言うのだ。
「煩悩全開でのう」
「だからですね」
「うむ、あの人は好きではない」
「住職さんよりもですね」
「やはりな」
「管長さんですか」
「そうじゃ」
この寺の最高責任者であり寺のことも神社のことも統括している彼だというのだ。
「わらわはこの寺では一番尊敬しておる人はな」
「管長さんですね」
「何度も何度も怒られておるが」
「その怒らないこともですね」
「わららへの愛情とそして見捨てない確かなお心じゃからな」
それがはっきりわかるからなのだ、祈にしても。
「尊敬しておる」
「そういうことですね」
「これでも人は見ているつもりじゃ。では休憩の後で」
「はい、今度はお寺に行って」
「あちらの手伝いをしようぞ」
祈は青年に笑顔で応えた、そうして今度は寺で働くが。
管長はその彼女を厳めしい顔であったが暖かい目で見ていた。それは親に捨てられた彼女にとってはまさに親の目であった。それだけに有り難いものであった。
寺巫女 完
2018・5・21
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