残る二つの力
大尾七草は大尾家の当主であり魔物達を倒していっている。僅か十六歳にして恐ろしいまでの力を発揮しているが。
彼女はよく己の御殿と呼ぶべき屋敷において苦い顔で言っていた。
「私はまだ七つまでしかだ」
「秘伝を使えない」
「そのことをまた言われますか」
「無念だ、これも私の血の故か」
その常世離れした顔で言う。目はオッドアイであり左が紅で右が青だ。ポニーテールは腰まである銀色のものだ。猫耳フードが付いたパーカーとゴスロリのスカートを着ており白黒ボーダーの二―ハイソックスにガーターベルトを着用している。今は畳の上にいるので履いていないが左が膝までのブーツが好きだ。
その彼女がだ、家に仕えている者達に言うのだった。
「狐の血が四分の一しか入っていない」
「それは修行次第です」
「人も仙人になります」
「むしろ人の仙人の方が遥かに強いです」
人以外のものが仙人になった場合よりもというのだ。
「それにご当主様は間違いなく狐の力を受け継いでおられます」
「九尾の狐の力を」
「この力はそうそう弱まるものではありません」
「ですからご安心を」
「ならいいが」
ここで七草は思い出した、己の力が覚醒した時のことを。
代々大尾家に仕えていたある者が突如乱心し屋敷の中で七草の両親、当時の主達を殺したのだ。それも七草の目の前で。
その瞬間にだった、七草は我を忘れて怒り狂った、そして気付いた時には。
その者を八つ裂きにしていた、後に残ったのはその者の無残な骸と鮮血だった。この時からであった。
七草は大尾家の主となり力も使える様になった、だがそれでも言うのだった。
「残り二つの秘伝何としてもだ」
「使える様にならねばならない」
「そうお考えなのですね」
「大尾家の主ならば」
それならばというのだ。
「出来ねばならない、だからな」
「必ずですか」
「残り二つのお力も」
「使える様になりたいのですね」
「そうだ、その為に修行をし悪しき魔物達を倒していき」
そうしていってというのだ。
「妖力を高めていくか」
「そしてですか」
「やがては」
「九つの秘伝全てを使える様になり」
そしてというのだ。
「大尾家の主として相応しい者になろう」
「十八代目として」
「そう言われますか」
「必ずな」
七草はよくこう言っていた、そしてだった。
七草は魔物退治と修行に明け暮れていた、だがそれでもだった。
残り二つの秘伝は中々覚醒しない、だがその彼女に家に仕えている者の中で最も古い七草が爺と呼ぶ老狐が言ってきた。
「ご当主様、残る二つの秘伝のことですが」
「それがどういったものかはわかっている」
七草は老狐に顔を向けて言葉を返した。
「既にな」
「しかしですね」
「それを使おうとしてもだ」
「力として出ないのですね」
「そうだ」
こう老狐に答えた。
「残念ながらな」
「それで今も妖力を高めようとされていますね」
「修行を積み魔物を倒してな」
「魔物達の妖力も取り込まれて」
「そうしているが」
「そうですね、どうしたら秘伝を使える様になるか」
残り二つのそれをだ。
「ここはです」
「いい考えがあるのか」
「はい、稲荷大社に行かれ」
そしてというのだ。
「お稲荷様から神託を受ければ」
「あの方からか」
「そうです」
老狐は七草に答えた。
「あの方ならば必ず教えて下さるでしょう」
「そうだな、あの方のお力は絶大だ」
七草も稲荷明神の力は知っていた。
「本朝の神々の中でも相当なお力を持っておられる」
「我等狐の神でもあられるので」
「こうした時はだな」
「あの方のところに行かれるべきです」
「わかった」
七草は老狐の言葉に頷いた、そしてだった。
稲荷大社に僅かな家臣達を連れたうえで赴きそこで神託を受けた、七草は大社の最深部大社でも僅かな者達だけが知っている稲荷が座すその場所に入った。そしてだった。
そこに座して稲荷の神託を受けることにした、すると全身が白く輝く巨大な狐が姿を現わした。その狐こそがだった。
「稲荷明神様ですね」
「左様、そなた大尾家の現在の当主だな」
「はい」
七草は稲荷に畏まって答えた。
「大尾七草と申します」
「そなたのことは知っている」
稲荷は七草の名乗りに応えて述べた。
「何故ここに来たのかもわかっている」
「左様でありますか」
「そうだ、大尾家の九つの秘伝のうちのだな」
「私は七つ備えています」
七草は今は普段の恰好ではない、上は白下は赤の巫女の姿で身体を清めたうえで稲荷の前に正座している。そうして話しているのだ。
「しかしです」
「残り二つだな」
「はい、使い方はわかっているのですが」
「力が出ないのだな」
「そうなのです、どうしても」
「それはだ」
ここでこう言った稲荷だった。
「そなたの力が覚醒していないからだ」
「力がですか」
「そうだ、その二つの秘伝を使うべき力がな」
それがというのだ。
「目覚めていないのだ」
「それでなのですか」
「そなたは残る二つの力を使えないのだ」
「そうだったのですか、では」
「修行をしても魔物を退治しても無駄だ」
稲荷は七草が言う前に告げた。
「それでは確かにそなたの力は増すが」
「それでもですか」
「覚醒には至らない」
残る二つのそれがというのだ。
「その覚醒は封印の様なものだ」
「封印ですか」
「そなたの血は確かに薄い」
狐、大尾家のそれはというのだ。
「しかしだ」
「それでも残る二つの力もですか」
「大尾家の血、当主の座にあるのならな」
「使えるのですか」
「必ずな、しかしだ」
「覚醒しなければですね」
「使えはしない」
その力はというのだ。
「決してな」
「では覚醒するにはどうすればいいのですか」
七草は稲荷に問うた、威厳に満ちているが穏やかで癒す様な声で語る偉大な神に。
「私は」
「探すのだ」
「探すのですか」
「そなたには一つ足りないものがある」
「足りないものですか」
「妹だ」
稲荷は告げた。
「そなたの生き別れの妹だ」
「あの娘ですか」
「そなた妹と別れているな」
「はい、幼い時に晴明神社に修行に出されたのですが」
七草もこのことは知っていた、だが。
「神社を後にして今は一人魔物共を倒して回っていると聞いています」
「その妹と会いだ」
稲荷は七草に話した。
「二人で共に修行をするのだ」
「そうすればですか」
「残り二つの力も使える様になる」
「では覚醒に至るものは」
「そなたの妹が持っている、そなた達は生まれる時に分けられていたのだ」
稲荷は妹にこのことを話した。
「九つの力をな」
「そうだったのですか」
「そなたは七つ、妹は二つ」
「それぞれ分けられていたのですか」
「当主になる運命だったそなたには多く与えられていた」
九つの力のうち七つをというのだ。
「そして当主であるそなたを助けるべき妹はな」
「二つですか」
「与えられていたのだ、そしてそなた達が巡り合いだ」
「共に修行した時にですか」
「そなたは二つの力が覚醒し」
「まさか妹も」
「左様、そなた達には一つの運命が待ち構えている」
稲荷は七草に告げた。
「共に九つの秘伝を使いこの国を脅かす魔を倒さねばならない」
「その魔は」
「大蛇だ」
これだというのだ。
「これだけ言えばわかるな」
「あの八岐大蛇ですか」
「再び世に出ようとしている、そなた達は姉妹二人で大蛇に向かい」
「倒さねばならないのですか」
「それがそなた達の運命だ、だからだ」
「妹を探し出しそして」
「二人で九つの秘伝を使いだ」
そうしてというのだ。
「倒すのだ、いいな」
「わかりました」
七草は稲荷に確かな声で答えた。
「ではこれより魔物達を倒し修行すると共に」
「妹を探し出すのだ、いいな」
「わかりました」
「大蛇のことは任せた」
稲荷は七草にこうも告げた。
「私は他の神々と共にこの国と民、帝をお護りする」
「わかりました、それでは」
「行くのだ、そなた達の運命に向かいにな」
稲荷は七億さにこうも言った、そしてだった。
七草を送り出した、七草は連れて来ていた家臣の者達に会うとこう言った。
「私のすべきことがわかった」
「残り二つの秘伝のことが」
「そのことがですね」
「わかった、だからだ」
それでと言うのだった。
「前に進んでいく、詳しいことは屋敷に戻ってから話す」
「わかりました、それでは」
「屋敷に戻りましょう」
「そうするとしよう、運命に向かう為にな」
こう言ってだった、七草は前に足を踏み出した。その顔は晴れやかなものになっていて前を見据えていた。それは運命に向かい勝つ者の顔だった。
大尾七草が妹と再会し二人でそれぞれ九つの秘伝を使い八岐大蛇を倒した話は大尾家の長い歴史においても特に強く伝えられていることだ。これは七草がそれに至るはじまりの話である。七草が運命と出会ったその時の話である。大尾家最強の当主大尾七草の物語はまさにこの時にはじまったのである。
残る二つの力 完
2018・6・20
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