姫と私のカプリッチオ
「おおおおおおおおおお!」
帽子を目深に被りマスクをした女子高生が、腹の底から厳かな声を出して両手を合わせた。
「おおおおおおおおおお!」
2度目。
彼女は手を合わせたまま深く頭を下げる。
「おおおおおおおおおお!」
3度目。
彼女は身を起こすと右手を高々と挙げ、何かを掴むようにした。その右手の直ぐ上に、眩い光を放ちながら現れ出たもの。それは、瑞々しく光る葉がたくさんついた榊の枝。片腕ほどの大きさがあるだろうか。彼女は慣れた仕草でそれを掴むと、両手で持ち直した。
彼女の目の前には、秋でもないのに茶色く変色してしまった葉がはらはらと散り続ける大木がある。人々は、何かの病気か虫が入ったのだろうと言うが、彼女は理由を知っている。
「たま! もっと下がって! 意外と強いよ!」
彼女は、手のひらサイズの羽の生えた光る少女、たまにそう言った。たまは頷いて彼女の後ろへ回った。
彼女は榊を高々と右上に振り上げ、大きく左へ振る。榊は勢いでバサッと音をたてた。
「祓え給い 清め給え!」
大木は小刻みに振動し始める。
今度は右へ。
「祓え給い 清め給え!」
豪雨のような勢いで葉っぱが落ち始めたが、誰かが見ても強風か何かで煽られて散っているようにしか見えないだろう。
「祓え給い 清め給え!!」
その時、大木は下から煽られるように仰け反り、変色していた葉っぱを巻き上げて全て振るい落とし、青い葉っぱのみを残して鎮まった。
大木は落ち着きを取り戻し、少女は榊を持つ手を下に降ろした。
「終わった」
そう言って後ろを振り返る。たまは、にっこりと微笑んでいた。
「環(たまき)、いい声が出るようになってきたなぁ。ちゃんと命(みこと)様に届く声やで」
「やめてぇや。恥ずかしがって声が命様に届かんかったら何回も言わんなん。始めから腹据えて思いっきりやった方が早い」
そして、環と呼ばれた彼女は榊をまた両手に持ち直し、深く頭を下げるとまた声を発し始めた。
「おおおおおおおおおお!」
榊が光を発し始める。
3度の発声で、榊はふわっと彼女の手から姿を消した。それと同時に、環は後ろにいるたまに声をかけ走り始めた。
「帰るで!」
環はとにかく慌ててその場を去る。森羅万象の不思議から人の心が離れている今、自分の行為をどんな風に見られ、思われるか、環は恐れている。
目深に被った帽子と顔の半分以上を隠すマスクは気休め程度の変装のつもり。
走る環の後ろを、たまは苦笑しながら追いかけて飛んでいく。夏の午後。