仁義なきもふもふ
ジジカ=フレンチは種族的には狐人それもフェネックギツネの系列のそれであり胸が大きい女である。
だがその職業はあるバーの用心棒で元はヤクザ者だった。
それでだ、今日も店の中から店内の様子を見守りつつ店の主に囁いた。
「おやっさん。今は店の中はじゃ」
「静かなんだね」
「ああ、ええお客さんばかりじゃ」
こう言うのだった。
「だからじゃ」
「大丈夫か」
「ああ、しかしのう」
「変なお客さんが入ってきたら」
「それでそのお客さんが暴れたらじゃ」
その時はというのだ。
「わしが出る場合もありますけん」
「それでだね」
「その時は任せてつかあさい」
「わかったよ、いつも通りにだね」
「嫌がらせとかに来る奴がいても」
その場合もというのだ。
「やっぱりです」
「頼むよ」
「そうさせて下さい」
サングラスの奥の鋭い目を光らせて言う、彼女は今はバーで用心棒をして生きていた。何かあれば剣を持ち背中に刺青を背負ったその姿で働いていた。
彼女のことは客の殆どは知らないが知っている者は知っていて普段は店の制服を着て雑用をこなしている彼女を指差して若い者に言った。
「あのお姉ちゃん凄いぞ」
「普通の店員さんじゃないんですか」
「ああ」
その通りだというのだ。
「実はな」
「といいますと」
「凄腕の用心棒でな」
このことを言うのだった。
「その強さたるやな」
「相当なものですか」
「ああ、それでな」
そのうえでというのだ。
「いざとなればその剣を抜いてな」
「戦うんですね」
「何でも元ヤクザ屋さんでな」
その筋の者でというのだ。
「あのマシロヒの街の高層を生き抜いてきたらしい」
「あのマシロヒのですか」
「知ってるよな」
「知ってますよ、ヤクザ者同士が殺し合って」
この街と近辺全体それこそ何百万人のショバだの何だのを争ってだ、挙句には他の地域のヤクザ者まで入って来て死闘だの代理戦争だの言われた。
「百人以上のヤクザ屋さんが死んだ」
「その中で最強のヒットマンで何人も殺したらしいぞ」
「何人もですか」
「血みどろの抗争の中心に最初から最後までいて」
「それが終わってですか」
「もうそっちの世界が嫌になったらしくてな」
それでというのだ。
「もうな」
「今はですか」
「足を洗って」
そしてというのだ。
「今はここで用心棒をしてるらしいな」
「カタギですよね」
「今はな」
ヤクザを辞めてというのだ。
「そうなったさ、けれどな」
「そんな人だからですか」
「わかるな、何があってもな」
「それでもですね」
「あの人は怒らせるなよ」
「わかりました」
若い者は店の常連の言葉にごくりと息を呑んで頷いて答えた、彼等はこれで終わった。だがある日のことだった。
店に如何にも柄の悪そうな男が何人も来た、人間だけでなくドワーフや蛇人もいるが皆非常に人相が悪い。服装も明らかにだった。
そちらの筋だった、彼等は店の者に凄んで尋ねた。
「おい、ジジカ=フレンチおるか」
「あいつおったら出すんじゃ」
「わし等用があるのはあいつだけなんじゃ」
「あいつ出したら何もせんわ」
こう言って凄みいざとなれば店の中で暴れようとする素振りさえ見せた、明らかにまともな者達でなかった。
それで店の主が出てことを収めようとしたが。
ジジカ本人が出てだ、主に言った。
「おやっさん、用はわしにって言うちょりますし」
「だからか」
「はい、ここはです」
まさにというのだ。
「わしに任せて下さい」
「任せてか」
「ちょっと連中と話をしてきます」
「店の外でか」
「少し席外します」
こう言ってだ、そのうえで。
ジジカは男達の前に出て話をした、彼等はジジカを見ていよいよ緊張した顔になったが彼女は彼等に共に店を出る様に言って。
彼等と共に店を出た、そうして暫くして店に裏手から戻って主に言った。
「話終わりましたけえ」
「そうなのか」
「もう心配は無用です」
一切という言葉だった。
「あの連中は二度とこっちに来ません」
「二度とか」
「はい、二度と」
まさにというのだ。
「そうなりましたさかい」
「まさか」
「聞かんといてくれたら嬉しいです」
「そうか、わかった」
「そういうことで」
ジジカの顔にも身体にも血は一滴も付いていなかった、だが主にはわかった。彼女の身体から微かに血の匂いがすることを。
数日後川に真っ二つにされた柄の話ウリ男達の屍が打ち上げられた、街の警察はヤクザ者達の抗争の結果と見て身元もあまり調べずに埋葬に回した。だが。
その見事な切り口を見てだ、彼等は囁き合った。
「凄い腕だな」
「ああ、尋常じゃないぞ」
「どいつも真っ二つだ」
「全員一撃で殺してやがる」
「これは凄腕の奴の仕業だぞ」
「それは間違いないな」
こうした話をした、だが下手人は街のヤクザ者と考え後で身代わりが出ればそれを捕まえてそうでもないと後は適当にヤクザ者を捜査して終わらせることにしてことを済ませた。この街の警察のヤクザ者への捜査はわりかしいい加減なことも幸いした。
だがわかる者にはわかった。
「全員一撃で真っ二つとかな」
「ジジカ=フレンチしか出来るか」
「この街に来てるっていうが」
「マロシヒの抗争で数えきれないだけのヤクザ者切り殺してきた奴しかいない」
「あいつの手口だ」
「他には考えられるか」
こう話すのだった、しかしだった。
店にいるジジカは何も語らない、それで店の主に言うのだった。
「店で何かありそうなら」
「すぐにだね」
「わしに言って下さい」
こう言うだけだった、そうして店の用心棒の仕事を続けるのだった。過去を隠したうえで。
仁義なきもふもふ 完
2018・10・21
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