Ⅲ
四月九日・月曜日。
休みの日である。
しかし、私たちは濱梅食品工業株式会社付属の事務所で、四月七日・土曜日、四月八日・日曜日の総括と、これからの対策について話し合っていた。
ゆっくりと、午前十一時出社。その後の昼食は会社から出る。昼食後、また協議に入るとのことである。
まず、【ながはま焼】と【チョコッとながはま】の特許申請の件についてである。
「既に信頼すべき弁理士さんに頼んでいます。費用はかかるが、絶対に他の業者に真似をさせない!」
総務部長が意気込んだ。
私には思い当たることがある。私は亡き父や母と、いつも食卓を一緒にしていた。それぞれ孤食になることは滅多になかった。あえて言うならば、亡き父や母が会社の宴会の時に夕食を不在にする時ぐらいである。
それは、誰かが良いことをすると、必ず真似をしようとする人間があらわれるということだ。良い悪いではない。成功者にあやかりたい。そんな気持ちの表れだろうと思う。でも、先に成果を上げた者にはかなわないはずだと思う。
特許のことは、既に半年前から準備が行われていたようだ。しかし、実際に動くのは今である。
「ながはま焼、チョコッとながはま、の商品を他の業者に絶対に真似されたくない!」
ドラゴンが吼える。
「似たアイディアがあったら大変です」
私は問題提起をした。既にあるアイディアと同じものを申請しても、特許が認められないからだ。
「大丈夫。僕がここ二~三年で、全国の実態を、再雇用の仕事の合間に、詳細に調べ尽くしておいたから」
「代表。それはすごいことです」
事務局長が同意をした。
代表と総務部長が願書、特許請求の説明書や図などを作成していて、弁理士さんも研鑽を重ねていたとのことである」
「申請書を特許庁に申請する時、費用は要るのですか?」
「一万数千円の特許印紙が要ります。既に用意してあります」
総務部長は、眸に即答した。
「特許料の振込は?」
「そんなにはかからないと聞いています。申請用紙の枚数にもよるけれど、一万円居ないに収まる。申込日から一~二週間後です」
「でも、そのうちに他の業者が、ながはま焼のアイディアを真似して、販売することも考えられますが、そんなことを、させたくない」
「ごもっとも。でも、特許申請中と明日から広告を出す。そうはさせない!」
彩香と総務部長のやりとりを聞いて、私は安心感を持った。
特許が認められない時の通知が来ても、めげずに、再度、特許が認められるように、請求すべきとの指示が出た。
総務部長は、弁理士との電話のやりとりを皆に告げた。
*
何事も順風満帆とは行かない。思わぬ敵があらわれた。
敦賀を拠点とする【角鹿クリエイションズ】の企画や、西濃地区を拠点とする【西濃アクティブツァー】が、JR長浜駅で下車するのを止めて、敦賀駅や関ヶ原駅・大垣駅・岐阜駅で下車する人を多く獲得しているというのだ。
濱梅企画のJR長浜駅を拠点とするツァーにキャンセルが相次いだ。
「なぜですか?」
ある日、電話応対した私は、思いもよらぬ事実を突きつけられたのである。
「滋賀県には核(コア)が無い。琵琶湖の存在で、湖北、湖南、湖東、湖西に四分の一ずつ分散している。それに、あるスポットだけを巡るという単発路線。もう飽きました」
「オルゴール堂。曳山博物館。長浜城。どれも平面を楽しんでいるだけの旅から、卒業したいから」
梅本総務部長は、【ながはま焼】と【チョコッとながはま】の販売を複数の社員に出向してもらう形で任せて、緊急会議を呼びかけた。
一刻の猶予も無い。非常事態!
現状の分析と対策。
まず、現状とは何か?
「長浜へ来るべきお客様が、敦賀へ、西濃エリアへと奪われてしまうことを意味する」
梅本総務部長は、顔を曇らせた。
「今のままでは現状維持にしか過ぎない。将来的には発展しない。対策が急務。幸いにして、ながはま焼と、チョコッとながはまの販売は軌道に乗っているから、濱梅製菓の社員の方々に出向して貰えないだろうか?」
「充分可能です」
総務部長はドラゴンに答えた。
「ならば、即、視察に行きましょう。行き先には敦賀方面と西濃エリアという二つの方向があります。分担しましょう」
ドラゴンの提案で方向性が定まった。
「敦賀へ行きたい人?」
ドラゴンの呼びかけに対して、彩香と眸、梅本総務部長が手を挙げた。
「じゃあ、西濃エリアに行きたい人?」
私は、真っ先に手を挙げた。
すると、杉田事務局長とドラゴンが手を挙げた。
えっ! ドラゴンと一緒?
私は、思わず、顔を曇らせた。
「女性が久保さん一人では、寂しいだろうから、新入社員の宮本さくらさんをお呼びしましょう」
「ありがとうございます」
さすが、杉田事務局長だ。心くばりが素敵!
*
五月五日・祝日。
私たちは、杉田事務局長のプリウスに乗せて貰って、長浜へ来る人の多くが、西濃エリア(関ヶ原・養老・大垣・岐阜)になぜ人が流れるのかを調査を行うことになった。
午前八時半。豊公園駐車場集合。
態勢を整えて、出発。運転手の杉田事務局長。助手席には代表のドラゴン。後部座席の左側には私、右側にはさくらさん。
良い感じ!
午前八時四十五分に出発。何か生き生きとしてくるのはなぜだろう?
杉田事務局長の選んだコースは、先ず、南濃地区の行(ぎょう)基(き)寺(じ)だった。美濃高須藩松平家出身の四人の兄弟、尾張藩主・徳川慶勝、徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬の菩提寺である。
杉田事務局長は、皆を松平家の庭園に案内した。
「うわーっ!」
私は、思わず言葉を失った。形容する言葉が見つからないのだ。ハッキリ言って、絶景である。
住職がやって来られた。
「うちの寺では、毎年、中秋の名月の日の午後五時半から七時半の間に、お月見参拝を行っています。抹茶込みで千五百円頂戴しております」
「すごく幻想的な雰囲気でしょうね。濃尾平野に浮かぶ名月。この庭園から見るなんて。すごく贅沢です」
「高台から見る濃尾平野って、立体的でしょう?」
「立体的。素晴らしい」
ドラゴンが相槌を打った。さくらさんと私も、うなずいていた。
次に向かったのは、岐阜県海津郡のアクアワールド・水郷パークセンターだった。無料駐車場で下車すると、水郷気分いっぱいである。
「平地というよりも、低湿地ね」
「うん。なぜか心が落ち着く」
さくらさんに私は応答した。
のんびり、ゆったりできる。これも最高の贅沢である。
ゆったりと呼吸をして、周りの音に耳を傾ける。小鳥のさえずり。近くで遊ぶ子どもたちの声。
「すごく癒されます」
さくらさんは、ニコニコだった。
次は、水と緑の館・展望タワーである。620円。六十五メートルの塔をエレベーターで登ると、何と揖斐川、長良川、木曽川が合流して伊勢湾へと注いでいる。軽食をとるが、この迫力は絶景そのもの。
私も、何度も写真を撮った。
館内には展示室があり、私の気に入ったものは、流路の変化とか、木曽三川・水の旅が大型スクリーンに映し出された映像だった。
仕上げは長良川河口堰。
自転車と歩行者は河口堰を渡れる。
皆は、自転車の方を選んだ。
帰りの車中で、さくらさんと私は、順に、ドラゴンと杉田事務局長に感謝の言葉を述べた。
「高低差があって、素晴らしい。この感覚が今の長浜に薄いと思います。ありがとうございます」
「目が醒めた気分です。感激です」