忠実に再現
 佐々切雨咲はカリスマ美容師として有名だ、両手にそれぞれ鋏を持ってそれで二人の客を同時に三発が出来る。しかもだ。
 その鋏の腕前は神技そのものの域に達していてそれでどんな髪型にもしてみせる。だがここでだった。
 ある客が雨咲が勤めている店に来てだ、こんなことを言った。
「ちょっとお願いしたいんですが」
「はい、どんな髪型ですか?」
 店長がその客に尋ねた。
「一体」
「ええと、ある漫画のです」
「漫画のですか」
「先輩みたいな髪型です」
「先輩?」
「週刊誌で連載している自転車漫画で」
 見ればその客は女性だ、黒髪を腰まで伸ばしている。その黒髪が癖があり波立つ感じになっている。
 その彼女がだ、こう言ったのだ。
「主人公の二年上の先輩なんですが」
「そうした漫画あるんですか」
「こうしたキャラです」
 ここでだ、客はそのキャラを見せた。見れば髪の毛は相当に長く緑の髪の毛に所々に赤が入っている。しかも結構癖のあるデザインの髪の毛だ。単行本の表紙がそのキャラだった。
 そのキャラを見せてだ、客は店長に話した。
「出来ます?この髪型」
「ちょっと待って下さい」
 店長は客の注文を受けて今店にいる美容師達に客から借りた単行本の表紙を見せてだ。そのうえで尋ねた。
「このキャラクラーの髪型にして欲しいってお客さんが来られたけれど」
「あっ、私この漫画知ってます」
「私もです」
 結構な数の美容師達が言ってきた。
「この漫画今人気なんですよ」
「アニメも五期やってまして」
「凄い人気なんです」
「男性の有名な声優さんが一杯出ていて」
「まあ腐女子人気も入ってますけれど」
「人気ありますよ」
「そうなのね、私少女漫画派だから」
 店長は自分の漫画の趣味も話した、四十代の整った顔立ちの女性だ。
「これ少年漫画でしょ」
「はい、週刊のです」
「そっちの方です」
「今も連載されてます」
「そうよね、少年漫画は詳しくないから」
 実はサンデーやマガジンをここ十年読んだことがない、勿論ジャンプやチャンピオンといった雑誌もである。
「だからね」
「この漫画もご存知なかったですか」
「映画にもミュージカルにもなってますけれど」
「本当に凄い人気ですよ」
「自転車漫画でミュージカルね」 
 店長はその言葉にはどんな舞台なのかと思った。
「世の中色々ね」
「まあ人気あるのは事実です」
「滅茶苦茶面白いですから」
「この先輩も人気キャラですよ」
「主人公の頼れる先輩です」
 そうしたキャラだというのだ、だが。
 ここでだ、多くの美容師達がこう言った。
「けれどこのキャラの髪型ですか」
「また凄いの言ってきましたね」
「このキャラの髪型御覧の通りですから」
「染め方大変ですよ」
「緑ベースであちこちに赤メッシュ入れてですから」
「しかも髪の毛も癖ありますからね」
 見れば波がかっていてしかも切り方も特徴がある、それで多くの美容師達がどうかと言うのだった。
「このキャラの髪型にしてくれですか」
「凄い注文ですね」
「これ私ちょっと無理です」
「私もです」
「そうよね、こんな独特の髪型は」
 店長も言った。
「再現はかなり難しいわね」
「そうですよね」
「これを再現するとなると」
「本当に難しいですね」
「出来ます」
 だがここで言った者がいた、それは誰かというと。
 雨咲だった、雨咲は気の抜けた感じの彼女の口調の声で言ってきた。
「この髪型も」
「出来るのね」
「はい」
 こう店長に答えた。
「染めるのも」
「セットだけでなく」
「はい、それもです」
 出来るというのだ。
「任せて下さい」
「わかったわ、じゃあね」
「やらせてもらいます」
「雨咲ちゃんが言うのならね」
 それならとだ、店長も頷いた。雨咲の腕を知っている為に。
 それでだ、こう言ったのだった。
「任せるわ」
「それでは」
 こうしてだった、雨咲はその客の担当になった。するとだった。
 まずは髪の毛を両手に一本ずつ持ったその鋏で素早くそのキャラのセットにした。そしてそれからだった。
 染める、その染める手際も見事で。
 気付けばその客は自分が言ったキャラの髪型になっていた、それで客は雨咲に驚いた顔になって言った。
「あの、本当にです」
「キャラの髪型にですね」
「なっています」
 興奮している口調での言葉だった。
「凄いです」
「凄いですか」
「完璧です」
 そこまでだというのだ。
「あのキャラですよ」
「そうですか」
「有り難うございます」
 客は深々と頭を下げてお礼を言った、緑に赤のメッシュが入った長い独特のデザインの髪型になって。 
 そうして店を後にした、店長は閉店してから雨咲に言った。
「キャラクターの髪型にしてくれって言ったお客様だけれど」
「あの方ですね」
「よく出来たわね」
「いえ、出来るって思って」
 それでというのだ。
「言っただけで」
「けれど出来たわね」
「絶対に出来るって思いました」
「それで本当に出来たことがね」
 それがというのだ。
「凄いわ」
「そうですか」
「そうよ、よくやったわね」
 店長は雨咲に笑顔で答えた。
「今日も」
「出来ただけで」
「それだけなの」
「はい、出来ないこともあるので」
「髪型でも」
「その時はすいません」
「それだけなの」
「はい、出来ることがあって」
 ヘアスタイル、美容師の仕事でもというのだ。
「出来ないことがあって」
「出来るって思ってなの」
「言いましたが出来てよかったです」
「だからなの」
「特にお礼は」
 その大阪出身を感じさせない標準語で気の抜けた感じの声で話した。
「いいです」
「そうなのね」
「じゃあまた明日お願いします」
「ええ、ただ明日雨咲ちゃんオフよ」
「そうでしたか」
「明日は休んでね」
「そうさせてもらいます」
 雨咲の口調は変わらない、気の抜けた感じだった。大仕事をしたが特にそれを誇るわけでもなくだった。いつもの調子で家に帰るのだった。


忠実に再現   完


                 2018・6・19

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