左近の教え
サッカーの日本代表はワールドカップを前にして本格的な調整に入ろうとしていた、しかし代表監督はその調整を行う場所を何処にすべきかと考えていた。
それでコーチ陣とも話していた、だがそれでもこれといった場所が見付からずどうしたものかと悩んでいた。
しかしその中でだ、監督は日本の小説、戦国時代のそれを読んでからコーチやスタッフ達に対して強い声で話した。
「滋賀県の長浜市はどうだろうか」
「長浜ですか」
「あそこですか」
「あそこを主な練習場所にして」
「チームの調整を行いますか」
「そう考えている」
こう言うのだった。
「私はな」
「佐和山とは」
「また調整の場としては変わっていますね」
「あそこはいいグラウンドがありましたか?」
「気候も」
「気候は何とでもなる、それにグラウンドもサッカーが出来る場所があればいい」
監督は長浜と聞いてどうかという顔になったコーチやスタッフ達に対してこれ以上はないまでに強い声で答えた。
「それだけでいい、むしろ私は今の日本チームにはいい気候やいいグラウンドは不要だと考えている」
「えっ、気候やグラウンドは不要ですか」
「そうしたものは」
「そう言われますか」
「そうだ、日本チームはいつも攻めきれないか逆転するかして負けている」
監督はワールドカップを代表とした国際試合での日本チームの敗北のパターンを指摘した、監督はこのことを深刻に捉えているのだ。
「日本チームにはハングリ―精神が足りない、そして粘りもだ」
「精神面ですか」
「日本チームは精神面が弱い」
「それが攻めきれなかったり逆転につながって敗北している」
「そこが問題ですか」
「延長戦で得点を入れられて敗北したこともあった」
監督は日本チームがこうして負けたことも冷徹なまでに厳しい声で指摘した。
「日本チームには技術や体力も必要だが何よりも精神面の強さが必要だ、それをで長浜で養いたいのだ」
「長浜といいますと」
コーチの一人がここで気付いた顔になって述べた、会議をしている場は極めて深刻な空気に包まれていてその中で述べたのだ。
「石田三成の領地でしたね」
「佐和山城がな」
「そのことからですか」
「石田三成よりも彼の軍師を見て決めた」
「島左近ですか」
「素晴らしい武将じゃないか」
監督は石田三成の名前を出してきたコーチにシビアな顔で言葉を返した。
「彼の関ケ原でのこの国の鬼の様な戦い、その気迫をだ」
「日本チームに備えたいのですか」
「そうだ、とにかく日本チームには伝統的に精神面での脆さがある」
とかくこのことを問題視している監督だった、このことをどうにかしなければならないというのだ。
「島左近の気迫、それを授かろう」
「ではその為に」
「調整場所は長浜ですね」
「あちらにしますね」
「あの場所で心技体特に心を鍛えよう」
こう言って実際にだった、監督はチームを全員長浜に連れて行った、そしてそのグラウンドで練習をはじめたが。
長浜のグラウンドを観てだ、選手達は驚いた。それで口々に言った。
「世界のグラウンドと比べたらどうだ」
「小さなグラウンドだな」
「世界のグラウンドを想定して練習をしないのか」
「今度の大会の国のことも考えないのか」
「こんなところで練習するのか」
「そうだ、君達はこの長浜で徹底的に鍛えられる」
監督は選手達にも強い声で告げた、監督自身も日本チームのユニフォームを着ていてグラウンドに立っている。
「心技体、特に心が」
「心ですか」
「それをどうにかする」
「それが大事ですか」
「これまでの日本チームの敗北は精神面の弱さからきている」
監督は自分がそうではと考えていることを選手達にも言った、むしろ選手達に対してなのでその声は尚更強かった。
「それを克服しこれまで以上に世界で勝つ為にな」
「精神面を鍛える為に」
「この佐和山で、ですか」
「ワールドカップの調整をしていきますか」
「徹底的にな、勿論怪我には気をつけるが」
怪我をすれば元も子もない、このことは監督にとっても言うまでもなかった。それでこのことにも言及したのだ。
「だが君達は技術体力以上にだ」
「精神面な強さ」
「それを身に着けてですか」
「ワールドカップに向かうんですね」
「そうだ、徹底的に鍛えていくぞ」
こう言ってだった、監督は選手達に猛練習を貸した。それはまさに戦場での叱咤であり監督の顔は鬼の様になっていた。
そしてだ、選手達にこうも言ったのだった。
「サッカーは戦争だ!」
「生きるか死ぬかと思え!」
「怯むな!」
「油断するな!」
「味方を信じろ!」
「必ず決めろ!」
とかく彼等の精神面について叱咤した、そうしつつだった。
練習がない時には長浜の街を歩き石田三成そして島左近のことを足でも調べていった。そうしてだった。
佐和山城があったというその山にも登ってみた、それも毎日の様に。その頂上から佐和山の街を見回しその美しさに感じ入りながらも。
こうも思った、この山を島左近が見て軍略を練ってもいたと思い関ケ原での彼の戦ぶりについても調べていき。
鬼の様にチームを叱咤した、左近は石田三成の軍師だったので彼の様に戦術戦略も真剣に考えていった。つまり彼自身が尤島左近鬼と呼ばれた彼から多くを学んでいた。
そうして学びだ、そしてだった。
彼は相手チームそれもワールドカップに出る全てのチームの情報を細かいところまで手に入れて対策も練った、これも島左近に倣ってだった。戦国の武将達は情報収集を怠らずそこから軍略を練っていたことが頭に入ったからだ。
彼自身もそうしていきコーチや選手達にそれぞれのチームへの対策を話した、すると彼等もここで唸った。
「全部のチームを調べるなんて」
「監督本気だな」
「ワールドカップで勝ちに行くな」
「ただ予選通過でよしとしていない」
「俺達に精神面でとか言ってるだけじゃない」
「そうしたこともやっているんだ」
頭も使っている、それがわかってだ。
彼等も遂に監督と同じく目覚めた、そうしてだった。
チームは監督の下一丸となり練習と戦略戦術に励む様になった。そのうえでワールドカップに挑んだ。すると。
チームは何と予選を一位で突破した、予選はオランダ等強豪が揃っているまさに地獄の組み合わせで多くのファンがこれは駄目だと諦めたが日本は予選を一位で突破して決勝に進み。
決勝でも健闘した、何と準決勝まで進んだ。準決勝は優勝候補筆頭の国であり接戦の上最後のPKで惜しくも敗れたが。
三位にはなり誰もが驚いた、日本のファン達だけでなく世界のファン達がだ。
日本の思わぬ健闘は監督の練習と采配によるものだと話題になった、それでインタヴューが殺到したが監督はそのインタヴューに淡々と答えた。
「全ては調整場所を長浜にしたことです」
「長浜?」
「何処ですかそこは」
「日本ですね」
日本以外の国の者はまずこの地名からだった。
「何処にありますか」
「聞いたことがないですが」
「その場所は」
「戦国大名の石田三成そして彼の軍師島左近がいた場所です」
そこだと言うのだった。
「そこで調整し島左近の戦いぶりから精神面を強化することを学び戦術と戦略も徹底させた」
「そうしてですか」
「そのうえで、ですか」
「日本をあそこまで進めることが出来た」
「そうなのですね」
「そうです、島左近の様に強い心で試合に向かい」
そしてというのだ。
「彼の様に確かな戦略と戦術も使い戦う」
「そうしてですか」
「日本をあそこまで進められた」
「そうなのですね」
「そうです、佐和山にいた島左近の様に」
まさにというのだ。
「そうしてこそです」
「日本はあそこまでなった」
「そうですか」
「そうです、しかし島左近は敗れてしまいましたが」
関ケ原でだ、監督はこのこともわかっていた。
しかしだ、それでもというのだ。
「日本は違います、敗れはしたが見事に戦った島左近の様に」
「強い心と戦略戦術で戦い」
「そうしてですね」
「そのうえで、ですね」
「日本は何時かワールドカップで優勝します」
こう言うのだった、そしてだった。
監督はこのワールドカップで日本チームの監督から降りたが日本チームはチーム全体でこの大会のことを忘れず。
ワールドカップ前には必ず長浜で調整する様になった、そうしていき次の大会では強靭な精神力と見事な戦略戦術でワールドカップで優勝した。その後で佐和山に島左近の神社が彼を戦ではなくサッカーの神として祀るものとして設けられるという話が出たがその実現は議論が優勝から長く経ってからようやくサッカー協会と佐和山市の尽力で建てられた。
左近の教え 完
2018・9・4
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