練習あるのみ
相楽ユキはお金持ちの家の一人娘で高校ではピアノ部に所属している、そして家でもピアノのレッスンを受けているが。
家でのレッスンの時だ、レッスンを行っている先生が思わず言ったのだった。
「まだですか」
「お願い出来ますか」
「今日も念入りにされますね」
「はい、ピアノは奏でれば奏でるだけよくなる」
ユキは先生に顔を向けて言った。
「そういいますよね」
「それはそうですが」
それでもとだ、先生はユキに戸惑いを隠せない声で応えた。
「相楽さんはいつもですね」
「はい、ピアノをはじめますと」
「ずっとされますね」
「レッスンの時間が終わっても」
「ご自身だけで奏でられることも多いですね」
「はい」
その通りだとだ、ユキは答えた。
「そうした時も」
「そうですか」
「子供の頃からそうです」
「だから多くのコンクールでも優勝されていますね」
「そうだと思います」
「それはいいことです」
先生はユキの熱心なことはいいとした。
しかしだ、心配している顔でこうも言った。
「ですがお気をつけ下さい」
「何についてでしょうか」
「手のことです」
ピアノを奏でる身体のこの部分のことをというのだ。
「手も使い過ぎますと」
「痛めてしまいますか」
「腱鞘炎にもなります」
「だからですか」
「はい、演奏はいいにしても」
「過ぎるとですか」
「相楽さんは過ぎると思います」
その域に達しているというのだ。
「ですから」
「腱鞘炎にはですか」
「手を痛めますと」
「よくないですね」
「そうです、ピアノは手で演奏します」
このことは絶対のことだ、手なくしてピアノを演奏出来ない。十本のその指で演奏する楽器なのだ。
「手に何かありますと」
「それだけで演奏出来なくなるので」
「演奏されたいなら」
そう思うならというのだ。
「くれぐれもです」
「手はですか」
「大事にされて下さい」
「練習も過ぎるとですか」
「よくありません」
先生はユキに気遣う顔で述べた。
「ですから本当に」
「そうですか」
「演奏のし過ぎにはご注意を」
「では今以上演奏することは」
「あまりよくないと思います」
実際にというのだ。
「今でぎりぎりかと。そのぎりぎりでも」
「手のことはですか」
「ご注意を。よく冷やされるなりして下さい」
「ケアも忘れないことですね」
「そうです」
「では演奏せずしてどうして学べば」
「お聴きになって読まれて下さい」
先生はユキに率直な声で述べた。
「そうされて下さい」
「聴いてですか」
「読まれて下さい」
そうしてくれというのだ。
「是非」
「他の方のピアノの演奏を聴いて」
「そして楽譜やその曲、作曲家の歴史を読まれて」
そしてというのだ。
「学ばれて下さい」
「わかりました」
確かな声でだ、ユキは先生の言葉に頷いた。それで務めて実際にピアノを演奏する時間は上限を設けそれ以上は演奏せずその分聴いたり読むことにした。
だがついついだ、部活でもだった。
部長にだ、こう注意された。
「相楽さん、もう」
「これ以上はですか」
「そうよ、もう充分以上に演奏しているから」
ピアノの演奏をしているユキに言うのだった。
「だからね」
「これで、ですね」
「今日は止めた方がいいわ」
「手を休めることですか」
「そうよ、お家のレッスンでも言われているのよね」
「はい、先生にも」
実際にとだ、ユキは部長に答えた。
「言われています」
「だったらね」
「今日は、ですね」
「今日もね」
部長はこうも言った。
「これ位にして」
「後はですね」
「他の人の演奏を聴いたり」
「資料をですね」
「読んで」
部室にあるそうしたものをというのだ。
「そうしてね。今はベートーベンを弾いてるわね」
「はい」
「だったらベートーベンの生い立ちや作品のことや」
「楽譜をですね」
「楽譜は読めば読むだけ発見があるって言われているから」
それで何度も、それこそ譜面が脳裏に浮かぶなるまで読む人もいる。そこから新たな発見を見出すのだ。
「だからね」
「それで、ですね」
「今はね」
「他の人の曲を聴いて」
「そしてね」
「読んで」
「学んでね」
「わかりました」
ユキは頷いてだ、そしてだった。
実際に聴いて読んだ、そうして学び。
ふとだ、ユキはベートーベンの曲の楽譜を読みつつ部長に言った。
「あの、この曲を作曲した時は」
「どうしたのかしら」
「ベートーベンはもうですよね」
その彼のことを言うのだった。
「耳が悪くなっていましたね」
「あっ、そうだったわね」
部長も言われて頷いた。
「もうこの頃はね」
「まだ耳は聴こえていても」
「それでもだったわね」
「耳がね」
まさにそれがというのだ。
「悪くなっていて」
「そうしてね」
「作曲に苦労しだしていましたね」
「自殺を考えた程だったわ」
そこまで苦しんでいたのだ、ベートーベンは耳が悪くなっていく中で苦悩していた。作曲には耳がなくてはどうしようもないからだ。
しかしだ、その致命的な苦難をだったのだ。
「けれどね」
「その耳のことをでしたね」
「ベートーベンは乗り越えたわ」
「そうしてこの曲もでしたね」
「作曲したわ」
そうしたというのだ。
「そうした曲だったわ」
「そうでしたね、耳のことは知っていましたけれど」
「今なのね」
「読んで」
その曲の背景や楽譜をだ。
「実感しました、それでこの実感が」
「そうね、演奏にもね」
「出ますよね」
「演奏は演奏する人の想い、心が出るから」
そうしたものがというのだ。
「だからね」
「それで、ですね」
「読んでもね」
「ピアノの勉強は出来ますね」
「ベートーベンの想いが楽譜にも出てるっていうけれど」
「わかってきました」
苦悩、そしてそれを乗り越えようとする強い意志をだ。
「色々と困った人だったみたいですが」
「人間としてはね」
「お付き合いのしにくい」
俗にそうだったと言われている、お世辞にも人付き合いが上手な人物でも人好きのするタイプでもなかったという。
「そうした人でしたね」
「このことは知ってたわね」
「はい」
ユキはすぐに答えた。
「有名ですから」
「不幸な人でもあったし」
「耳のこと以外でも」
「家庭のことでもね」
「結婚したくても出来なくて」
暖かい家庭に憧れていたのだ、それも終生。
「そうしてね」
「不幸の多い人でもありましたね」
「そう、それでもね」
「その不幸もですね」
「乗り越えようとして」
そうしてというのだ。
「こうした曲を作曲していったのよ」
「そうしたこともですね」
「聴いて読んでいるとね」
「わかるんですね」
「ええ、わかるから」
「演奏するだけでなく」
「そちらも頑張ってね、そしてね」
部長はユキにさらに話した。
「これもピアノの練習のうちだから」
「演奏だけじゃないですね」
「演奏、ピアノを奏でることも大事だけれど」
これ自体もというのだ。
「こちらもね」
「大事ですね」
「そうよ、確かに相良さんは練習熱心だけれど」
「手のことも考えて」
「演奏の練習は限界までにしてね」
そうしてというのだ。
「それ以外はね」
「聴いて読んで」
「練習をしていってね」
「わかりました」
ユキは部長の言葉に素直に頷いた、そうして演奏の練習の時間は今以上に増やさずに聴いて読んでいった。
するとこのことからもピアノの腕が上達した、耳で聴いた曲のいい部分を自分の演奏で出そうと思ったり資料から作曲家やその曲にあるものをよく知ってだ。
そうしてだ、そのうえでだった。
家でも奏でるとだ、先生は笑顔で言った。
「またよくなっています」
「ピアノの腕がですね」
「はい、おわかりになられた様ですね」
「部活で言われたんです」
ユキは先生に部長に教えてもらったことを話した。
「練習は大事ですが演奏するだけじゃない」
「そのことをですか」
「言われてわかりました」
そうだったというのだ。
「聴いたり読むことも」
「はい、本当にそうしたこともです」
「練習ですね」
「ピアノは才能も重要ですが」
「練習ですね」
「何といっても練習あるのみです」
ユキの練習熱心さを踏まえての言葉だ。
「その通りです、ですが」
「練習は、ですね」
「演奏だけではないです」
「聴く、読むというのですね」
「そうしたこともです」
「音楽ですね」
「はい」
その通りだというのだ。
「そうなのです」
「そうですね、では」
「はい、これからはです」
「演奏の練習だけじゃなくて」
「聴いて読んでいって下さい」
ピアノのそうしたこともというのだ。
「そうされて下さい」
「そうしていきます」
「演奏には限界があります」
「手を痛めてしまいますね」
「そうなってもいけないので」
「だから演奏は限界までして」
「そうしてです」
先生はユキにさらに話した。
「聴いて読んでいって」
「そうした練習もしていって」
「学ばれて下さい」
「わかしました」
ユキは素直に頷いた、そしてだった。
そうした練習もしていった、すると実際にピアノの腕はさらによくなった。やがて国際的なピアニストとして知られる相良ユキの学生時代の話である。
練習あるのみ 完
2018・8・22
ミラクリエ トップ作品閲覧・電子出版・販売・会員メニュー