小夜の友達
小夜に気に入れられた者は一月も経ずに姿を消す、小夜はそんな気がしていた。
だがそれでも小夜は友達が欲しい、常にそう思っていた。
学校にいても家でもだった、だが彼女について知っている者は僅かでその存在を確認出来る者もそうだった。
しかしその小夜にも友人がいる、だがその友人にだ。
小夜はいつもだ、こう言っていた。
「私は貴女が嫌い」
「それはどうしてなの?」
「私と全然違うから」
小夜はその死んだ魚の様な血走った様な目で友人によく言っていた。
「だから」
「そうなの」
「ええ、嫌いよ」
小夜はまた言った。
「私は暗くて存在感がないのに」
「自分で言うわね、いつも」
「それなのに貴女は明るくて存在感があって」
「自分と全然違うから」
「そう、だから」
それ故にというのだ。
「私は貴女が嫌い」
その友人にいつも言っていた。
「だからあまり見たくない」
「それで自分から声もかけないのね」
「そう」
その通りという返事だった。
「そして見ない」
「そうなのね」
「それなのに」
けれどとだ、小夜は彼女に言うのだった。
「私はよく貴女と一緒にいるわね」
「私の方から声をかけてきてね」
「私に気付かない人も多いのに」
むしろ殆どの人がそうだ、とかく小夜は存在感がない。
「それでも気付いて」
「声をかけてきてね」
「私に自分から友達になろうって言って」
「ええ、今も一緒にいるわね」
「そのずけずけとした感じ嫌い」
「本当に私のこと嫌いなのね」
「ええ、何度も言うけれど」
その嫌いな訳をまた言う小夜だった。
「私と全然違うから」
「人には個性があるわよ」
「個性はそれぞれ」
「そう、だから別にいいでしょ」
「よくない。というか」
「というか」
「私はどうしてか」
ここでだ、小夜は友人に言った。
「貴女と一緒にいる」
「私から声をかけて」
「そうね、けれど」
「けれど?」
「私は断ることが出来るのに」
それでもとだ、小夜は言うのだった。
「断らない」
「ちなみに私断られてもね」
「私に声をかけるの」
「そのつもりよ」
「そうなの」
「そう、私には目指すものがあるのよ」
友人は小夜に笑顔で話した。
「一つね」
「何かしら」
「学校の誰とも友達になる」
「それで私ともなの」
「ええ、友達になるわ」
「そうなの、私は貴女が嫌いなのに」
「友達になるわ、ただね」
「ただ」
「私はね」
ここでだ、こうも言った小夜だった。
「アップルパイやシフォンケーキは好きじゃないから」
「そうなの」
「貴女は好きでもね」
それでもというのだ。
「ザッハトルテとかが好きで」
「そうなの」
「だからねそのことは安心してね」
「私のシフォンケーキやアップルパイは取らないの」
「絶対にね」
「ならいいけれど、ただ本当に私は貴女が嫌い」
何度もこう言う小夜だった。
「そのことは言っておくから」
「わかったわ、けれどね」
「私の友達でいるのね」
「そうさせてもらうわ」
こう言ってだ、そしてだった。
小夜はその友人と共にいた、この友人は彼女にとってたった一人の友人と言えた。だが小夜は彼女が嫌いだった。
それで一緒にいても彼女を好きではなかった、だが彼女はいつも小夜の傍にいた。それである日一緒に喫茶店にいる時彼女は小夜に言った。
「あんた前に話していたわね」
「何を」
「あんたが好きな人はいなくなるって」
「そのことね」
「ええ、言ってたわよね」
「私に見張られてる気がするとか」
「いなくなるとか」
また小夜に言ったのだった。
「そうだったわね」
「ええ、正直嫌な気分がするわ」
自分に何かあるのか、そう思うのだった。
「私も」
「たまたまでしょ、あんたに呪いがあるとかね」
「ないっていうのね」
「そんな呪いがあったら」
それこそというのだ。
「私はここにいないわよ」
「私貴女嫌いだから」
「そうよね、じゃあね」
「それなら」
「誰も好きにならなくていいのよ」
友人は笑って言った、コーヒーを飲みながら。
「そうしたらいいのよ」
「それでいいの」
「そう、いいのよ」
まさにというのだ。
「別にね」
「変なこと言うわね」
「友達は好きにならないとって思ってるわね」
「ええ」
その通りだとだ、小夜は答えた。
「友達はね」
「どうして失踪するかは私は知らないわ」
小夜が気に入ったその人がだ。
「このことはね、けれどね」
「それでもなの」
「別に肩肘張ってね」
「誰かを好きにならなくていい」
「そうよ、それでいいのよ」
「そんなものなの」
「若し何かの呪いとかでそうなるのだったら」
呪いは否定したがだ、若しあった場合も語るのだった。
「好きにならないでいいのよ」
「それでいいの」
「そう、別にね」
「そういうものなのね」
「そうよ、それで私が嫌いならね」
「嫌いでいいの」
「少なくとも私はそれでいいわ」
小夜が自分が嫌いでもというのだ。
「友達でいいわ」
「私が友達と思っていなくても」
「友達ってね、お互いが生きている時にわかる?」
ここでこうも言ったのだった、小夜に。
「自分がそう思っていても相手は違う場合もあるでしょ」
「そう言われると」
「人間自分の気持ちがわからない時もあるのに」
「相手の気持ちは」
「完全にわかる筈ないじゃない」
だからだというのだ。
「自分のことを本当に友達と思っているのか」
「友達はそうしたものっていうの」
「どちらかがいなくなって」
「その時になの」
「相手がいなくなったことを悲しい、残念って思うなら」
そうした感情を抱けばというのだ。
「その相手の人は自分にとって友達だったのよ」
「そうしたものなの」
「それで相手の人もわかるのよ」
「その人が自分をそう思ってくれている人、つまり友達って」
「そうよ、わかるんじゃないかしら」
「それが友達なの」
「そうも思うし、私は」
小夜に明るい顔で話すのだった。
「別にね」
「友達を無理に好きになることはないの」
「他の誰もね」
「自分自身も」
「そうよ、というか本当に言うけれど」
友人はコーヒーを飲みつつ小夜に話した。
「あんたが好きになった人がいなくなるとか」
「そのことはなの」
「絶対に只の偶然でしょ」
「そうかしら」
「あんたが邪神とかでもない限り」
「れっきとした人間だから」
「そんなに気になるのならお祓い行けばいいし」
そうすればいいというのだ。
「本当にね」
「気にしなくていいの」
「そうよ、じゃああんたが好きなものがなくなったりした?お気に入りのアクセサリーとか」
「そうしたことは別に」
「じゃあたまたまよ、そうしたことは気にしないで」
それでと言うのだった。
「やっていけばいいのよ」
「肩肘張らずに」
「それでね、じゃあね」
「それじゃあ」
「このお店ザッハトルテ美味しいのよね」
「アップルパイも」
「じゃあお互いに食べましょう、今からね」
小夜にこう言って自分がウェイターを呼んで注文した、それが終わってだった。
小夜にだ、こう言ったのだった。
「別に私を嫌いなままでいいから」
「そうなの」
「ええ、それでこうしていましょう」
「わかったわ」
小夜はこくりと頷いた、そうして彼女と共にいるのだった。
後でわかったことだが小夜が気に入った相手が一月も経ずして失踪するのは偶然だった、引っ越したり夜逃げしたりだった。小夜にそんな力はなかった。だがその友人は結局嫌いなままだった。嫌いでも一緒にいたが。この関係はその友人が死ぬまで続き小夜は老齢になって彼女を友達だと思ったのは遥か先の話である。
小夜の友達 完
2018・6・26
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