育てて二十年
森の隠者はたまたま拾った卵から出て来た竜の子をずっと育てていた、だがその間竜の子はというと。
外見が全く変わらない、それで馴染みの樵が家に来た時にこんなことを言われた。
「あの子だけれどな」
「卵から出て来てからだな」
「外見が全然変わらないな」
「卵から出て来た時からあの姿だからのう」
隠者は樵に近所の池で汲んできて魔法で熱して葉を入れたお茶を差し出しつつ言った。
「服は着せたが」
「全然変わらないな」
「もう二十年か」
「長いよな、俺の髭も白くなってな」
樵は自分の顔の下半分を覆う濃い髭をさすって笑って言った。
「あんたの顔もな」
「皺が増えたがのう」
「あの子は変わらないな」
「二十年全くな」
「竜の子ってそうなのか?」
「竜、ドラゴンの寿命は長いからな」
「三千年は普通だったな」
隠者の言うドラゴンの年齢についてだ、樵は述べた。
「俺達なんて比べものにならないな」
「だからじゃ、二十年なぞな」
「ドラゴンにとっては少しの間か」
「そうであろうな」
「だからあの子もずっとあのままの姿か」
「そうじゃろう、だからわしもな」
育てている隠者にしてもというのだ。
「そうしたものと思っておる、しかもあの子は強い」
「子供でもドラゴンだからか」
「森の熊も一撃で倒す」
「そりゃ強いな」
「最近浮くことから少しでも飛べる様になった」
ドラゴン特有の背中の翼を使ってだ。
「そして熱線を吐く様にもなった」
「火じゃないんだな」
「ドラゴンは種類によって吐くものが違う」
隠者は樵にこのことも話した。
「イエロードラゴンは黄色く光る熱線を吐く」
「じゃああの子イエロードラゴンか」
「そうらしいのう」
「そういえば髪の毛が黄色いな」
「そうであるな、ではそのうちな」
「大きくなってか」
「立派なイエロードラゴンになるじゃろう、しかし」
それでもとだ、隠者は樵に話した。
「その頃にはな」
「俺もあんたもな」
「人間の寿命は短い、しかもわし等は年寄りじゃ」
だからだというのだ。
「その姿を見ることはないであろうな」
「そうだよな、残念だけれどな。それであの子は今何処にいるんだ」
「狩りに行った、さっき言ったが恐ろしく強い」
「森のどんな獣にも勝てるんだったな」
「子供でまだ人間の姿の部分も多いがドラゴンじゃ」
最強のモンスターと言われているこの種族だからだというのだ。
「だからな」
「熊にも狼にも勝てるか」
「そうじゃ、強いぞ」
「なら今度の狩りでも何か獲って来てくれるか」
「わしはそれを調理する」
「頼りになる子供だな」
樵は隠者のまるで自分の本当の子供について話す様な温かい話に笑顔になった、彼にしても竜の子は明るく元気な子供だった。
竜の子は樵が隠者の家、庵と言うには少し大きなその家から出て自分の家に帰ってから暫くして戻って来た、扉を元気に開けると隠者に笑顔で言った。
「おとう、今日は猪を獲ってきたぞ」
「猪か」
「そうだ、でっかい猪だ」
「そうか、ではその猪をな」
「食うんだな」
「そうしよう、山菜や茸や果物もあるしな」
こちらは隠者が採ってきたものだ、竜の子はこうしたものを採ることも魚釣りも得意だが家のことは二人で手分けして暮らしているのだ。
「猪は鍋にしてな」
「山菜や茸とだな」
「残った肉は干したり燻製にしてだ」
保存してというのだ。
「置いておこう」
「いつも通りだな」
「そうして食べていこう」
「わかった、じゃあな」
「腹一杯食べることだ」
隠者は竜の子に優しい笑顔で言った。
「いいな」
「おとういつもそう言うな」
「御前は本当によく食べるからな」
それ故にとだ、隠者は竜の子に優しい笑顔で話した。
「それでだ」
「じゃあおいら今日も沢山食べていいんだな」
「そうだ、そして食べた後でだ」
「学問だな」
「色々知らないといけないしな」
「わかった、そっちも教えてくれ」
竜の子は好奇心旺盛で隠者の教えることを何でも聞いてしかももの覚えがいい、二十年の間に読み書きを覚えて学問、特に魔術をよく覚えてきている。
「おらが大きくなった時の為にな」
「色々教えよう」
隠者は食事の後で竜の子に学問を教えた、そうしてその日を終えて次の日もだった。
竜の子と共に暮らした、竜の子は強くもの覚えがいいがそれでも姿は変わらない。二十年同じままだった。
だがある日のことだ、急に。
竜の子は朝起きて隠者に言った。
「おとう、何か凄く喉が渇くんだ」
「どうしたのじゃ?」
「わからない、けれど本当に」
「喉が渇いてか」
「ちょっと池まで行って」
家の傍にあるそこにというのだ。
「お水飲んでくる」
「わかった、わしも水を汲みに行くからな」
「それでか」
「一緒に行こう」
こう話して二人で池まで行った、隠者が水を汲んでいる間竜の子は水を驚く程の勢いで飲んだ。そうしてだった。
水汲み用の桶にして何十杯はあるかという位飲んでからだ、動きを止めて。
身体が光りその光の中で姿を徐々に変えていった、身体が大きくなり四肢も頭も首もその姿を変えていき。
光が消えた時竜の子は全長五メートル程のイエロードラゴンになった、それで池に移った自分の顔を見て言った。
「あれっ、おいら」
「うむ、わしもはじめて見たが」
一部始終を見届けた隠者は彼に真剣な顔で答えた。
「御前は成長してだ」
「ドラゴンになったんだ」
「いや、元からドラゴンであって姿が変わったのだ」
「ドラゴンの姿に」
「そうだ、なったのだ」
そうなったというのだ。
「御前はな」
「そうなんだ」
「竜の子がドラゴンになるのは知っていたが」
それでもとだ、隠者は竜の子にさらに話した。
「この目でその場面を見たのははじめてだった。そうして変わるのか」
「そうだったんだね」
「うむ、ずっと姿が変わらなかったが」
二十年の間そうだったがというのだ。
「そうして変わるか、そして御前はな」
「このドラゴンの姿でだね」
「生きる、後はその身体は徐々に大きくなるのであろう」
歳を経るにつれというのだ。
「ドラゴンの身体になったからな」
「ううん、不思議な気分だよ」
「急に姿が変わってか」
「喉が渇いていたのもそのせいだったのかな」
「姿が変わるのに多くの水の力が必要だったのだろう」
「そうだったんだ」
「姿が変わるのに多くの熱が出てな」
それでというのだ。
「身体にあるその熱を冷やしてそのうえで今の様に姿を変える為にな」
「だからおいらは水を飲んで」
「姿を変えることが出来た、それでこれからどうする」
隠者はここで竜の子に問うた。
「御前はドラゴンの姿になったがな」
「おとうと一緒に暮らすかどうか」
「そうだ、どうする」
「これだけ大きいとお家には暮らせないけれど」
それでもとだ、竜の子は隠者に答えた。
「近くの洞窟に住んでね」
「この森にはか」
「おとうと同じ森に暮らしていいかな」
「わしに異存はない。ならわしもだ」
「おとうもなんだ」
「その洞窟で暮らすか」
隠者は竜の子にここでも暖かい笑顔で応えた。
「そうするか」
「そうしてくれるんだ」
「御前を育ててきたのはわしだ、御前はわしの子供だからな」
絆がそうなっているからだというのだ。
「それではな」
「じゃあこれからは洞窟でね」
「共に暮らそうぞ」
こうしてだった、ドラゴンの姿になった竜の子は森の洞窟に隠者と共に移り住んだ。隠者はこのことを樵に伝えた。
すると樵はすぐにその洞窟に来て隠者と竜の子にとっておきの葡萄酒を差し出してから笑顔で言った。
「これはお祝いだよ」
「この子のか」
隠者は自分の後ろにいる竜の子に顔を向けつつ樵に応えた。
「そうか」
「そうさ、ドラゴンの姿になったな」
「礼を言う、ドラゴンはな」
「人間との間の子の姿からだな」
「こうした姿になるな」
「そうじゃな」
「けれどおいらはおいらだよ」
竜の子は樵に言った。
「この姿になったけれどね」
「そうだな、御前さんは御前さんだな」
「そうだよ、それにどうもね」
「どうも?」
「二十年じゃドラゴンじゃまだ子供らしいんだ」
「何千年も生きるからな」
「だから暫くはね」
ドラゴンの姿になったがというのだ。
「おとうと一緒にいるよ」
「それがいいな、まだ子供だからな」
ドラゴンではとだ、樵は竜の子にまた言った。
「それじゃあな」
「これからも一緒だよ」
「さて、今日は狩りだが」
「何を狩ってきたらいいかな」
「御前の好きなものでいい」
「じゃあグリフォン狩ってくるね」
「おい、随分大物だな」
樵は竜の子の今の言葉に驚いて突っ込みを入れた。
「グリフォンをか」
「この前刈ってきたよ」
「凄いな、あんな強い奴をか」
「ドラゴンの姿になったら勝てる様になったんだ、それも楽にね」
「流石はドラゴンだな」
「じゃあ行って来るね」
「気をつけるのじゃぞ」
隠者は洞窟から出る為に動きだした我が子に注意した。
「危なくなったら魔法を使って熱線も吐いてな」
「そうして戦ってだね」
「戦うのじゃ、怪我はせん様にしてな」
「気をつけるよ」
竜の子はこう答えて狩りに出た、そのうえで洞窟から出て空に羽ばたき暫くして一匹のグリフォンを倒してそれを獲って戻ってきた。隠者と樵と共にグリフォンの肉を楽しむ声は姿を変える前と変わらなかった。
育てて二十年 完
2018・9・20
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