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外に出ると、そこは太陽の照りつける炎天下だった。
「今からなにをさせられるんだ、俺は」
「思う存分萌えをぶつけさせていただくために、まずはここの雰囲気を知ってもらおうと思いまして! いい雰囲気のお店があるので、そこに行きましょう!」
意気揚々と歩く女に手を引かれ、カラコロと不思議な音を立てて後ろをついて行く。
「でも悪魔さんが人間と同じ雰囲気の方で良かったー! めっちゃ大きいとか、動物っぽいとかだったらどうしようと思ってたんですよー。意外と好青年な姿でビックリしました」
「はぁ、そうか」
滞りなくペラペラ話し続ける女に相槌を打ちつつ、街並みを見回す。
賑わいのある商店が建ち並んでいるが、その壁の多くが黒く塗られていることが目を惹いた。
この世界に呼ばれたばかりの俺に見覚えなどあるはずもないのだが、見回したその街並みは、ひどく不思議な感じがする。
時代や次元が入り交じったような、なんとも掴み所のない場所という印象だった。
「古い木造の商店と、石造りの商店が並んでいるな。店構えもまちまちで、夢の中にでも入ったような――不思議と懐かしさを覚える場所だ」
古いようで、新しいようで、やはりどこか古めかしい。
すすけて古ぼけているわけでもないが、なぜか郷愁を感じさせる雰囲気がある。
その言葉に、前を行く女はぐるりと振り返った。
「お分かりですか!」
ずいと迫る目は、やはりキラキラと輝いている。
「いやー、このノスタルジーがお分かりになるとは、やはりお目が高い! お呼びしたのがあなたで良かったです!」
手を握り直され、うっとりとした表情で語られても困る。
なんだこのテンション。
これからなにをさせられるんだ俺は。もしかしたら危険な人間に呼ばれたんじゃないのか。
ハラハラの加速が止まらない。
「自己紹介もまだですから、どうぞ! こちらのお店で、まずはゆっくり話を聞いてください!」
不安しかないが、案内されたのは落ち着いた茶店のようだった。
どうやら、話を聞けというのは嘘ではないらしい。
案内されるまま店の奥にある席につくと、大量のメニュー表が広げられる。
「なににします? 飲み物? 軽食? あ、今日は私の奢りですんでお金のことはご心配なく!」
ニコニコとハイテンションで話しかけてくる女に、気圧されるばかりで会話にならない。
まずもって、俺が受け止めるのはどんな物なのか。
というかさっき、ぶつけさせてもらうって言ったか。なにをぶつけられるんだ。
そしてなぜそんなにテンションが振り切れているのか。
全体的な目的はなんなのか。
あと会話は翻訳されるが文字は読めないので、メニューの解説を求めたい。
言いたいことがありすぎて、自分で思うより険しい表情になっていたらしい。
ここで初めて、女が恐縮した様子で肩身を狭めて見せた。
「あっ……私、興奮すると一方的に話してしまう癖があって。呼ばれた理由とか、よく分かってない感じです、かね?」
「そうだな」
「すみません……」
不機嫌を装うが、内心ものすごく安堵した。
良かった。気付いてくれて本当に良かった。
さらに反省の様子が見られることから、少なくとも危険な人間ではないらしい。
こちらのほうが確実に強いと分かってはいるが、得体の知れないハラハラ感は落ち着いてくれそうだ。
少なくともこれから詳細な説明がされるだろうと期待して、大きく息をつく。
「とりあえずお前自身のこと、それから俺を呼んだ理由をできるだけ、落ち着いて、話せ」
落ち着いて、の部分をわざと強調して伝えたのが利いたのか、女の背筋がさらに伸びる。
うん、寿命のやりとりが関係するからな。それくらいの緊張感は持って欲しい。
しかし勢いを削がれたらしい女は、途端に目を泳がせ始めた。
「とりあえずここお店なんで、えっと、注文だけしちゃいましょうか。お腹、減ってます?」
「腹? ……まぁ多少は」
「じゃあ飲み物と軽食、私のおすすめを頼んじゃいますね」
できるだけ話を逸らそうとする気配に首を傾ぐも、大人しく注文のやりとりを見守る。
手慣れた様子で数点の注文を済ませると、女はようやく、腹を決めた様子で向き直った。
「私、観音寺たけおといいます。16歳女子で、友だちはそこそこいる感じ。趣味は散歩とカフェ巡り。さっきご覧になったように、ちょっと残念な人間です」
「ちょっと?」
「あ、だいぶですかね」
「理解しているならそれでいい」
これ見よがしにため息を吐いてみせると、たけおと名乗った女は恐縮した様子で肩身を狭める。
なにも意地悪をしたつもりはないが、これで落ち着いてくれるならそのほうがありがたい。
「俺のことは好きに呼べ。こちらの世界の住人に真名を教えてはいかん決まりだ」
「んー。じゃあ、魔王さんって呼びますね!」
「……なぜ魔王」
「話し方が尊大なので!!」
あまりにも単純な理由に言葉も出ないが、特に不都合もないので呼称を認める。
やがて数々の軽食が運ばれてきて卓上が埋まり、たけおはにこやかにそれらを差し出した。
「さぁどうぞ! 腹が減っては萌え語りもできません!!」
「待て、これから受け止める物はそんなに体力を消耗するということか」
目の前に置かれているのは、黒褐色の飲み物と薄い生地がグルグルと巻かれた菓子、それに大きな丸い惣菜のようなものだった。
「ここ、こめりさんは私の推し喫茶店なんですよー! 本格コーヒーを楽しめるのに、ピザの宅配やクレープまでやってて、全部店内でもいただけるんです!」
「はぁ」
「宅配ピザの味を本格コーヒーと共に楽しめて、しかもクレープも座ったままいただける! これはけっこうな贅沢なんですよ!」
「贅沢なのか。つまりこれはもてなしというわけだな?」
「そうです、おもてなしです! ですのでどうぞ!」
にこやかな表情から悪意は感じられない。
もてなしということであれば口にしないのは無粋だろうと、恐る恐る黒褐色の飲み物を口に運ぶ。
ただ、そのあまりの熱さと苦さに全力で噴き出すとは、さしもの俺も予想はできなかった。