再び、京都
京都に着いた惣右衛門は巻物問屋壺屋七郎兵衛の店に直行し、祈るような思いで店の暖簾を潜った。
「惣右衛門殿、ようお越しくだはりましたなぁ。」
「先日の見送幕の件じゃがのう、丁稚さんが見えられて二枚のうちの一枚が売れてしもうたとの話をお聞き申した。我らも一枚購入したいと思うておったところじゃが、売れたのはどちらの方の見送幕かのう?」
七郎兵衛に心中の動揺を察せられないように、冷静さを保ちながら惣右衛門は尋ねた。
「まいど、おおきに。売れましたのは、左側の兵士と幼子の一枚どす。惣右衛門殿は、どちらの絨毯をご所望どしたかいな?」
惣右衛門は七郎兵衛の答えを聞いて、全身から力が抜ける思いがした。そして次の瞬間、心の底から安堵感と喜びとが沸き起こってくるのを如何ともすることができなかった。
「それはよかった!我らが欲していたのは、もう一枚の女子四人の見送幕の方であったのだ。そちらはまだ売れずに残っているのだな?」
「へい、残っておりまする。」
「では、そちらの見送幕を二百両で買うこととしよう。」
惣右衛門は、晴れ晴れした気持ちで見送幕購入の意思表示を行った。
こんなすばらしい見送幕を我が鳳凰山に飾ることができれば、来年の曳山まつりでは話題独占、長浜の町の衆たちが鳳凰山を一目見ようと大勢訪れて、我が町は大変な賑わいになることだろう。
そんな光景を想像しただけで、惣右衛門は全身に鳥肌が立つ思いだった。
来年の曳山まつりだけではない。この見送幕は永遠に我が山組に引き継がれていって、後々の世にまで鳳凰山の名を轟かせることになるに違いない。
町の衆たちが羨望の眼差しで鳳凰山の見送幕を眺め、そして幸せな気持ちになることができる。我が鳳凰山のお宝は、我が魚屋町組だけの宝ではなく、長浜の町全体の宝となるのだ。
わしは後の世に遺る大仕事を成し遂げた。
惣右衛門の心のなかを、爽快な一陣の風が吹き抜けて行った。