大羽由莉はスナイパーです!

「ふぅ……やっと着いたよ〜。さて、準備しなくちゃ」

 ある日の昼、夕方頃に爆破撤去をするという廃ビルの屋上に来た少女__|大羽由莉《おおば ゆり》は少し短めなブレザーに赤のリボン、スカートに上からコートというまるで女子高生を思わせる服装でいた。屋上からの風が由莉の束ねた少し暗めの茶色の髪をたなびかせる。
 屋上の端の方まで行くと羽織っていたコートを脱いで持ってきた楽器ケースの蓋をパカっと開けた。そこには綺麗な楽器……ではなく黒光りする何かの部品がいくつかあった。
 由莉がそれを手っ取り早く組み立てるとそこには自分の身長と同じくらいのおっきな銃__対物狙撃銃《アンチマテリアルライフル》バレットM82A1があった。


 ____バレットM82A1
 全長144cm。重量12.9kg。
 使用弾は12.7×99mm NATO弾
 俗に言う50口径弾のその大きさは12.7cm。弾の半径は1.3cm。
 命中すれば血は霧となり、肉はミンチよりもぐっちゃぐちゃになって飛び散る。四肢に当たればその部位は綺麗に吹き飛び、胴体に当たれば体が弾け飛ぶ。まさに破壊の申し子と言うべきだ。
 この銃で1.5km離れた人の上半身と下半身を真っ二つにしたという逸話も残っている。


 少女にはとてもじゃないが不釣り合いな銃を由莉は平然と持ちながらビルの端に敷いたシートに乗せ、バイポットを展開させて伏射姿勢になった。

「今日もよろしくねっ」

 そう呟きながら由莉はバレットM82A1の太くて長い銃身をまるでわが子のように撫でた。

 ―――この子は私の大切な相棒……今も『あの頃』もずっと、ね。

 由莉はそのまま銃の動作の確認を始めた。弾倉に黒いダミーカートを押し込み装填し、力いっぱいコッキングレバーを引いて離す。チークパッドに柔らかい頬をぷにゃっとくっつけながらスコープを覗き、引き金に指をかけ、そのまま人差し指の第二関節を曲げる。

 ガチリ

 コッキングレバーを1度引いてダミーカートを排出する。もし空撃ちなんてすれば、撃つ部品が痛み、この子を傷つけてしまう。そんな真似を由莉がするわけがなかった。

 そしてもう一度、同じことを繰り返し動作の不具合が無いことを確かめた。

「うん、いい調子っ」

 今日もいつも通りの愛銃に由莉も思わず笑みがこぼれた。そして、由莉は1度呼吸を整えると箱の中から鈍く金色に煌めく50口径弾を3つ手に取った。今度は偽物ではない本物の銃弾だ。それを慣れた手つきで弾倉に押し込み本体にセットした。そのままコッキングレバーを思いっきり引いて|M82A1《この子》に銃弾《いのち》を吹き込んだ。ひと通りの準備が終わったタイミングでマスターから連絡が来て、もう一度依頼の確認をした。

「今回のターゲットは華夜組の組長だ」

「すごい有名な人ですよね……なんだか少し緊張しちゃいます」

 ―――確かに、何度もこの仕事やってきたけどニュースにも出るくらいの人の狙撃なんて初めてだよ……

「由莉なら余裕なのだろう?」

「はいっ、もちろんです!」

 由莉がいるのは狙撃地点から1.5km離れた廃ビルの屋上である。普通、この距離の狙撃はプロでも困難を極める。しかし、由莉はこの距離くらいなら余裕で狙撃が出来た。

 ―――スナイパーになろうと思った『あの日』からずっと鍛錬してきたんだから。

「そうか、期待しているぞ」

「はいっ、頑張ります!」

 ―――マスターが期待してくれている……頑張らなくちゃ!



 由莉は撃つための準備は整えたが、狙撃の時間までは1時間以上あった。今日は一人で仕事だから暇だなぁ……と思いつつもその間、静かにその銃を構え続け、標的を屠るためにひたすらに集中力を高めた。

 ___________

 時間の5分前になると由莉はそのケースの中にあったイヤーマフを頭につけた。これを付けている間は外部の音が一切聞こえなくなる。それは無防備な状態を敵に晒すことに他ならない。だから由莉はそのギリギリまで付けないようにしている。すると、風が強くなったのを感じた由莉は風速計で風速と角度をもう一度調べた。

(あれ?角度70°、風速5m……少し風が強くなってきちゃったな〜)

 由莉はスマホに入れていたソフトで計算し、スコープのノブをカリカリッと調節する。このノブの調節も少しでも狂うと絶対に当たらない。が、そこはずっとこの仕事をしてきた由莉には問題ではなかった。

 ――――もうそろそろで時間だ……集中しなくちゃ


 〜狙撃時刻1分前〜

 男は予定通りの場所に行こうと車で向かっていた。

「これが終われば俺の天下だ。もう権力も財産も全部だ!」

 そう笑いながらその男__華夜組の組長は車で目的地に向かっていた。この取引さえ終わればこの国の裏側を全部取り仕切ることが出来るほどの権力と財産が手に入る。汚いよだれが思わずこぼれ、運転手と共に下劣な笑いを零していた。

 可愛い死神の琥珀色の瞳がスコープ越しに己の頭部を吹き飛ばそうと見ているとも知らずに___

 _______________

 由莉はターゲットの乗った車が見えると、そっとイヤーマフで耳をすっぽりと覆って、スコープの倍率をゆっくりと上げ、男を視界に捉えた。

「助手席に乗るなんてほんっと不注意なんだから……でも、今から狙撃されるなんて分からないよね」

 由莉は能天気そうにしている標的を見て、もうこの場で狙撃してしまいたくなった。だが、マスターの命令は「車を出た時」と言われていたから、ぐっと堪えて待ち続けた。動く物体を狙うより、動かない物体を撃つ方が由莉としても、やりやすくもあった。

 人差し指をくいっと曲げ引き金を引くような動作をしたり、トリガーガードにリズムよく指を当てたりを繰り返し、もうすぐ来るその瞬間のために万全を尽くしていた。目標を確実に撃ち殺す為に。

 ───……私だって人を殺すことに躊躇いはある。そこまで機械みたいにはなれないよ。だけど……それは罪も何もない人だけ。悪いことをしている人を撃てと言われれば……私は躊躇なくこの子の引き金を引くよ。敵に同情するほど……甘くなんてない。敵に隙を見せればそれだけたくさんのものを失う事になる……大切な物を失うなんて、そんなの……絶対に嫌だ。そんな思いをするくらいならこの子で……私の……マスターの敵を…………全員撃ち殺してやる。

「………来たっ」

 目標ポイントに来ると車はその場で停止した。由莉は一度深呼吸すると、羽に触れるように引き金に触れた。

(車から降りてきた瞬間に……頭を吹き飛ばす。うん、大丈夫)

 由莉は人差し指で引き金をギリギリまで絞り少しの力だけで撃てるようにした。
 大きな銃の引き金を引くにはあまりにも華奢で細い指だったが、その指には敵を殺す覚悟と経験がしっかりと乗せられていた。

 今から粉微塵になるなんて夢にも思ってもいない男は車の扉をゆっくり開けた。

「すぅ〜〜〜、ふぅ〜〜〜………」

 由莉はもう一度深呼吸してから肺にある空気も全部吐き出すかのように吐き、少し息を吸った所でクッと息を止める。男がひょこっとドアの上から顔を出しスコープの中のレクティルの中心にぴったり重なった瞬間───引き金にそっと指を絡ませた。


 銃弾《いのち》の咆哮が鳴り響いた。


 激しいマズルフラッシュが網膜を幻想的に彩り、肩に食い込んだ衝撃が由莉の小さい身体に快感を残しつつ全て床に吸収される。そうして放たれた50口径弾は秒速836m、音速の2倍以上の速度で1.5kmの空間を切り裂いた。

 銃弾は金色の放物線を空に描きながら飛翔。由莉の狙い通り弾はこめかみから侵入すると頭の中にある生暖かく柔らかい脳みそが一気に圧迫され、その衝撃に頭蓋骨が耐えきれなくなった瞬間、


 パーン、と頭部が弾けるように吹き飛んだ。


 頭蓋骨は粉々に砕け散り、脳みそは銃弾によって頭の中でミキサーにかけられたようにぐっちゃぐちゃになって辺りに散乱、頭部に残っていた大量の血は天高く撒き散らし暫くの間、赤色の雨がその場に降り注いだ。そして、頭部を失った首は真っ赤な噴水を吹き散らし、黒色のコンクリートを真紅に染め上げた。

 男のあまりにも呆気なくて醜い最期となった。

 それを確認したのとほぼ同時にバレットから役目を果たし排出された薬莢が勢いで回りながら地面に落ちカラカラと小気味のいい金属音を奏でながら転がっていった。そして、マガジンから新しい銃弾《いのち》が薬室へと送り込まれ由莉の命令を待っていた。

(あとは……あの人にも……当てる)

 男の頭が吹き飛んだのを確認すると、由莉は筋肉の僅かな移動で照準を、主の突然の爆殺に車の中で慌てふためく運転手の胸に狙いを定め容赦なく引き金を引き絞る。由莉の意思に応えるようにバレットはなんの躊躇いもなく銃弾をぶっぱなした。
 車が防弾ガラスなのは由莉だって知っている。……けど、

 ―――この子の前でそんな|玩具《おもちゃ》なんて意味ないよ。そんな薄っぺらいガラスに負けるほどこの子は……弱くない。

(……3、2、1、パーン)

 弾は由莉の意思通りに防弾ガラスをやすやすと突き破るとそのまま胸に向かって50口径弾が飛び込み__文字通り上半身が、ぷちんと『爆ぜた』。黒で整えられた車内が一気に真っ赤にデコレーションされ、運転席にはその男の腹から下の下半身だけが残されていた。

 標的《ターゲット》2人を『人』から『ただのタンパク質の塊』と化すのにかかった時間は僅か8秒、そしてそれを実行したのは小さな女の子と大きな対物ライフルだった。

「よしっ、依頼完了っと」

 由莉は素早く使った後の薬莢を集めてポケットにしまい、バレットを急いで分解、ケースに収納すると何事も無かったようにビルを出ていった。

「えへへっ、今回も上手く出来たっ。マスター、褒めてくれると嬉しいな〜」

 ____________________


 これは、そんな一人の少女がスナイパーになる決意と覚悟をした時から始まる物語。



 ―――引きこもりの少女の物語。

ミカサ
この作品の作者

ミカサ

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