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「白紙で出せばいいんじゃね」
卓袱台に突っ伏しているわたしに、おじさんは提案する。
「まだ考え中ですってことにしてさ。つうか、実際そうなんだし」
呑気なおじさんに、わたしは反論する。
「でも、先延ばしにしたところで、いつかは提出しなくちゃいけないじゃん」
「だから、それが今じゃなくていいって言ってるんだよ。この時期に受験生でもないのに希望進路が固まってる奴なんてそんなにいねえだろ。せいぜい、遊び半分でオープンキャンパスに行くぐらいでさ」
「それはそうなんだろうけど……」
「なんだよ、随分と渋るな。おれに人生相談でもしようってのか?」
「いや、わたし人間じゃないし」
「おれは2次元に恋できる男だぞ。問題ない」
「それは別の問題があるんじゃ……」
世間では、アニメが教育に悪影響を及ぼすという風潮が流布しているらしいけれど、おじさんは大丈夫なのだろうか。もしかして、おじさんも塾で勉強する必要があるのだろうか。
もっとも、おじさんの場合は、幼少からのアニメ好きが功を奏して、今ではフリーランスのフィギュア造形師として生計を立てているのだから、そこに寄生しているわたしは文句を言えない。
いずれにしても、人生における動機が明確なのは羨ましいし、見習うべきなのかもしれない。神様がわたしのもとに降臨して、わたしの存在意義を啓示してくれる未来が望めない以上、わたしが自らの実存に問いかけなければならない。
わたしがやりたいことって何?
わたしが好きなことって何?
わたしって何?
「……おじさんはさあ」
わたしは訊く。
「フィギュア造ってて、何が楽しい?」
「お、深淵な問いだな」
おじさんはにやけ面を浮かべる。おじさんはいつも話を冗談めかさずにはいられないのだろうか。
「まあ、楽しいことも楽しくないことも挙げたら切りがないが……例えばこれだな」
おじさんはテレビを指さす。華奢な女の子たちが他愛のない会話を楽しんでいる。おじさんのお気に入りのアニメの一つだ。
「前に、このアニメに出てくるキャラクターのフィギュア造ってたことがあるんだけどよ。そのフィギュアに対して、おれがキャラクターに期待することと、客がキャラクターに期待することは違うんだよ」
「期待?」
「このキャラクターはこういう奴なんじゃないかっていう理想像みたいなもんだな。で、おれがフィギュア造るときは、身体のラインとか髪の形とかに神経使うわけだが、自分にとって満足できる出来だからといって、客がそれに納得してくれるわけじゃないんだよ。駄目って言われたら何度も造り直す」
「……それ、辛くない?」
「まあな。辛いっちゃ辛いな。でも、繰り返しているうちに、キャラクターに秘められてた魅力みたいなもんを再発見できることがあるんだよ。そっか、おまえ、実はそういう奴だったんだな、って具合にな。そうなったら、すげえ楽しい」
「…………」
「どうだ。職人なおれ、格好いいだろう」
「……今の台詞で台無しになるくらいにはね」
ならよかった、とおじさんは笑う。
「そういうわけで、おれがアニメを観ることに余念がないのも、仕事のためなのさ」
「はいはい……。そういえば、今は何のフィギュア造ってるの?」
わたしは興味本位で訊く。
「ん、今か?」
おじさんは何気なく答える。
「石田みつなり子(仮)だよ」