出会い

「やばいぃ!」

9時に長浜駅で拓也さんと待ち合わせをしていたのに、目が覚めたのは7時半。
長浜まで電車で1時間かかるのにあり得ない……急いで準備したけど電車には間に合わず、1本遅い電車に乗る事に事になった。

拓也さんはいつも待ち合わせ10分前には着いている人。
この前遅刻したばかりなのに、また寝坊したなんて言ったら拓也さん怒るだろうなぁ。
拓也さんの怒っている顔を想像すると、胸が苦しくなる。

『寝坊しちゃいました。 ごめんなさい、20分くらい遅れます』
というメッセージとにゃんこが謝っているスタンプを拓也さんのラインに送る。

すぐに既読になったけど拓也さんからの返信はない。
嫌な予感がする。
こういう予感はよく当たるのだ。

長浜駅に電車が着き改札口に向かって走っている時、前の方にフラフラと今にも倒れそうな様子で歩いている女性が目に留まった。
このままじゃ、線路に落ちてしまう。

「危ないー!」
と私が叫ぼうとした時、その女性の近くにいた男性が女性の腕を引っ張り声をかけているのが見えた。

良かった! 

その男性は女性の荷物を持って、女性を支えながら女性のペースに合わせゆっくりと歩いている。

気になって歩く速度を落として、後ろから二2人の様子を見ていた。

「私、どうしたんでしょう。 なぜここにいるのか記憶がないんです」

「大丈夫ですよ。 ちょっと待って下さい」

男性はそう言うと、ブツブツと何かを唱え始めた。

何を唱えているのか気になって、さらに2人に近づいた。

私の視線を感じたのか、男性が後ろを振り向き……わぁ、私のタイプ。

背が高く涼しげな目元にサラサラの髪の毛、年も私と同じくらい。
身体も引き締まっていて芸能人にいそうな雰囲気のイケメン。

目を合わせているのが恥ずかしくなって、視線を少しズラした時、驚いて思わず叫びそうになった。

その男性の肩の上に、体長が15センチくらいの男の人が乗っているのだ。

きっと私の見間違いだよね。
男性の肩から目を逸らし、女性に目を向けると、さっきまでフラフラしていたのが嘘のように元気になっている。

ありえない……男性が何かしたの? 気になって、もう一度視線を男性に戻した。

男性の肩にはまだ小人が乗っている。

「あの、肩に何かがいるんですけど……」

「あれっ、君、三成が見えるの?
っか、君、ゆっくりしてて大丈夫なの?」

男性に言われ、はっと周りを見回すとホームにいるのは私たち3人だけだった。

「あああ、 拓也さん……」

拓也さんとの約束を思いだし、男性に声をかけるのも忘れて改札口に向かって走った。

待ち合わせ場所は改札口を出た所にあるコンビニの前。

改札口を出てコンビニの周りを見回しても拓也さんはいない。
慌ててコンビ二の中に入って探したけど、やはり拓也さんはいない。

時計を見ると約束の時間から25分過ぎていた。

拓也さん、帰ってしまったのだろうか……

もしかしてと思い、スマホをポケットから取り出してラインを確認する。

『俺、時間にルーズな人無理だから!
別れよう』

やはり拓也さんからのラインがきていた。 
遅刻したのは私のせいだから仕方がない。
だけど帰らなくてもいいのに。

コンビニの前で呆然としてしまった。

3ヶ月前、2年先輩の拓也さんに一目惚れしてすぐに告白した。 拓也さんは驚いた顔をしていたけど、
「君って肉食系なんだね。 いいよ、付き合おうよ」
とニコッと笑ってくれた。

運動神経がバッグンで今時の男子な拓也さん。
だけど彼はとても神経質だった。
それに比べて私はわりと適当なタイプ。
「まっ、いいか」が口癖。
「俺、ルーズな女は無理」
と何度も言っていたから、いつかこんな日が来る事はわかっていた気がする。
やっぱり、私と拓也さんは性格の不一致だよね。

「待ち合わせしていた人に会えなかったの?」

声をかけられ驚いて顔をあげると、さっきの男性が目の前にいた。

「ええ、帰ってしまったので……私が遅刻したから仕方がないです。
あの……」

男性の肩にいる小人が気になって思わず指をさしてしまった。

「ああ、君、三成が見えるんだね。
君、霊感があるの?」

「時々視える事があります。
あの……三成って?」

「三成は石田三成だよ。
知ってるかな? ほら、関ヶ原の戦いで負けた」

「ええっ!」

思わず大声を出してしまった。

周りにいる学生達が一斉に私達の方を見たので、恥ずかしくて彼の後ろに隠れる。

「君、面白いね。
約束がキャンセルになったんなら、今は暇かな。
良かったら、お茶しない?」

「えっ、ナンパですか?」

「違うって。 喉が渇いたからちょうど喫茶店に入ろうとしてたところだったからさ」

悪い人には見えないし、三成の事ももっと知りたい。

「じゃ、お言葉に甘えて、えっと、お名前は?」

「長野智、今年から長浜中学の社会の教師をしてる」

男性はカバンから名刺を取り出し、私に渡した。

「長野さんですね。
私は佐野真由美です。
滋賀大学の1回生です」

まるでお見合いの様な挨拶に、2人で笑いあった。
さっきまでショックを受けていたのに、長野さんと話していると不思議と穏やかな気持ちになっていく。

「このカフェだよ」
長野さんが全面ガラス張りのお洒落なカフェの前で立ち止まった。

可愛いカフェ巡りも私の趣味の一つなので、長野さんについてワクワクしながら中に入る。

ピンクのワンピ-スに白いエプロンというメイド服を着たスタッフさん。 テーブル、イスに至るまで西洋風のお洒落な店内。

注文したイチゴパンケーキがきた時には、思わず
「美味しそう!」
と口に出してしまった。

長野さんはニコニコしながら、私がパンケーキを食べるのを見ている。

「これからどうするの?」

「彼と黒壁スクエアに遊びにいくつもりだったんですけど……」

「そっか、今日会ったのも何かの縁だよな。
よし、俺が黒壁スクエアを案内するよ」

「ええっ、会ったばかりなのにいいんですか?
私は嬉しいですけど。 
それに、どこかに行く予定じゃなかったんですか?」

「今、友達の家に寄って帰ってきたところ。 今日はこの後予定ないから良いよ。
三成が視える人に初めて会ったから、俺も君と話してみたいし」

「あの、本当に石田三成なんですか? だって、戦国時代の人だし、そんな事ありえるのかなって」

初めて会った人なのに、気になる事がいっぱいで会話が進む。

「最初は俺も信じられなかったよ。
俺、歴史が好きで社会の先生になったんだ。
歴史の中でも特に戦国時代が好きで石田三成に興味があって。
2週間くらい前、長浜城歴史博物館に行った帰り、武将の悪霊が襲ってきたから祓ったんだけど、光成が見ていたらしくて、俺の肩に乗って話しかけてきたんだ。
『彼らを成仏させてやりたかった。
お前に感謝する。 お礼にと言ってはなんだがお前を守ってやる』
って言われて、驚いたけど拒否する理由もないし。
それから、三成は俺と一緒にいるよ」

「石田三成って怖そうなイメージだったのに、小人の三成は、みっちゃんって感じでかわいいね」

つい、思った事を言ってしまった。

「光成は姿を自分のイメージで変える事が出来るみたいなんだ。
三成、佐野さんが可愛いってさ」

長野さんが三成に向かって話しかけると、三成はほっぺを膨らませた。

「ワシのイメージは今の流行りに合わせてみたのだ」

「みっちゃん、すごいね!
みっちゃんに勉強を教えてもらったら、戦国時代バッチリになりそう」

「勉強は自力でするものでござる。
ワシはこの世に残っている戦国時代の武将の霊を成仏する為、そして今の長浜がどうなっているのか知りたくて現世に戻らせてもらったのだ。
佐野殿、良かったら、今の長浜の事をいろいろ教えてくれるか?」

「今の長浜?
私にわかることなら、何でも教えるよ」

「かたじけない」

まるで、ラノベの様な話が現実に起こるなんて。
みっちゃんと話していても、まだ信じられない。

「光成が視える人に会えて良かったよ。
佐野さん、これからもよろしくね。
っと、帰っちゃった人って彼氏だよね。 
もしかして、戻ってきたら、俺と一緒にいるところを見られたらまずいんじゃない?」

「好きだったんですけど、彼は私の雑なところが許せないらしくて、これで良かったんだと思います。
性格の不一致ってやつですね」

拓也さんは戻ってくる事はないだろう、それにもう拓也さんとは無理だ。

「佐野さんがそれでいいならいいけど、今から追いかけるって手もあるよ」

「追いかけないですよ。 私、ありのままの私を好きになってくれる人が良いって気づいたんです」

「わかった。 パンケ-キを食べたら黒壁スクエアに行こう、今日は一日付き合うよ」

「つまり、佐野殿は失恋したでござるな。 わしも付き合うでござる。 失恋には新しい恋が一番でござるよ」

「みっちゃん、ありがとう! みっちゃんも失恋した事があるの?」

「昔の事でござる」

「石田光成って、裏切られた可哀そうな人ってイメ-ジがあったけど、みっちゃんを見てると全然違う」

「佐野殿、わしはそんなイメ-ジだったのでござるか、なんだか悲しくなってきたでござる」

「みっちゃん、ごめん。 長野さん、私、歴史得意じゃなくて、今度みっちゃんの事をきちんと教えてもらえませんか?」

「いいよ、佐野さんが光成の為に歴史を勉強したいって思うのは良い事だと思うし」

話しながらも、しっかりといちごパンケ-キを食べている。
失恋で悲しいはずなのに、長野さんとみっちゃんが側にいてくれるおかげで元気でいられるみたい。

「佐野さんって、滋賀の人じゃないのかな?」

「あっ、わかります? もう滋賀に住んで半年以上になるから大丈夫だと思ってたんだけど、方言が出ちゃうのかな。 地元は三重県です」

「三重県もいいところだね」

「はい。 だけど、滋賀も大好きです。 今日も黒壁スクエアに行くの楽しみにしていたんですよ」

「じゃ、そろそろ行こうか?」

「はい」

滋賀県に引っ越してきてから、黒壁スクエアに行きたいと思っていたけど1度も行った事がない。
黒壁スクエアは滋賀のガイドブックには必ず出てくる有名な観光スポット。

会ったばかりの長野さんとみっちゃんと行くなんてなんだか不思議な気がする。 

美愛
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