太陽が空を去るとき、茜色の美しい光を明日への約束として残してゆく。そして、翌朝には約束に違わず黎明(れいめい)の白い光を与えてくれる。
誰もこの約束を疑わない。
それは自然の摂理(せつり)だから。
地球が滅びるその瞬間まで変わることのないものだから。
でも、たとえば。
突然・・・。
本当に突然、もう太陽は昇らないと告げられたら?
感情や疑問、そんなものは全て無視されて、これは決まったことだから、運命だから。もう、どうしようもないことだから。と言われたら?
未来永劫、この命が尽きるまでそこに在ると思っていたものが無くなってしまうとしたら?
きっと、色々な感情が心を駆けまわってしまって、気持ちの整理なんて簡単につけられるはずはない。
* * *
それは、わたし・・・椎名マリエにとってずっと続くはずの約束が無くなってしまう。そんな出来事だった。
少しばかり調子が悪くて病院で診察を受けた。
ただの風邪だと思っていた。
少し疲れているだけだと思っていた。
ちょっとだけ、ほんの少しだけ検査が多いだけだと思っていた。
だけど、医者は予想すらしていなかった診断を下した。
その言葉に感情は感じなかった。ただカルテに書かれている文章を読みあげている。そんな事務的で、抑揚(よくよう)のない声・・・。
―咽頭癌(いんとうがん)。
それがわたしに告げられた病名だった。
呆然とするわたしに医者は治療の説明をするが、わたしの聴覚はそのほとんどを捉えていなかった。
ただひとつ覚えているのは。
「声帯(せいたい)を切除します」
その言葉だけだった。
それはわたしにとって、死刑宣告も同じだった。
声を失うことは、人生を奪われることと同意義(どういぎ)。
空を自由に駆ける鳥が翼をもぎ取られるのと同様に、生きる術(すべ)を失うことだった。
歌はわたしの翼・・・。
わたしは歌うことで自分を表現し、歌うことで世界を広げ、歌うことで自由になれた。
わたしは言葉を選ぶことが得意ではなく、口下手だ。だから会話で自分の気持ちを伝えることが苦手。でも、メロディにのせて歌うことで、心の内にある想いを伝えることができた。
この声はわたしが心に思い描き、自分の外に表したい気持ちを思うがままに伝えてくれた。
会話では伝えることができない気持ちもメロディに乗せて、歌うことで伝えることができた。
人は「声が出せなくなっても音楽に携わることはできる」と言う。
・・・ちがう。
そうじゃない。
わたしがやりたいことは、音楽の仕事じゃなくて歌うこと。
歌がわたしを生かしている。
「歌うことでわたしは生きているの!!」
唇を噛んで、涙を流して、そんな叫びを誰かに叩きつけたところで、状況はなにも変わらない。
わたしの喉に声を奪う悪魔が住み着いているという事実は、抗(あらが)うことのできない現実なのだから。
* * *
―わたしはバイクで旅に出た。
現実と向き合うために。変え様のない事実を受け入れるために・・・。
行くあて?
そんなもの、ない。
思いつくままに放浪して、色々なことを考えた。
声が消えたらどうなるの?
歌が歌えなくなったら、わたしはどうなるの?
恐れと、不安。答えのない疑問が心に重く圧しかかっていた。
消えると決まったものにすがっても、消えかかったものが戻るわけじゃない。
失うと知れた望みなら、絶たれることを運命付けられた望みなら、希薄(きはく)な望みをつなぐこともない。
それは、虚しくて悲しいことだから。
旅の中で、そう考えるようになった。
だから、わたしは声と歌を葬(ほうむ)る場所を探した。
最期というのなら誰かに聴いてもらう。それもよかったのかもしれない。
わたしの歌を「好きだ」と言ってくれた人達は、それを望むのかもしれない。
けれども、わたしはひとりで大切な声に別れを告げたかった。
太平洋に面した港街で旅の写真家に会った。
彼女は世界中を旅しながら、人々の日常をファインダーにおさめているという。
沢山の写真を見せながら、彼女は日々の何気ない生活の中で、人が見せる自然な表情が一番美しいと言っていた。
人の営みに魅せられた彼女が、一枚の風景写真を見せてくれた。
日本一の湖の畔にあるという港町を訪れたとき、あまりの美しさについシャッターをきってしまったのだとか。
彼女は「わたしが風景をカメラに収めることはほとんどない」と言っていたが、この時ばかりは自然に身体が動いてしまったそうだ。
写真には雄大な山々と、茜色に染まった空の色を反射する湖に浮かぶ小さな島が映っていた。
その美しく、幻想的な風景にわたしは魅せられてしまった。
そして、わたしはその場所に向かうために、バイクを走らせた。
あの美しい湖の畔(ほとり)で最後の歌を歌いたい。大切な声と別れるのならば静かで美しい自然の中がいい。
そう思った。
冬の風は冷たく、身を凍えさせた。
それでも、わたしはハンドルを握りアクセルを戻さない。
この程度の寒さに弱音を吐いていたら、この先に待っている現実に立ち向かうことなんてできない。
なにを失ったとしても、生きなければならないのだから。
涙を流しても、嗚咽(おえつ)を漏らしても、その時がくるまで命の灯は燃え続けるのだから。
曇天(どんてん)は空に重く、ひらり、ひらり、と雪が舞っている。
琵琶湖の対岸に連なる山々にも雲がかかり山頂が見えない。中腹には白いカーテンがかかり、雪が降っている様子がうかがえる。
雪の予報はなかったはずだけけど、このぶんだと目的地に到着するまでに本降りになるかもしれない。
わたしはハンドルを握り返し、少しだけスピードを上げた。
エンジンが軽快にまわり、小粋なビートをシート越しに伝えてくる。
ヘルメットに吹き込む冬の風がメロディを奏でる。
知らぬ間にわたしは歌っていた。
―冬の日。
わたしが好きなロックバンドの曲。
けして曇天(どんてん)の下でバイクを走らせながら歌うような歌ではないのだけれど。
冬の午後に窓から差し込む温かな光・・・。
そんな情景が似合う歌なのだけれど、どうしてだろう。なぜかこの歌が頭に浮かんだ。
リズムもバイクのエンジンが刻むものとは違うのに。
でも、歌を口ずさみながらわたしは自分の内にある確かな気持ちに気付いた。
どんなときも、どこにいても、わたしの頭はどこかで歌のことを考えている。
・・・歌が好き。歌うことが好き。
たとえ声を失ったとしても、この気持ちは無くしたくない。
信号待ち。
空からフワリ舞い落ちてくる雪は信号機の光に照らされ、赤色に染まっていた。
湖岸に建つお城に隣接する公園から子ども達が駆けてくるのが見えた。
サイズの大きなジャケットを羽織(はお)って、危なっかしく走る小さな女の子を青いマフラーの男の子が追いかけていた。
男の子に追いつかれると、女の子は笑い声を上げた。
そのあとをお母さんが「危ないよー」と、ふたりに優しい声をかけながら、大きなお腹を抱えて歩いていた。
となりには荷物を持ったお父さんが笑顔で子ども達の様子を見ていた。
ふたりは身を寄せ合い、お父さんは身重のお母さんを気遣っていた。
大きなジャケットの女の子はもうすぐお姉ちゃんになるのだろう。
みんな幸せそうに笑っていた。
素敵な笑顔。
わたしもあんなふうに笑えたら・・・。
少し前まではわたしもきっとあんなふうに、笑えていたと思う。
―わたしは不幸なの?
声を失って、人生の標(しるべ)としていたことを無くしてしまう。
思い描いていた未来が消えてしまう。
わたしがわたしでなくなってしまう。
わたしの全てがなくなってしまう・・・?
―本当にそう?
失ってしまうことに悲観して、消えてしまうことを恐れるばかりで、残されている可能性を忘れていない?
声を失ったら、歌えなくなってしまったら、わたしはわたしであることができなくなるのかな。
―幸せって、なんだろう。
望んだ人生を歩むこと?
好きな人と一緒にいること?
安寧(あんねい)な毎日を過ごすこと?
―ちがう。
きっと、ちがう。
移ろい易い世の中で、確かな気持ちを持てること。
一緒にいたい。
守りたい。
好き・・・。
そんな気持ち達を心に抱いて、なにがあっても諦めずに、毎日を生きること。
それができることが、きっと幸せということだと思う。
だから、わたしは不幸じゃない。
わたしは、まだ歌が好きだと思える。
もうすぐ歌えなくなってしまうけれど、その気持ちを持っているかぎりわたしは自分が「不幸だ」なんて絶対に言わない。
信号が青に変わる。
再びバイクは走り出し、わたしは細雪(ささめゆき)が舞う道を駆けた。
* * *
湖岸沿いの道を走っていると、時折、雲の合間から光が射し琵琶湖の湖面を照らした。
曇天(どんてん)を映した暗い湖面の所々にスポットライトを当てたような光の輪ができている。
その光の輪のひとつにちいさな島が浮かんでいる。
―竹生島(ちくぶしま)。
たしかそんな名前の島だったと思う。
琵琶湖八景のひとつに数えられる美しい島だと聞いたことがある。
旅の写真家の撮った写真にも写っていた島だ。
陸地は相変わらずの曇天(どんてん)で細雪(ささめゆき)から小米雪(こごめゆき)に変わっているけれど、湖上の空には雲に切れ目ができているようだ。
わたしは光に浮かぶちいさな島を横目にアクセルを少しだけ回した。
雪が本降りにならずに止んでくれるとありがたいのだけど。
これから向かう所は、山が琵琶湖にせり出した場所で、雪が深く積もることがあるのだと聞いている。本当なら今日みたいな天気のときに行くべきではないのかもしれない。
でも、いま行かなければ、きっと後悔してしまう。
なぜかそんな気がした。
わたしは途切れることなく天から舞い降りる小米雪(こごめゆき)の中、湖岸沿いを北上してゆく。
途中で水鳥を模った建物のある道の駅でひと息いれて、さらに北へと向かった。
道はやがて山へと向かい、少しだけ山の中を走る。
山道を抜けると、眼前にうっすらと雪化粧をした田園風景が広がった。
「うわぁ。綺麗だなぁ!」
ヘルメットの中で言葉が漏れた。
心に溢れた感動というのは、ときに意図せずして口から漏れ出る。
それは心の中で飽和(ほうわ)した感動や感情が、行き場を探して外へと出てきたものなのかもしれない。
バイクは白雪に化粧を施された景色の中、目の前に見える賤ヶ岳(しずがだけ)を目指して走る。そして塩津街道(しおづかいどう)にぶつかると西へと進路をとった。
わたしが目指しているのは永原(ながはら)の先にある奥琵琶湖パークウェイ。その先に目的の場所がある。
葛籠尾崎(つづらおさき)という岬に至る途中に位置する隠れ里・・・管浦(すがうら)。
街道から遠く離れ、昔は湖北(こほく)に住む人々もほとんど訪れることがなかったという秘境の地。
舞い降りる雪が少し多くなってきた。
道が雪に埋もれて見えなくなってしまうまえに、到着しなければ。
気持ちがバイクに伝わり、エンジンの奏でる音色が強くなった。
* * *
奥琵琶湖パークウェイはせり出した山と湖の境に造られた道だ。
入り組んだ湖北の地形と相まってカーブが多い。だけど、道幅が広くとても走りやすい道といえた。
いまは季節がら落葉(らくよう)した桜の木が並んでいるが、春には見事な桜花(おうか)が咲き乱れることだろう。
きっと夏には新緑が萌え、秋には紅葉のコントラストが美しいに違いない。
今日は生憎の曇天(どんてん)で、雪化粧に美しいはずの琵琶湖の景色もくすんで見えるけど、雲が晴れればとても素晴らしい景色が望めるはずだ。
パークウェイが山へと登ってゆく手前。
そこがわたしの目的地。
いや、正確には目的の場所へと至る少し手前・・・。
わたしは琵琶湖を見下ろすように建つ宿の前にバイクを止めた。ここが今夜泊まるところ。
もっと小さくて古い建物を想像していたのだけど、近代的で落ち着いた雰囲気の宿だ。
ヘルメットを脱ぐと、長い髪が肩に流れる。
・・・はぁ。
吐き出した息が白い。
さぁ、あと少しだ。ここからは自分の足で歩いて行こう。
バイクを止めた宿からわたしの求める場所までは、そう遠くなかった。
雪は小米雪(こごめゆき)から粒雪(つぶゆき)へと変わっていた。
絶え間なく舞い落ちてくる雪の中をゆっくりと歩く。
湖北(こほく)の小さな港町は次第にモノクロの世界へとその色を変えてゆく。
山々は灰色に似た色になり、山頂は雲に隠れて見えない。
静寂(せいじゃく)の世界は、わたしの未来を暗示しているかのように思えた。
絶え間なく、止めどなく天から舞い降りてくる雪はわたしが歩む道を少しずつ覆い隠してゆく。
わたしが歩いてきた人生の道はここで途切れてしまう。
いままで見えていた。確かにそこにあったはずの道は消えてしまった。
前を向いても灰色の世界が広がるだけ。
道標(みちしるべ)などない。
灯(ともしび)も、この身にあるはずの温もりさえ・・・感じない。
もうどこに向かえばいいのか、わからない。
迷って、恐くて、その場で立ち竦むことしかできない。
わたしは立止まって歩いてきた道を振り返った。
灰色の世界にかすかな色がさした。
雪の中に人々の営みの灯りが見える。
ほんのりとオレンジ色の優しい灯り。朧(おぼろ)げだけど温もりに満ちた灯り。
―ああ、綺麗。
進むことをやめて、少しだけ立止まる・・・。
それもいいのかもしれない。
ただ目の前にあることを素直に感じて、物思いに耽るのも悪くない。
見えなくなった道を探したって、失くしてしまった道を求めたって、そんなの虚しいだけ。
―どこにいたって、いい道なんていくらでもある。
そう歌った人がいた。
いまは何も見えないけど、雪が止んで太陽が輝けば、道も見えるだろう。きっと、それはひとつだけじゃないはず。
焦ることは、ないのかな。
闇雲(やみくも)に彷徨(さまよ)って、見つからない道を探すことなんて・・・ないのかな。
広大な湖と雄大な山々の間を歩いていると、自分がとても小さな世界で思い悩んでいると感じる。
声を失ってしまっても、自分の心を表に現す術(すべ)はあるはず。
いまは「歌う」という方法しか知らないだけ。
きっと他にも翼はあるはず。
あきらめずに探し求めれば、きっと・・・。
行く先に小さな茅葺(かやぶき)小屋が見えた。きっとあれが「東の四足門」だ。
あれが見えたら写真の場所まではそう遠くない。
わたしは旅の写真家が言っていた道を探した。
雪に隠れた道を探すのは大変だったが、なんとかそれらしき道を見つけて先へと進んだ。
波打ち際を歩いていると、見覚えのある景色に気づいて足を止めた。
ポーチから写真を取りだした。
別れ際に旅の写真家がくれたものだ。
写真をわたしに渡してくれたとき、彼女が言った言葉はずっと心の中に残っている。
「見えている道ってのはさ、誰かが敷いたものなんだ。だから自分で作る道っていうのは目の前にはない。見えないのさ」
わたしは目の前に広がる風景と、写真を見比べた。
明るさも、季節も違うけど、間違いなくこの場所だ。
「・・・着いた」
軽く息を吐き、それから胸いっぱいに冬の空気を取り込む。
冬の香りで鼻の奥がツンとした。
* * *
「ラ・・・ラララ・・・」
持参したハーブティで喉を潤(うるお)しつつ喉の調子を整える。
元々調子の悪い喉なのだから、高い声が擦れてしまうのはしかたのないこと。
いまのわたしに高く澄んだ声をだすのは難しい。
それでも、今日は・・・この時間だけは最高と思える声を出したかった。
わたしは喉慣らしに歌詞のない歌を歌った。
声は山々に反響し広大な湖に広がってゆく。
まるで大きなオペラホールで歌っているみたい。
雪が舞う湖岸には誰もいない。
わたしの歌を聴いているのは、空と山と湖と、そして湖面に浮かぶ数羽のカイツブリだけ。
カイツブリ達は不思議そうな表情でわたしを見ている。
そう、あなた達が最後の観客になってくれるのね。
いいわ。わたしの最後のライブを聴いて・・・。
雪化粧の琵琶湖に反響する自分の声を聞きながら、徐々に喉を開く。
高い声を出す部分はやっぱり擦れてしまって、ちゃんと出ない。
でも、歌えている。
まだ歌えている。
「・・・ふぅ」
小さく息をつくと、ホワリと白い空気の玉ができた。
喉はまだ温まっていない、開ききっていない。
最高の歌を歌うにはもう少し時間が必要だ。
次はバラードを歌おう。
静かなこの場所に相応しい美しい曲を・・・。
ゆっくりと、静かな声が湖面を滑る。
さっきよりも声が伸びている、高い声も出る。ビブラートも効かせられている。
うん。これなら大丈夫。あと少し声を出せば全力の歌が歌える。
短めのバラードを歌い終えて呼吸を整える。
今度は少しアップテンポの曲を歌ってみよう。
そう決めて、ハーブティで喉を潤す。
ハーブの香りを感じながらゆっくりと喉の奥に流し込む。
少しだけ沁みるけど、これくらいなら大丈夫。
「綺麗な歌声ですね」
唐突に声をかけられ、わたしは驚いて背後を振り向いた。
いつからそこに居たのか、紫色のコート着た長身の女の人が立っていた。喉元には薄桃色(うすももいろ)のスカーフを巻いている。
切れ長の目を細め微笑む表情は、美しく、わたしにはその表情がどこか人離れして見えた。
人に聴かれていた・・・。
わたしは少しだけ恥ずかしくなってしまって「あ、どうも・・・」としか応えられなかった。
もっと気の利いた返答のしかたもあったのだろうが、気恥ずかしさが先に立ってしまった。
「散歩の途中だったのだけれど、あまりにも綺麗な歌だったので聞き入ってしまったわ」
そう言いながら女の人はわたしに近づいて来た。
「すみません、お騒がせしたのなら・・・」
「いいえ。思わず聞き惚れてしまいました。よければもう一曲歌っていただけませんか?」
彼女の少し高めの落ち着いた声色は、その申し出を拒否するのがいけないことのような、そんな気分にさせた。
「わたしは・・・かまいません。でも、少し聞き苦しいところがあるかもしれません」
ほんの一瞬だけ迷ったけど、わたしは女の人の頼みをきくことにした。
「気にしないわ。心から奏でられる歌声ほど聴いていて心地良(ここちよ)いものはありませんからね」
そう言うと女の人は手頃な岩を見つけ、積もっている雪を払うと腰を落ち着けた。
「さぁ、歌ってくださらない?」
そう言いながら女の人はニコリと微笑んだ。
わたしは彼女に笑みを返して琵琶湖に向き直った。
少しだけ目を閉じて気持ちを落ち着かせる。
誰が聴いていようと同じだ。わたしの目的は歌うこと。
この場所で大切な歌声とお別れすること。
歌い疲れ、この声が出なくなったとき、わたしは歌うことをやめる。
そう決めた。
もう、そう決めたのだから・・・。
―夏の翼。
わたしが選んだ歌はそんな題名の歌だった。
この季節、そしてこの景色には相応しくないと思う。
でも、それでいい。
だって、大好きな歌だから。
今日は好きな歌を好きなだけ歌いたい。心のままに声が出なくなるまで。
幼い日を思い出して書いたこの歌は、わたしのお気に入りの一曲。
ありふれた時間だけど、大切な時間。いつの間にか零(こぼ)れ落ちてしまったかけがえのない想い出たち。
蝉(せみ)の声。
線香の香り。
風鈴の音。
白い大きな雲。
どこまでも続く青い空。
塩素の匂いのするプール。
スイカの味。
祭囃子(まつりばやし)。
夜空に咲いた大きな花火。
汗の匂い。
草(くさ)いきれ。
過ぎ去ってしまった日のすべてが大切な宝物。
ふとした香りがそれを思い出させる。
懐かしくて、少し悲しくて。
帰りたくても帰れない愛おしい時間。
大切にしたい過去への想いを込めた歌・・・。
歌い終えると、女の人は拍手をくれた。
「いい歌ね。あなたが過ごした夏の日々と故郷の風景がわたしにも見えたわ」
この人は不思議なことを言う。
大抵の人は「・・・感じた」とか「・・・気がした」と表現するのに、彼女は「見えた」と言った。
うん、面白い人だ。
こんな雪の日にこんな場所まで散歩に来るくらいだから、少し変わっているのかもしれない。
ああ、それはわたしも同じか。
「あなたは自分の心に素直なのね。だから心に描いたことを真っ直ぐに歌に乗せることができる。でも、歌わなければそれも叶わない」
「・・・え?」
彼女の言葉に驚くわたしに微笑みかけ、女の人は「歌姫はみなそうよ」と言った。
「心のままに言の葉を紡(つむ)ぐのはとても困難なことだものね。感じたことや思ったことをそのまま口にしても、溢れてくるのは意図したものとは別のもの。誰かに素直でありのままの気持ちを伝えるために歌はある」
・・・そう。
だから、わたしは歌う道を選んだ。歌うことで気持ちを伝えたいと思った。
「ねぇ。もしよろしければ、わたしの琵琶と一緒に歌ってくださらない?この子もあなたの歌が気に入ったみたいなの」
そう言う女の人の腕にはいつのまにか芸術品のように美しい琵琶が抱かれていた。
わたしは少し戸惑った。
琵琶に合わせて歌ったことはなかったし、それに彼女の知っている歌がなんなのかも知らない。
「あ、でも・・・」
わたしが言いよどむと、琵琶がベン・・・と、ひと鳴りした。
「気兼ねせずに歌いたい歌を歌ってちょうだい。わたしはあなたに合わせて弾くから、好きに歌っていいわよ」
女の人は、また琵琶をひと弾きした。
「ああ、でも、そうね・・・あなたがいま一番歌いたいと思っている歌がいいわ」
気がつけば琵琶を抱えて口元に微笑を湛(たた)える女の人にわたしは頷いていた。
わたしは彼女の申し出を受けた。
いや、受けずにいられなかった。
不思議なことだけど、なぜだか彼女と歌うことが良いことにように思えた。
いままでわたしを支えてきてくれた大切な声との別れ際に、見知らぬ人と即興のセッションをするなんて、すこし先の未来ですら計ることはできないのね。
わたしは目を閉じて深呼吸をする。
「ラ~・・・」
喉は完全に仕上がっているようだ。きっと、いい声が出る。
はぁ。と白い息をひと吐きして、冬の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
そして、静かに歌い始める。
湖面を滑る歌声に琵琶の音色が重なる。
それはとても不思議な音色だった。
琵琶の奏でる旋律(せんりつ)は三味線のようにも、琴のようにも、アコースティックギターのようにも聞こえた。
始めて聴く歌のはずなのに、琵琶の音色は一寸の狂いもなくわたしの歌声に整合(せいごう)する。
緩やかに、そして激しく。
わたしの思い描くメロディを女の人の琵琶は奏でる。
この歌は誰も聴いたことのない歌だ。
わたしが、わたし自身のために書いたもの。
誰とも分かち合うことのできない、わたしだけの感情。
なのに、それなのにどうしてだろう?
とても不思議な気分・・・。
温かくて、とても心地いい。
春の風に乗っているみたい。
願わくば、この時間が永遠に続くことを。
わたしは、飾ることなく、演じることなく、欲張らず、ありのままに、心のままに、わたしがわたしであるように、歌った。
感情が求めるままに、声を発した。
・・・これが最後だとわかっていた。
この歌が最後だと、どこかでわかってしまっていた。
歌が終われば、わたしの声が歌を奏でることは・・・ないだろう。
終わらせたくなかった。
終わってほしくなかった。
まだ、歌いたい。
もっと歌っていたいよ。
もっと、もっと歌いたいよ。
わたしの内側から感情が溢れる。
ずっと、ずっと奥の方から言の葉が溢れ出す。
歌は風に乗って湖面に広がり、山々に響き渡った。
聴いて・・・。
わたしの歌を聴いて。
まだ伝え足りないよ。
もっと!もっと!!もっと!!!
わたしの歌を聴いてよ!!!!
・・・最後の言葉が零(こぼ)れた。
琵琶の音が止み、湖岸に静寂(せいじゃく)が訪れた・・・。
ケホッ。
小さな咳が出た。
口元を押さえた掌に赤い染みができていた。
ああ、さよなら・・・なんだね。
涙が溢れた。
どうしようもなく、溢れた。
とめどなく溢れた。
「涙をお拭きなさい。歌姫には似合わなくてよ」
わたしは琵琶湖を向いたまま、空を仰(あお)いだ。
そして首を振り、俯(うつむ)いた。
泣きたかった・・・だだ、泣きたかった。
誰のためでもなく、最後の瞬間まで最高の歌を奏でてくれた、わたしの声のために泣きたかった。
「顔を上げなさい。みんなあなたに賛美(さんび)を贈っているわ」
女の人の美しく繊細な指が肩に触れた。
「ごらんなさい」
涙を拭いならが視線を上げると、幾百もの水鳥達が湖面に浮かび、わたしを見て鳴き声を上げた。
ありえない、見たことのない光景に呆然としていると、キラリと湖面が輝き、眩い光がわたしの水晶体を刺激した。
空を見上げると、曇天(どんてん)だったはずの空には雲の切れ端ひとつなく、茜色に染まった幻想的な空間が広がっていた。
「ふふっ。風神が気を利かせたようね。空もあなたを称えているわ」
夕日の光で湖面はキラキラと輝き、純白の雪をまとった山々は陽の光を反射して神々しくそびえ立っていた。
なんて・・・綺麗なの。
こんなにも美しい景色があったなんて。
とても美しい、素敵な景色。
いや、そんな表現じゃ物足りない。
もっと、こう。
なんだろう。上手い言葉が見つからない。
ああ、この景色を、心に浮かんだ感情をそのまま表せたら・・・!
「あなたはこの景色をどう歌うのでしょうね」
その言葉に振り向くと、女の人と視線がぶつかった。
彼女の瞳は茜色の光を反射して金色に輝いていた。
「あ・・・」
わたしが言葉を発しようとしたとき、女の人は人差し指を自分の唇にあてがい、シーッとわたしを制した。
「現実と向き合い、運命を受け入れた勇気はおおいに称賛(しょうさん)すべきことです。あなたのような高潔な歌姫を失ってしまうのは勿体無い」
女の人の華奢(きゃしゃ)で美しい手がわたしの頬に触れた。そして彼女は自分の首に巻いていた薄桃色(うすももいろ)のスカーフを外すと、わたしの首に巻き付けた。
「これは今日のお礼。大切にしてね」
そう言って微笑(ほほえ)むと、女の人は軽く地面を蹴りフワリと宙に浮かびあがった。
そして、水鳥達が浮かぶ茜色の湖面に降り立ち、わたしを振り返った。
「久方ぶりにとても有意義な時間を過ごせました。また、あなたの歌を聴かせてくださいね。約束ですよ」
彼女は美しい微笑(ほほえ)みと波紋(はもん)を残して空に浮かび上がり、輝く湖面に浮かぶ竹生島(ちくぶしま)へと飛んで行った。
それを追うように水鳥達が一斉に羽ばたく。
雪が舞い、白い風が舞い上がる。
激しい風と共に水鳥達は去り、辺りを静けさが包んだ。
穏やかな波が浜辺を洗う音が聞こえる。
遠くに見える白い山脈に沈みゆく太陽が見えた。
茜色の空は東の方から徐々に紫色に変わり、空の色は群青(ぐんじょう)と茜色が入り混じった幻想的な美しい色に変化していった。
耳の奥に飛び去った女の人の残していった言葉が響いた。
『・・・約束よ』
わたしは喉元のスカーフに触れた。
フワリと優しい梅の香りがした・・・。
詩を書こう。
曲を作ろう。
歌うことのできない曲だとしても、かまわない。
今日の日を忘れないように。
わたしは失うはずのないものを無くしてしまった。
だとしても、そうだとしても。
また、歩き出せばいい。
失った望みを嘆くよりも、絶たれた望みを振り返るよりも、希薄な望みにしがみつくよりよりも。新たな可能性を探して歩き出すほうがいい。また、一歩目を踏み出せばいい。
・・・大丈夫、歩んで行ける。
わたしの鼓動はまだ力強いビートを刻んでいるから。
太陽は今日の分の光を放ち終えて、西の空へと去って行った。
微かな輝きを群青の空に残して。
* * *
あの不思議な出来事から少しばかりの時が流れた。
わたしは湖畔(こはん)に設営されたステージを見上げていた。
ここから見ることはできないが、ステージの上に立てば、広大な琵琶湖が一望できるだろう。
雄大な山々や湖面に浮かぶちいさな島も見えるはずだ。
今夜は長浜市主催のミュージックフェス。
伝統的な曳山(ひきやま)祭りに合わせて開催されたイベントだ。
ジャンルの垣根を越えて、古典音楽や日本舞踊、ロック、ジャズ、ブラスバンド、アニメソング、それぞれがコラボレーションして音楽を奏でて伝統的なお祭りを盛り上げる。
地元の高校生バンドや県内のアーティストが出演するイベントにわたし達のチームも参加させてもらえることになった。
・・・菅浦(すがうら)の湖岸でわたしの歌声は消えてしまった。
もう、わたし自身がステージに上がることはない。
「マリエさん。そろそろ時間です。準備をお願いします」
その声に頷き、わたしはステージを離れた。
向かうのはステージから少し離れた所にある大きなトレーラー。
側面には琵琶を奏でる女神のイラストが描かれている。
トレーラーの中に入ると、スタッフジャンパーを着た人達が「お疲れさまです」「頑張ってください」と次々に声をかけてくれた。
わたしはスタッフたちに笑顔で応えながら、奥へと歩みを進めた。
一番奥のドアを開けると、そこにはリクライニングベッドと大きなモニターが接続されたコンピューター、そして色々な装置が所狭し、と置かれていた。
その装置とモニターの間に白衣姿の男性が座っていた。
彼の名前は伊吹ソウタ。
わたしに新たな道と、可能性を示してくれた人。
あのとき・・・。
大切な声とお別れした日。
わたしは雪景色の小さな港町を歩いていた。
悲しいはずなのに、不思議なことに心は晴れていて、灰色だった景色は色彩を取り戻していた。
きっと、決別が様々な重圧から心を解き放ったのだと思う。
キュッ、キュッと鳴く白雪(しらゆき)を踏みしめて、わたしは今夜身体を休める場所へと向かった。
空はいつのまにか曇天(どんてん)へと戻り、再び雪が舞っていた。
宿へと続く道で、わたしはふと誰かに呼ばれた気がして、振り向いた。
その瞬間、琵琶湖から激しい風が吹いて、雪と一緒にわたしの首のスカーフを空に舞い上げてしまった。
わたしは宙を舞うスカーフを慌てて追いかける。
最後の歌を聴いてくれた人からの贈り物・・・。
薄桃色のスカーフはわたしの中で、すでに宝物になっていた。
ひとしきり空で舞い踊ると、スカーフは満足したように降下をはじめ、宿の入口へと落ち着いた。
新雪の上にフワリと舞い降りた薄桃色(うすももいろ)のスカーフを背の高いメガネの青年が拾い上げる。
青年はそれを拾い上げると、やっとの思いでスカーフに追いついたわたしに「はい」と差し出した。
だけど慣れない雪道を走ったわたしには、すぐにスカーフを受け取ることができなかった。
青年はわたしの息が落ち着くのを待ってから、改めて「どうぞ」とスカーフを渡してくれた。
それが、ソウタさんとの出会いだった。
その夜、雪は激しさを増し、夜中には吹雪になった。
朝になって風は止んだけど、雪は深々と降り積もり、とても宿の外に出られる状態ではなかった。このぶんだと、道も深い雪で埋まっているはずだ。
本当は一泊のつもりだったのだけれど、この雪では仕方ないと、わたしはラウンジで雪景色を見ながら詩を考えていた。
そこにソウタさんがやって来て「相席よろしいですか?」と声をかけてきた。
断る理由もないので、わたしはノートをしまいながら「どうぞ」と相席を承諾した。
昨夜は気がつかなかったが、ソウタさんはとても色白で、縁のないメガネがよく似合っていた。
清楚(せいそ)な好青年。
それがわたしのソウタさんに対する印象だった。
「雪、振り止みませんね」
「・・・本当に、よく降りますね」
そんな社交辞令的な言葉からふたりの会話は始まった。
そのときはそんなに深い話をしたわけじゃなかった。
ただ、ソウタさんもバイクで旅をしている途中だとか、どこから来て、どこへ行くのだとか、そんな話をしただけだった。
わたしは自分のことはほとんど話さなかった。
「雪、明日は止むといいですね」
そう言葉を残し、ソウタさんは席を立った。
だけど、ソウタさんの言葉も虚しく、その日から三日間雪は降り続いた。
わたしは次の日もラウンジで詩を書いていた。
そこにソウタさんがやって来る。
そして、ふたりは言葉を交わす。
ふたりがお互いの連絡先を教え合うほど親しくなったのは、わたしが旅の途中で出会った写真家がソウタさんのお姉さんだと知ってからだ。
共通の話題から転じて、わたしとソウタさんは色々なことを話した。
会話は尽きることなく、やがてわたしは旅の目的と、病気のことを話してしまった。
他人に話すつもりなんてなかったのに、なぜかソウタさんには話してもいいような気がした。
わたしの話をソウタさんは真剣に聞いてくれた。
そして「ぼくなら君の声を取り戻せるかもしれない」と言った。
ソウタさんが話す内容は、わたしの知識では理解できないことばかりだったけど、その真剣な眼差しと言葉は彼が虚言や夢物語を語っているのではないと思えた。
だから、わたしは自分の未来をソウタさんに預けることにした。
全てが元どうりになるなんて思っていない。それでも、もう一度歌える可能性があるのなら、それに望みをつないでみたい。そう思った。
「お願いします。わたしの道をソウタさんに預けます」
わたしはソウタさんの大きくて冷たい手を取って、祈るように言った。
「うん。君の願いを叶えてみよう」
そう微笑むソウタさんに、湖岸で会った不思議な女の人の笑顔が重なった。
* * *
「ダイブを開始するよ。心の準備はいいかい?」
ソウタさんがベッドで横になっているわたしに声をかける。
わたしの頭にはいくつものケーブルが繋がったヘルメットのような装置が被せられている。
Nerve Direct Access Augmented Reality System。
拡張現実を人間の神経に直接つなぐ技術。
本来は携帯端末を媒体として、現実世界にあたかも仮想世界が存在するように見せる技術だ。
ソウタさんはこの技術を使って、障害を持つ人達のために役立てないかと研究していた。
例えば、事故で自由を失った人が、バーチャルな自分で外を歩く。出かけたい所に行き、見たい景色をみる。
もちろん、生身のように色々なものに触れたりすることはできないかもしれない。
それでも、動くことのできない自分が本来なら行く事ができない場所に行き、素晴らしい景色を見られるとしたら?
それはきっと、素敵なことじゃないだろうか。
この技術はまだ研究中のものだから、課題も多い。一般に普及するにはまだまだ時間がかかるだろう。
わたしの身体に取り付けられている装置は、ソウタさんがわたし専用に開発したもの。
ソウタさんの夢を実現するため、そしてわたしの望みを叶えるための初号機だ。
わたしは親指を立てて、ソウタさんにO.Kとサインを送る。
「・・・ダイブ」
ソウタさんの言葉を聞き終わらないうちに、わたしの意識は光に飲まれ、視覚はいままでいた空間とは別の場所を映し出していた。
わたしの金色の瞳に映るのは、手を振る大勢の人達。
広大な琵琶湖と雄大な山々、そしてキラキラと輝く湖面に浮かぶちいさな竹生島(ちくぶしま)。
聴覚が完成を捉える。
みんながわたしの名を読んでいる。
仮想世界の歌姫(ヴァーチャル・ディーヴァ)。サラスヴァティ・・・。
生身ではない、幻影の存在。
それがいまのわたし。
声帯を切除して歌声を失ったわたしが歌を無くさずに生きることができる方法。
それは、サラスヴァティとして歌うこと。
サラスヴァティでいるときは、自由に声が出せた。
元の声とは違うけど、けして澄んだ綺麗な声とはいえないけど、だけど幻想的な響きを奏でることのできる不思議な歌声。
わたしだけの、特別な声。
もし、あのときソウタさんに出会わなければ、ステージで歌うことなんてできなかった。
もし、あのとき琵琶湖の風がスカーフをさらわなければ、ソウタさんとの出会いはなかった。
もし、あのとき不思議な女の人がわたしの歌を聴いてくれなければ、未来に進む道は開けなかった。
もし、あのとき旅の写真家と話すことがなかったら、あの場所へ赴(おもむ)くことはなかった。
もし、わたしが現実と向き合おうとしなかったら・・・。
わたしは薄桃色(うすももいろ)のスカーフに触れた。
そして菅浦(すがうら)の湖岸を想う。
わたしに奇跡の出会いを贈ってくれた女神を想う。
ステージから見える空は茜色に染まっていた。
太陽はゆっくりと山の陰に隠れてゆく。
空は徐々に群青色に染まり、東のから闇が迫ってくる。
太陽が空を去るとき、茜色の美しい光を明日への約束として残してゆく。それは、未来へと望みをつなぐ願いと祈りの輝き・・・。
わたしはステージの上で群青(ぐんじょう)と茜色が入り混じった幻想的な美しい空の色を映す琵琶湖に向かって腕を大きく広げた。
視線の先には淡い光の中に浮かぶ小さな島がある。
歓声が大きくなる。
けれども、わたしの心は静かだった。
祈りにも似た感情が溢れる。
やっと、あなたとの約束を果たすことができます。
少し変わってしまったけど、わたしの歌声をあなたに贈ることができます。
ありがとう。わたしの女神・・・。
聴いてください。
あなたとの約束の歌。
望みを未来につなげる祈りの歌。
歌の名は・・・。
「―薄明(はくめい)」
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