三、直清
「長兄上、槻御殿の納戸から、拙者が子どもの頃に使っていた葛籠が見つかり、中に長兄上宛の書状が有りましたので持って参りました」
記憶に残る最も幼い頃から、絶え間なく長兄の元に通ったが、この時ほど己の軽率さを恥じた事は無い。
「どれどれ」
(私に書状が来るなんて珍しい事もあるものだ)と、長兄は軽く考えて書状を開いただろう。
もちろん予がその内容を知る筈もない。だが、長兄の手から漏れた書状の後ろが目に映った時に受けた戦慄は、どのような言葉でも表せない。
(既に六年も前、拙者がまだ五歳の頃ではないか。今更、長兄上を惑わすな!)
若竹が居なくなった同じ年、母お富の方が鬼籍に入った。悲しみを理由に、心の奥へ封印していた景色が一度に蘇えった。そして、長兄に伝えられなかった想い人の最後をどこかで気付いていた。
幾度も書状を奪って破り捨てたい気持ちを抑えながら、長兄が最後まで読み終える時間を待った。一日千秋は待ち遠しい時に使う言葉だが、逆の意味でこの言葉を実感した。
長兄は、表情を崩さないままに文字を追っていた。
「鉄三郎」
二年前に弟の詮之介(後の直恭・内藤政義)誕生を機に、父から新たに与えられた名で呼ばれたが、四歳の鉄之助の記憶に戻っていた為にすぐに返事が出来なかった。
弟の態度を訝しがりながらも「この中身を知っているのか?」と続ける。
「長兄上への書状を、勝手に読みはいたしません」
「そうか」と頷き、長兄は書状へ目を落とした。
(長兄上の肩が震えている)
「若竹を覚えているか?」
恐れていた言葉が襲ってきた。
「はい」と応える声が小さくなった。
「これは若竹からの書状だ。私の子を身籠って嬉しいが、槻御殿では産む事ができないので、母が病として宿下がりをし、身二つになった後に戻りたい。と書かれている」
長兄はそこまで口にすると、後は自分で読めと言わんばかりに、書状を丁寧に折戻して予の前に置いた。
「お城務めを間違いなくこなす。そんな毎日に違う場所が増えたのは、鉄之助様が直清様のお屋敷に連れて行って下さった瞬間でした。
直清様にお会いして、情けをいただいて、初めてわたくしの生き方に意味を見つけることができました。この幸せが永遠に続いて欲しいと、恥知らずな望みすら抱いたのです。
世子の座も藩主すらも自らの望みではない、失っても惜しくない。今まで何かを望んだ事など何もないのだ。と直清様は仰っておられましたが、わたくしを妻にと望んで下さいました。
わたくしの全てを捧げます」
喉の奥が急に塞がれたように苦しくなり声も嗚咽すらも閉じ込められた。
長い静寂を破ったのは長兄からの呟き、声にならない声だった。
「鉄三郎、お軽の間は存じておるか?」
「存じませぬ」
「槻御殿が建てられた頃の話であるから、百年以上前になるであろうか。
長寿院様(井伊直興)の侍女にお軽という者が居た。お軽は一人の男と恋をして身籠った。しかし長寿院様の知るところとなり、激しい折檻の末に不義密通の罪で斬られた。以来お軽を折檻した部屋を“お軽の間”と呼ぶそうだ」
「・・・」
「私は、現世に新たなお軽を作ったのだな」
長兄の言葉が終らぬうちに予の身体は卑怯にも逃走を選び、暇乞いもせぬまま駆け出していた。
誰も追って来ない筈の背中を、何かに捕まらないように振り向きもせず槻御殿の予の部屋まで止まらなかった。
お松が帰宅の喜びを告げようとする前に、腰に差した扇子で六年間仕えてきた腰元の顔を力の限り打った。訳が分からない暴力に気を失って倒れたお松に対して再び腕を振り上げた時に、騒ぎを聞いた父が手首を掴み予の身体を吊るし上げた。
「放せ!放せ!放せ!」と叫ぶ息子に一喝を浴びせた父は「お松を鉄三郎の侍女から解任する。外記、お主が面倒を見ろ!」と従っていた犬塚外記に命じた。
(もう、長兄上には会えぬ)
乱暴に放り出された身を、外記が優しく起こしながら子どもの時代が終わったと悟った。
外記は、厳しい男では無かったが甘えは許されなかった。藩主一門として必要な教養や武芸を指導したが、同時に「彦根藩を継げるような勘違いをされませぬように」と現実も予に教えた。
学び続ける日々を過ごし、贖罪から逃げ続けていたが、突然長兄が呼んでいる。との報せが入り供の準備も待たずに控屋敷に行かねばならなくなった。
初めての長兄の召集に失礼を考える間もなく部屋に参上すると、布団に横になり短く息を切らせながら(来訪を待ち続けた)と責めるような瞳で見据える長兄の姿があり、十一歳の目にも死相がはっきり読み取れた。
「長兄上、お久しぶりでございます」
そんな挨拶の時間も惜しいという様子で、予を枕元まで招き、小さな声で囁く。
「弟に世子の座を追われ、隠居生活を送る事に不服はなかった。
井伊家は、幕府に一大事が起こると大老に就任する。だが大老は幕府にとっての家老であり、我が家中における木俣や庵原らと変わりがない。政がしたいならば藩主として彦根藩領を治めれば充分なものを、なぜ幕府家老に甘んじなければならないのか?
ならば何も求めず、ただ隠居生活を送れば良いと思っていた。若竹に会うまでは…
若竹は何も持たない私を愛し、私も若竹を求めた。しかし御殿の腰元であった若竹は身籠る事すら許されず、私の前から永遠に消えた。
鉄三郎、この長兄のような人生を送ってはならない。常に求め学び、そして諦めずに貪欲に生きろ。権力も欲し自らの道を進むのだ」
絶え絶えの息の中でも、長兄の予に対する想いが伝わった。「自分のようになって欲しくない、お前は愛した人を守れる人物であるように」と。
程なく父が駆け付けたのを確認するかのように、長兄井伊直清はその生涯を終えた。三十五歳だった。
葬儀の後の遺品整理で出てきた書付に、控屋敷で隠居生活を二十年に渡って続けてきた長兄が、数少ない面識のある藩士に調査させたと考えられる若竹騒動の記録が見つかった。
そこには、予にすら知らされていなかった事実が、刻々と長兄自身の筆で記されていた。
文政元年(一八一八)年末頃から書きすすめられ、
「若竹より実母病の為に宿下がりの願いが提出されるが、藩主不在により即答ができず」
「腰元たちより若竹が妊娠しているのではないか? との噂が広がってゆく」
「若竹の腹が目立ち始めた。隠居(直中)より詮議を行うように命が下る」
「若竹、お軽の間に入れられる」
との記録が並んだ。
更に読み解くと、お軽の間に入れられた若竹は昼夜を問わずに拷問を受けていた。
当初は腰元たちが「相手の男の名を言いなさい!」と怒声を上げながら、天井から吊るした若竹の身体に棒を打ち付けていた。
しかし何も話そうとはせず、藩士にその任が代わっている。
日頃から武芸で身を鍛えている藩士が、半ば好色の目と好奇心を顕わにして打つ痛みはどれほどだったのか? 想像以上だったであろう。長兄の字を追うだけで、予自身の身も激しく打たれていた。
それでも長兄は筆を乱さずに、淡々と若竹の経過を記していた。
(これを書く事が、長兄上の寿命を縮めている)
一文字一文字を冷静に書く長兄の魂は、六年前の若竹と重なり一緒に打擲されていた。
線一本に重圧感を感じ、全身に汗が溢れ出す。
幼かった予には「若竹は宿下がりを致しました。もう槻御殿には戻って参りませぬ」とお松から聞かされ、信じた。いや事実は他にあると感じながらも「お松の言葉を信じなければならない」と自らに言い聞かせ、それを真実にした。
このまま読み進めると、実際に起こった出来事を突き付けられる。それがどのような結末を迎えるか理解していると思う。
その瞬間が迫っていても長兄の筆は変わらなかった。
若竹は、どれほど強く打たれても長兄の名を口にしない。口を閉ざすほどに井伊家の威信と御殿風紀の為に拷問は強くなる。
(若竹もういいではないか? 長兄上なら父上も許して下さる)
六年前の若竹に訴えた。
「鉄之助様、お殿様(直亮)は直清様から世子の座を奪い藩主になられました。ですから直清様に負い目を感じていらっしゃいます。
ここで直清様が槻御殿の腰元を懐妊させたとなれば、直清様にどのような罰が下るかも判りませぬ。わたくしの愛しい方を困らせる訳には参りません」
聞こえる筈のない若竹の声が、予の耳に響いた。
「でも、若竹には長兄上の子が」
「この子は連れて逝きます。もし浄土があるならばそこで直清様をお待ちする間に、井伊家にとって恥ずかしくない子どもに育てます」
微笑った気がした。聞こえない筈の声と見えない筈の笑みに包まれた。
「義姉上!」と私は叫んでいた。
「義姉?」
「だって若竹は長兄上に嫁ぐのでしょ? じゃあ義姉上だよね」
「はい」と答えた若竹の明るい声は、それ以降聞こえなくなった。
(真実を知らなければならない)
決心を新たに長兄の字を読む。若竹はどんな激しい責めにも耐え続けていた。しかし、恐れていた時がやってくる。
最後に長兄が書いた記述は、たった一文字で終わっていた。
「流」
今までと同じ様に、乱れを感じさせない、だが少しだけ大きく力強い一文字が、最後の項の真ん中にこれだけ書かれていた。
この時、若竹は流産し意識を失ったのだろう。愛する者との絆を奪われた若竹は「この後から生きた屍のようだった」と長兄の調査に協力した者から後日聞かされた。
拷問に耐えるでもなく、ただ息をするだけの人の形をした物体に「何をしても無駄だ」と悟った藩士は、父に報告し、父は若竹を風紀の乱れを罪として手討とした。
長兄の死から三年が過ぎ、齢十四となり家臣たちからは元服の話も出てきているが、父は予を元服させるのはまだ早いと思っていた。それは、彦根御前と呼ばれた母の面影をもう少し置いておきたいという父の願望だった。
「父上、お話がございます」と神妙な面持ちで詰め寄った。
「鉄三郎がそれ程に改まって話とは珍しい、何じゃ?」父は、元服の懇願とでも思ったようで、気さくな笑顔を向けた。
「実は、長兄上の事でございます」
「さて『あに』とは? どの兄だ?」
父の十四男になる予には、兄だけでも十三人は居る。父はその内の誰の話かを予想できないでいた。
「直清兄上です」
父にとっては最初の男子であり、廃嫡にした負い目もあり、亡くなって三年が過ぎてもこの名を聞くと胸が潰されるような思いがするらしい。小さく「欽次郎か…」と長兄の幼名で呟いた。
「長兄上が亡くなられました折に、この書付が拙者に託されました。拙者もいつ元服をしてもおかしくない齢となり、父上に長兄上の想いを伝えるのは今を置いて他には無いと存じて、こうして持って参りました」
長兄の残した書付を父の前に置いた。父は不思議そうに手に取り目を通し始めた。
「これは」絶句とも思える声が漏れた。
「幼い折に起こった、腰元若竹の不義密通事件の調査です」
「なぜ直清がこのような物を?」
問われても、返事をすぐにできないでいた。これを目にした時点で、父は理解しているだろう。その事実を改めて口に出すべきものか。それは父に対して残酷なのではないか。
「鉄三郎! なぜと訊いているのが分らぬか!」
父は敢えて最終宣告を求めていた。万が一の奇跡に賭けたのかもしれない。
「若竹は、長兄上の子を身籠っておりました」と静かに、そしてはっきりと答えた。
バサッという何かが落ちたような音がした。書付を畳に落とした父が放心しながら立ち上がった。
「ワシが、ワシが自ら初孫を殺したというのか! 何も求めず、誰も恨まず、井伊家中に波風を立てなかった欽次郎が、唯一欲した物を取り上げたというのか! そして欽次郎の命すら奪ったのか!」
このように乱れた父を初めて見た。これほどまでに長兄は父に愛されていたのだ。
「ワシは父などと胸を張れぬ、民はワシを名君と称えるが、名君でなどあるものか!」
震える体で両手に目を落とす父は誰に言うでもなく叫んだ。
「この手で孫を殺した! 若竹の首に刀を振り下ろした! 裏切り、憎しみ、怒り、全てをぶつけ、転がった首を穢れと罵り踏みつけた。腹も蹴った」
このまま父が狂うのではないかと思った。
「鉄三郎、ワシはどうすればいいのだ?」
虚ろな目で振り向いたて訊ねる。
「父上の過ちを家中の者や民に示し、若竹と産まれなかった子どもの菩提寺を建立されてはいかがでしょう」
かねてから考えていた事が、自然に口から出た。
「わかった」父は即答し、家老を呼んで新寺建立を命じた。
こんな事で許されたとは思えない、寧ろ父が知る事によって咎人が増えただけではないのか。
(父上に再び会えたのならば、詫びを申すだけでは済まされないであろう)と、今更ながら自嘲した。