別人と思われて 
 西田楓は背が高くしかもすらりとしたスタイルでとりわけ脚のラインのよさがステージではベースの演奏と共に注目されている、それでバンド仲間にも言われていた。
「私達全員のことだけれどね」
「楓っち露出もっと出していってね」
「ミニスカート履いてね」
「シャツも露出多め」
「袖なしでいこうね」
「胸元も開いて」
「その方が人気出るからよね」
 楓は仲間達がステージでの服の露出を多めにという理由をすぐに察して言った。
「そうよね」
「そうよ、特に男のファンが注目するから」
「だからよ」
「私達どんどん派手な服着ていきましょう」
「水着や下着とは言わないけれど」
「露出は多い方がいいのよ」
「私動きやすい服が好きだけれど」
 眼鏡をかけて髪の毛はポニーテールにしてジーンズに長袖のシャツという自分で言う通り機能的なファッションでだ、楓は仲間達に言った。リーダーの家に集まって次の駅前での演奏の打ち合わせの話でそうした話になったので応えての言葉だ。
「けれどね」
「楓っちとしてはあまり好きじゃないわよね」
「そうした露出多いのは」
「どうしても」
「抵抗あるわ、特にスカート」
 これがというのだ。
「高校まで制服以外じゃあまり穿かなかったし」
「今もよね」
「あまり穿かないわよね」
「今だってジーンズだしね」
「普段殆どズボンだし」
「動きやすいから、何かスカートだと」
 どうしてもというのだ。
「今一つ抵抗あるのよ。けれどよね」
「そう、ステージはステージだから」
「実際とは違うからね」
「だからよ」
「ここはお願いするわ」
「ステージの時限定で」
 ミニスカート等露出の多い服を着て欲しいというのだ。
「確かに音楽と演奏第一だけれど」
「ビジュアルも大事だからね」
「そこはお願いね」
「皆がそうするし」
「わかってるわ」
 楓は個人的な感情ではどうかと思っていても露出の多い服の方がステージでは人気が出ることもよくわかっていた、しかも絶対に嫌という程そうした服が駄目でもなかった。あまり好きでないという位だった。
 それでだ、仲間達の言葉に賛成してそのうえでステージではミニスカートで胸元や腋が見える様な服装になり演奏を行った、その際普段はかけている眼鏡を外して髪型も普段より派手なものにしていた。
「とにかく派手よ」
「メイクだって力入れていきましょうね」
「とにかくビジュアルも重視だから」
「楓っち顔立ちもいいし」
「美形だから」
「特に眼鏡外したら映えるから」
 その整った顔立ちがというのだ。
「眼鏡も外してね」
「それでメイクも派手で」
「楓っちメイクもナシュラル系だけれどね」 
 そちらはあまり時間をかけない、簡単に手早くやっている。元々顔立ちが整っているのでそれでも問題がないのだ。
 だがステージではそうしたことも別だった、楓は眼鏡を外してメイクも濃く派手にしていた。そうしてバンド全体の人気は上がり楓個人の人気も出ていた。
 ネットでもグループのことが評判になり楓も注目されていた。とにかくネットでの注目が大きくユーチューブでもライブの映像があげられていて再生数もかなりのものになっていた。
 しかしある日楓がケースに入れたベースを背負ってジーンズに長袖、眼鏡をかけてナチュラルメイクで髪型は普通に下ろしてよく演奏しているステージハウスの傍を通りがかった。その入り口に楓達のバンドのメンバーそれぞれの写真も飾られていて最近人気急上昇中のバンドと紹介されていた。そこでふとだった。
 今は高校生のバンドが演奏中とあったので中に入ってどんな演奏か観てみた、男子高校生のジャズバンドだったが歌も演奏も高校生にしては中々だと思った。ただし高校生のせいか衣装はどう見ても彼等の普段着でそちらはどうかと思った。
 客も結構多くステージは盛況だった、そこでだった。
 バンドが休憩をしている時に楓の近くの席に座っている客達、高校生位の年齢の娘達が楓を見てこんなことを囁いているのが聞こえた。
「あの人どっかで見たわね」
「そうよね」
「ええと、何処でかしら」
「ここに来てる人じゃないの?」
 楓はこの言葉に内心その通りと思ってくすりと笑った、だが。
 すぐにだ、女の子達はこんなことを言った。
「ええと、どのバンドだったかしら」
「何処のバンドだったかしら」
「あのバンドじゃないの?」
 ここで言ったバンドの名前は別のバンドだった、しかも。
 女の子達はそのバンドのベーシストどころかドラマ―の名前を言った、楓とは年齢は同じだが外見はあまり似ていない。
 その人ではないかという、それで女の子達は楓自身に聞いてきたが楓は何も知らないふりをしてこう答えた。
「違うわよ」
「そうですか、似てると思いましたが」
「違いますか」
「すいません、人違いでした」
「いいわよ」
 笑ってこう返したが女の子達は楓を近くに見ても似ているんですが等と言った、そして最後まで楓とは気付かなかった。
 それでだ、メンバー達と作詞作曲をしている間に笑ってこのことを話した。
「私だってね」
「全然わからなかったのね」
「そうだったのね」
「そうなのよ」
 実際にというのだ。
「これがね」
「まあそうかもね」
「楓っちライブの時と普段全然違うし」
「ステージはステージでね」
「まるで別人だしね」
「絶対にそれでよ」
 楓はメンバー達にさらに話した。
「皆わからなかったのよ」
「そうよね」
「じゃあ私達もでしょうね」
「ヴォーカルでもね」
「それでも地声と違うからね、私」
 ヴォーカルのメンバーも言ってきた。
「ちょっと」
「あんた歌の時声可愛いからね」
「地声のトーン低いのにね」
「そうなのよね、これでメイクしたら」
 ヴォーカルの娘もというのだ。
「別人に思われるわね」
「私達全員ね」
「楓っちと一緒でね」
「普段は気付かれないかね」
「別人に思われるわね」
「そうでしょうね、けれどそれがいいんじゃない?」
 楓は仲間にくすりと笑って言った。
「プライベートは守られるんだし」
「ああ、そうなるわね」
「普段気付かれないんだったらね」
「ステージから降りたら気付かれないから」
「それはいいわね」
「そうでしょ、じゃあいっそのことビジュアルもっと強く出す?」
 楓は仲間達に笑ったままこうも提案した。
「そうする?」
「それもいいわね」
「じゃあそうしたことも考えて」
「バンドやっていきましょう」
「これからもね」
 仲間も楓の言葉に頷いた、そうしてだった。
 バンドはよりビジュアル面を目立つ様にして派手にしていった、それでメジャーデビューもして人気グループにもなったが楓も他のメンバーも日常で気付かれることはなかった。精々別人と思われるだけの平和な日常を過ごすことが出来た。


別人と思われて   完


                      2018・9・17

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