長浜へ嫁に来ました

長浜へ嫁に来ました     矢崎奈緒

たかしさんとの出会いは大学の時。東京にある私立大学の先輩で、バイトも一緒だったので仲良くなり、付き合うことに。たかしさんは卒業して地元の公務員になり、しばらく遠距離でのお付き合い。私は実家が東京だったので都内でOLしてたんだけど、ついにたかしさんからプロポーズされ、結婚することに。わたしは会社を辞めてたかしさんの家がある滋賀県の長浜に嫁ぐことになりました。未知なる街での新婚生活に期待を膨らませていた私に待ち受けていたのは、カルチャーショックの連続でした。

Episode1
たかしさんとの会話は、いままでほとんど標準語で関西独特のイントネーションすら感じなかったんだけれど、長浜の言葉には私に理解できないものがたくさんありました。その洗礼は結婚披露宴から始まりました。
キャンドルサービスでたかしさんの家族のテーブルに行った時のこと。たかしさんには87歳になるおばあちゃんがいます。そのおばあちゃんが私に言ったのです。
「よーきとくなった。」
『えっ、誰か危篤⁉』
私は一瞬で頭がパニックになりました。
『こんなときに披露宴やってていいの?』
『なんでおばあちゃん、にこにこしながら言ってるの?』
「たかしさん、おばあちゃんが、誰か危篤だって言ってるわよ。」
「え?でも家族や親戚みんな来てるよ。おばあちゃんはまだ頭はしっかりしてるし。聞き間違いじゃないの?」
「だって『よーきとくなった』って」
「はは、そうか奈緒はまだこっちの言葉わからないからな。それは『よく来てくださった』って意味だよ。だれも危篤じゃないよ。」
ちよっと安心したけど、びっくりしちゃった。
でもそれからというもの、毎日が長浜弁との戦いでした。

Episode2
たかしさんの実家はお義父さんとお義母さんがまちなかで荒物店を営まれていて、会社や学校なんかに配達していて結構忙しそう。私は家事のかたわらおばあちゃんと一緒に店番をすることになりました。
ある日常連さんのようなおじいさんが店に来ました。何点か買い物されて、
「これ、おっけーな」
『え、』
私は精一杯の笑顔で芸能人のようにほっぺに丸を作って
「オッケー♪」
「はは、かわいい子やな。んでなんぼや。」
『なんぼはわかるぞ。いくらってことだよね』
商品を袋に詰めて、
「850円です。」
「いかい袋ないんかいな。」
『いかい⁉ これ以外ってこと?』
まごまごしてると、
「なかったら、かまへん。おーきにな。」
うーん、長浜弁、おそるべし。

※解説 おっけ=ちょうだい、ください
    いかい=大きい


Episode3
お彼岸に家族みんなでお墓参りに行きました。小高い山の中腹に墓地があります。結構坂を上るとお義母さんが
「あー、えら。」
「あんたえろないか。」
『えー、全然露出多くないと思うけど、エロいのかな』
「あんたは若いさかいな。うちもがんばらなあかんな。」
『えー、お義母さんもまだお盛んなんだ。』

※解説 えらい=しんどい、疲れる
    えろないか=疲れてませんか

Episode4
今日はお義母さんが店にいます。そこにひとりの男性が来て、
「こんにちは。まさおさんいます?」
まさおさんはお義父さんです。
「いやー、しげさんやん。帰ってきてるん?おとうさん今配達に行ってるんよ。ちょっと電話してみるわ。待っててな」
「あんた、今どこ。しげさん店に来てやーるで。」
「ほんなんあとでえーがな。はよもんでこな、いんでまーるで。」
『げ、何語⁉ モンデコナはどこの国?インデマールってサッカーの選手⁉』
うーん、長浜弁、理解不能。

※解説 えーがな=いいじゃない 
    はよもんでこな=早く戻ってこないと
    いんでまーる=帰ってしまう

Episode5
たかしさんが仕事から帰ってきて、みんなで晩ご飯を食べていました。
「とーさん、今日いかこうと、とらこうどっちが勝った?」
『え、イカ公と虎公が戦った⁉』
「いかや。今年のいかは強いわ」
『毎年戦ってるの?虎に勝つくらいだからダイオウイカ?』
目を丸くしている私にお義母さんが
「おとうさんはいかこうやし、たかしはとらこうなんよ。」
「お義父さんがイカなんですか?」
「そやで。」
うーん、長浜、変。

※解説 いかこう=滋賀県立伊香高等学校
    とらこう=滋賀県立虎姫高等学校 
    いずれも長浜市内にある。これは高校野球の県大会の話

Episode6
お義父さんのお友達が2人みえて、同窓会の打ち合わせをしている様子。店番をしている私に、声の大きな高木さんの声だけ聞こえてきます。
「きょーるで。 … きょーる。」
「きょーらんわ。 … そいつもきょーらん。おらんのちゃうか。」
『狂乱のお蘭?』
「こん、こん、絶対こん。」
『狐?』
「女子か? … きゃんすで。楽しみやな。… おー、きゃんす、きゃんす。」
「…きゃんせん。 …きゃんせん、残念やわ。」
『あー、キャンセルがあったのか。』
「先生はな… きゃーる。きゃーる。」
「きゃーれん。こっちにやーれん。」
『ソーラン』
あとからたかしさんに聞いたんだけど、相手によって使い分けるみたいです。親しい友人や後輩なんかは「きょーる=来る、おる=居る」女性や子どもに対しては「きゃんす=来る、やんす=居る」目上の人に対しては「きゃーる=来られる、やーる=居られる」
うーん、長浜弁、複雑。

Episode7
今日の夕食は、たかしさんと近くの小料理さんへ。滋賀名物の『ふなずし』なるものをたべさせてくれるそうで、興味津々。私お寿司大好き。
注文をして、しばらくビールを飲んでいると、
「おまちどうさま、ふなずしです。」
『なにこれ。お寿司じゃないじゃない。』
たかしさんは何やら白い物体を箸でうまくよけて、干からびた身のようなものを口に入れ、
「これが、うまいんだよ。」
わたしもおそるおそる口に運ぼうとしたとき強烈な匂いが。
「うわ、腐ってる。ムリムリムリムリ。」
「はは、最初はみんなそういうリアクションだね。」
お皿をたかしさんのほうに押しやって、私は『さばそうめん』注文しました。
これはとってもおいしかった。
横のテーブルにいたおじさん二人は、もうかなり飲んでいたみたいで、一人はうとうと。二人の会話が聞くともなしに聞こえてきます。
「もう、いの」
「うーん…」
「いぬで」
「いぬ?ほんなこと言うなや」
『この人、猫派なんだ。でもなんで突然ペット談議?』
「あかんて。もういの。」
「わーった。いのいの。」
『えー、猫じゃなくて猪⁉ウリ坊はかわいいけど。』
うーん、長浜、かわったペット。

※解説 いぬ=帰る
    いの=帰りましょう

Episode8
長浜のことをよく知ろうと、お客さんといろいろお話をするようにしています。
「どちらから、いらしゃったんですか。」
「家か、家はすまいや。」
『そりゃそうでしょう。』
「いや、あの、住所というか、町名は」
「せやから、すまい町や。」
「あぁ、すまい町にお住まいですか。」
「はは、あんた、うまいこというな。」
ある時は
「おうちはどこですか。」
「公園」
『おっと、ホームレスか。』
「マンション」
『え⁇』
公園町にあるマンションに住んでいるとのこと。
またある時は
「うちは、かみてる小学校の近くなんよ。」
『神ってる学校があるんだ。すごい』
うーん、長浜おもしろい。

Episode9
お義母さんと夕食の準備をしていると、
「あー、ご飯あんまないな。たりひんかしれんなー。」
「奈緒さん、お米かして。」
「はい、どれくらいですか。」
「3合でええやろ。」
私はカップで3合はかったお米をボウルに入れ、お義母さんに渡しました。
「ん…? ほんでえーで、かして。」
「ん…? ですから、はい。」
「ちゃうがな、うちに貸すんやのーて、あんたがかすんや。」
『わたしが貸す?誰に?』
「かすんや、かす。お米かしたことあるやろ。」
「???」
「えー、米かすて標準語ちゃうんか。なんてゆーんや、洗う?」
「あー、はいはい。お米研いでおきます。」
『へー、お米かすって言うんだ。どんな字だろう。』

夕食は家族みんなでお鍋を囲みました。私がお義父さんの分を器に取って渡すと、お義父さんは一口食べて、
「なんや、みずくさいな。」
「すみません、少なかったですか。」
「いや、水くさいんよ。」
『渡し方が悪かったのか、声のかけ方がまずかったのか。』
私は思わず涙ぐんでしまいました。
「どないしたんや。これ、おまんが味付けしたんか。」
『おまん⁉』
「うちやがな。水くさいんやったら、ポン酢かけいぃな。」
『ポン酢⁉』
「ほんなみずくそないで。」
「あ、味のことですか?」
「せやで、わしはしょからいのすきやで、こんなん水くさいわ。」
「いや普通は水くさいというのは人間関係の時使うもので、味の時はあんまり…」
「ほな、なんていうんや。」
「塩味がうすいとか、水っぽいとか。」
「はは、あかんあかん。うすいはおとうさんにゆーたらあかんやつや。」
「ほっとけ。たかしポン酢取ってきて。」
たかしさんが冷蔵庫から持ってくると
「もー、あんまないがな」
「もーはいのーなったんか。またこーとくわ」
「よーけこーとかなあこかいや。」
『頭が混乱しているときに、またよーわからん会話や。あ、うつってきた。』
うーん、横棒多い。

※解説 水くさい=関西では味のことにも使われるが、関東ではよそよそしいことなどの人間関係にのみ使われる。
    おまん=あなた
    あんまないがな=あまりないじゃないか
    もーはいのーなった=こんなに早くなくなった
    こーとく=買っておく
    よーけこーとかなあこかいや=たくさん買っておかないとダメじゃないか

Episode10
おばあちゃんと一緒にお店番をしているとき、
「奈緒さん、どや、長浜には、もーなれたか。」
「はい、ずいぶん慣れましたけど、最初のうちは言葉がよく理解できなくて…」
「ほら、ういこと。」
『でた、これよこれ。いまだに理解できない言葉があるのよ。まー雰囲気で理解するようには努めてるんだけどね。』

長浜の言葉って、関西弁なんだけど独特なのもあっておもしろい。「○○してやんす」とか「きゃーる」とか。
今までで一番笑ったのが、お義母さんがたかしさんに
「田中さんとこの新しい家いつできるんやろ。」
と聞くと、たかしさんは、
「もう、たったった。」
『タッタッタ?』
おなかがよじれるくらい笑ってると、二人とも「何がおかしいん?」って。おかしいわよ。

長浜の言葉で、私が気付いたのは、「ない」は「ん」で片づけちゃいます。しかも、ハ行を付けると京都に近づきます。
 いない=いん→いーひん
 しない=せん→せーへん
 とらない=とらん→とらへん
 あかない=あかん→あかへん
あと、一文字の言葉は伸ばします。それで、助詞がなくなります。例えば、
 ち(血)が出た=ちーでた
 か(蚊)がいる=かーおる
 て(手)を洗いなさい=てーあらいや
長浜弁がお店や雑誌の名前になってるのもすごい。ことばに愛着がある証拠です。
それと、前にたかしさんが面白いことを言ってました。『伊吹山』は地元の人は『いぶきやま』って言うけど旅行者や私みたいに遠くから来た人は『いぶきさん』って言うそうです。
「なんで地元の人は『いぶきさん』って言わないの」
「たぶん、この辺の学校の校歌に必ず出てくるからだろうね。」
私も気になってネットで調べてみたけど、ほんと長浜の小中学校の校歌ってほとんど『びわ湖』と『伊吹山』が出てくる。
長浜って、言葉もそうだけど人柄も、ぶっきらぼうそうに見えて親近感があるというか、実はとっても優しく接してくれるって感じがします。そして、そういう言葉を大切にしてる。
狭い日本でもこんなに言葉や文化が違うっていうのが、最初は戸惑ったけど、今はなんか楽しくなっちゃいました。
うーん、長浜、大好き♪

矢崎奈緒
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