季節外れの雪
「美しいものを見た」
そう思ったのは、初めてだった。幼い頃から、そういう感情は抱いたことはなかったが、初めてそういった感情に駆られた。
「幾太! 早く起きなさい!」
母がいつものように起こしに来た。僕はこの声が大嫌いだ。
「ほら、今日から新しい生活なんだからシャキッとしてよ」
「わかってるよ。うるせーな」
そう言って、布団と溶けて一体となった身体を何とか剥がし、二階の部屋から下へと降りた。
「やっと起きたか! 今日は幾太の好きな甘い卵焼きだぞ」
父は底抜けに明るい。この明るさが救いになっている部分もあるが、大抵の場合はウザい。
「だから、甘い卵焼きは嫌いだって言ってるじゃねーか」
「まぁそう言うなよ。好きになるかもしれないし」
「19年間嫌いなんだ。今更ならねーよ」
父は自分の好きなものを押し付けてくる癖がある。
母の作る卵焼きは甘くないし、父とは趣味も性格も真逆なのにどうして2人が結婚したのかは永遠の謎だ。
「お父さんも頑張って作ってくれたんだから、ちゃんと食べなさいよ。ねぇお父さん」
「ありがとう。美紀ちゃん。今日もキレイだよ」
いつも父は母を褒める。
そしてこのイチャつきが始まると、気持ち悪くて、一気に味覚が失われてしまう。
「そう言えば、挨拶回りは終わったのかよ」
話題を変えようと、無表情で僕は言った。
「それが、まだなのよ。あんた行ってきてくれない?」
「はぁ? なんで?」
すかさず僕は返した。
「だって、今日はお父さんもお母さんも用事があるのよ。あんた暇なんでしょ?」
見透かしたような目で母が言う。
「暇じゃねーよ!」
強めに反撃に出た。
「あんたの部屋なんて引っ越したところで、何もないじゃない。忙しいとは言わせないわよ」
「……」
これ以上は何を言っても勝てないのでやめて、ストレス発散のために朝飯をかき込んだ。
「じゃあ行ってきます」
深いため息と共に家を出発する。
引っ越してきた翌日に挨拶回りなんて、絶望的だ。
「それにしても何もねーな」
僕は東京から、滋賀の長浜市という場所に引っ越してきた。父の転勤先になっていたのもあり、滋賀の大学を受けろと言われた結果、他の大学が全滅し、今ここにいる。
本来なら、東京に一人で残り、都会で楽しく過ごすはずだったのに。毎日、自分を恨んだ。
家の周りは、閑散として何もなく、田舎と呼ぶにふさわしい。東京と比べると違う惑星に来たかのような気分だ。
「そういや、あの娘は何だったんだろう」
僕は少し寒い3月の道を歩きながら、ここにくる道中で見た、女の子の事を思い出していた。
その娘は、高速道路を下りてすぐにあった湖の畔に佇んでいた。
白いコートに、白いマフラー。そしてどこか寂しげな姿だった。そんな彼女の姿は、湖に反射し、季節外れの雪と相まって、幻想的な雰囲気を放ち、まるで妖精のように美しかった。
そんな事を思い出しているうちに、隣の家に着いた。
「いらっしゃい。どちら様?」
中から小太りのおばさんが出てきた。
「はじめまして。今度隣に引っ越してきた者です。」
少し照れ気味に僕が言う。
「あら、そうなの? 引っ越しの方が来られるなんて、いつぶりかしら」
おばさんが難しそうな顔をする。
「父の転勤で、東京から越してきました中野です。これからよろしくお願いします。これ、つまらないものですが良かったらどうぞ」
早くこの場から去りたかったので、とにかく手短に話した。
「あら、ありがとう。中野くんは幾つなの?」
「18です」
おばさんの顔が一気ににやける。嫌な予感がした。
「あら、ちょっと! 息子と一緒やんか!」
興奮気味におばさんが話す。
「直樹! ちょっとおいで!」
おばさんが大声で呼ぶ。
「なんやねん。クソババア。」
気だるそうに奥から一人の男が出てきた。
髪は茶髪で、上下ジャージのいかにもスポーツマンという感じだ。背は僕より少し高い。
「誰に言うてんの、アホ息子。今度引っ越してきた中野くん。あんたと同い年」
おばさんが言った途端、男の寝起きの顔に一気に色が挿した。
「ほんまか! よう来たなぁ!」
男はそう言うと、いきなり肩を回してくる。
「おれ直樹な! よろしく。」
「この子の友達、大学でみんな県外に行っちゃったから友達いなくなってたのよ」
おばさんが直樹の説明をする。
「オカン、ちょっとこいつと遊びに行ってくるわ」
直樹はそう言うと強引に手を引っ張った。
「ちょっと、まだ挨拶回りが!」
焦りながら言う。
「大丈夫やって。この辺の人みんな優しいから」
強引な直樹に引っ張られながら、帰ってからの両親への言い訳を考えていた。
台風みたいにパワフルな直樹と知らない町並みを歩きながら話し、同じ大学で、同じ学部という奇跡的な出会いに大いに盛り上がった。
しかも何故か恐るべき馴れ馴れしさに初めて会った気がしない。
「で、名前は?」
出会って、30分間のマシンガントークの後で初めて直樹に聞かれた。
「幾太だよ」
「じゃあ、幾太って呼ぶわ! おれは直樹って呼べよ」
「わかった」
「それにしても、東京からやったら、相当な田舎に来たな。最近話題の逆輸入ってやつか?」
笑いながら直樹が言う。
「違ぇーよ。ここしか大学が受からなかったんだ」
不思議と直樹には言いたくないことも言えてしまう。
「そうなんや! 残念やったな。でもいろいろあんで、この辺にも」
何も無いと思っていた僕には希望を感じる一言だった。
「ほんとか! どっか連れてってくれよ」
食い気味に僕が言う。
「いや、着いてるけど」
直樹がキョトンとした顔で言う。
「は?」
「ここがメインの黒壁ストリートや」
確かに、古い、いい感じの商店街だが、思っていたような場所ではなかった。
「商店街じゃねーか」
「まぁまぁ、東京と比べんなや」
「で、どこ連れてってくれんだ?」
「どこって、この辺ぶらぶら案内しようかなと」
自信満々で直樹が言う。
その後、直樹はたっぷり時間をかけて街を案内してくれた。この街のシンボルとも言える長浜城にも連れて行かれ、少しだが、この街を理解した。
「おれこの街、好きやねん」
直樹がポツリと言った。
「なんで?」
僕が聞き返す。
「だって、何か落ち着くやろ? 嫌なことも忘れさせてくれんねん」
こいつに悩みがあるのかと思いながら、来るときに見たあの湖の事を思い出した。
「そういや、直樹。あっちにある湖も琵琶湖か?」
「ちゃうちゃう。あれは余呉湖や。」
「余呉湖?」
滋賀に琵琶湖以外の湖がある事自体知らなかった。
「そう、余呉湖。おれもあんま知らんけど、とにかく琵琶湖より小さい湖や」
「へぇー」
来るときに見た女の子のことが頭にあったが、それ以上は聞かなかった。
「おっ! あれ、梓と葉やんけ」
直樹がまた強引に手を引っ張り走り出した。
「梓! 葉!」
直樹が大声で呼ぶ。
二人の女の子が振り向く。
「ちょっと! 恥ずかしいから、大声で呼ばんといてよ! しばくで」
茶髪で、ショートカットのいかにも元気そうな女の子が直樹に言う。
「そんな怒るなや」
直樹はこの女の子にはあまり強くは逆らえないらしい。
「あれ、その人だれ?」
「幾太や。東京から昨日引っ越してきよってん」
「へぇー、東京から。私、梓。よろしく!
てか、よく見たらイケメンやん! 直樹と大違いやな!」
「うっさいわ! ブス!」
「黙っとけアホ」
今日初めて見る二人のやり取りだが、二人が確実に仲がいいのは分かった。
そう思いながら、ふと目線を横にやり、もう一人の女の子を見てハッとした。「あの娘だ」そう確信した。
黒髪のロングヘアーに、白いマフラー。いかにも育ちが良さそうな風貌で、この世の全てを見透かしたような雰囲気を放っていた。間違いなく、引っ越しの道中で見た女の子だった。
「おい、幾太」
直樹に呼ばれて気がついた。
「何をぼーっとしてんねん」
笑いながら直樹が言う。
「いや、別に」
おどおどしながら僕が返す。
「とにかく幾太くん、これからよろしくな。私と直樹は幼馴染やねん。こっちは葉な。葉とは中学校から一緒や」
梓が言う。
僕の紹介は、僕が彼女に見惚れている間に直樹が簡単にしてくれたらしい。
「私、葉。よろしくね。葉っぱの葉って書いて「ひらり」って読むの」
笑顔で葉が言う。
「凄く……いい名前だね。よろしく」
初めて話した彼女の前で、僕は自分がどんな顔をしているのか検討もつかなかった。
「そしたらおれら行くわ」
直樹が言う。
「何なん。もう行ってまうん?」
梓がつまらなさそうに返す。
「おう。まだこいつ案内したらなアカンとこいっぱいあるからな」
僕はもっと話したかったが、口に出せなかった。
「幾太、そんじゃ行こか」
直樹の弾丸ツアーを心底恨んだ。
「おう、そんじゃまたね」
小さな声で僕が言う。
そして、僕と直樹は違う方向へと足を向けた。
帰り道、僕は横にいる直樹の案内がほとんど耳に入ってこない位に、葉の事を考えていた。
「幾太、幾太! お前元気ないな。疲れたんか」
直樹が心配そうに聞く。
「いや、元気だよ!」
驚いた顔で僕が答える。
「何やねん。じゃあテンション上げていけよ」
「おう。悪いな」
精一杯の笑顔で、直樹に返した。
「てか、さっきの2人って、普段からよく会うのか?」
直樹に一番聞きたかった疑問をぶつけた。
「あぁ、あいつらか。よう会うで。家も近いし、昔からよく遊んでんねん」
「えっ! そうなのか?」
僕は身体の体温が上がるのがはっきりと分かった。
「おう……そやけど、何でや?」
「まぁ、友達は多いほうがいいからな」
上がった体温を必死で冷ましながら、冷静を装い僕が返す。
「まぁ、でも葉は別として、梓なんてめっちゃうるさいで。しかも怖いし」
「まぁ、でも……また遊ぼうぜ。みんなで」
「おお、ええで。まぁ、あいつら同じ大学やから嫌でも3日後の入学式で会うけどな」
「えっ……」
こいつと友達になって良かったと思ったのはこの瞬間が初めてだった。そして、絶望だと思っていたこれからの生活に一気に光が挿した。
僕はそれから3日間、やけに長く感じる時間を過ごした。
直樹はまんまと僕が、友達を欲しがっていると思ってくれたようで、梓と葉も一緒に入学式に行くように取り繕ってくれた。
そして入学式の日を迎えた。
「幾太! 迎えに来たぞ」
直樹の大声が聞こえる。
初めて会ったあの日から、直樹は毎日のように僕の前に現れて、引っ越しの手伝いもしてくれた。
「直樹くん、おはよう!」
「おばちゃん、幾太にはよ出てこいって言うて」
この頃には母と直樹もすっかり仲良くなっていた。
「聞こえてんだよ。そんな大声出さなくても」
準備を済ませた僕が言う。
「幾太、凄いじゃない。もう3人も友達ができたの?」
母が笑顔を向ける。
「え? 3人?」
と聞き返す。
「梓と葉も連れてきたで」
「おはよう。幾太くん!」
梓がニコニコしながら手を挙げる。
「おはよう」
その後ろにいた葉も僕の目を真っ直ぐ見ながら挨拶する。完全に不意を突かれた。
「お、お、お、おはよう」
完全にキョドキョドしてしまった。
「何なんその挨拶。東京で流行ってんの? はよ行くで」
梓に催促され急いで靴を履いた。
「幾太。なーにー、もう恋しちゃってんの?」
出掛けに、母が小声で茶化してきたので、睨みつけながら家を出た。
母にはすでに僕の心の中は見透かされてしまっていたらしい。
その日の入学式は本当に楽しかった。
直樹と梓の仲の良い喧嘩を見ながら笑って、新生活に抱えていた不安が一気に溶け出した。
話している中で、葉は、物静かで、大学では歴史を専攻したいと思っている事は分かったが、自分の過去はほとんど語らなかった。
そうしているうちに、入学式も終わり、僕たちは家の近くまで帰ってきた。
「そしたら、この後、どっか行こうか。」
直樹が言う。
「いいよ。そう言えば昨日、直樹、免許取ったんでしょ?」
「おう! バッチリ取ったで」
自慢げに直樹が免許を取り出す。
「じゃあ、ドライブ行こうよ」
「よっしゃ。そしたら車出してくるわ」
僕は、葉に視線を向けると、ただただ、ニコニコしていた。
それからしばらくして、直樹がボロボロの車に乗ってやってきた。
「みんな乗って」
ボロボロの車なのに自慢げな直樹の顔を見ると、こいつは本当に良いやつなんだなと感じた。
「何これ、ボロボロやんか」
梓は思ったことをすぐに口に出す。
「ええやろ? 親戚のおっちゃんにもろてん」
「どこがええねん」
「まぁ、ええから乗れや」
僕が2人のやり取りを見て笑うと、隣で葉も笑っていた。
それからみんなは、まだこの土地を知らない僕を行ったことのない場所に案内してくれた。
観光客で賑わっている場所から、バッティングセンターまで。色々な所に半強制的に連れて行かれ、この今まで経験したことの無い時間を経験したことで、少しづつこの街が好きになっていた。
そして、夕方に差し掛かった時、余呉湖の近くを通った。
「なぁ、ここ行ってみたい」
と僕が言う。
「余呉湖? ここはこないだも言うたけど琵琶湖ちゃうで?」
「そうそう、何もないんやから」
直樹と梓が今更感満載で言ってくる。
「いいから、行ってみようよ。」
「まぁ、良いけど」
直樹がハンドルを湖に向けた。
僕は、葉にあの時、余呉湖に何故いたのかを聞こうと視線を向けたが、葉は、来るときに車中から見たのと同じ悲しげな表情をしていた。
どうしてかは分からないが、僕は、その理由を聞くと葉がいなくなるような気がした。
「直樹、やっぱやめようか。何もなさそうだし」
「ええやん。もう着くし、ちょっと行こうや」
僕は何もしていないのに、葉への大きな罪悪感を抱きながら車に揺られていた。
葉は結局、着くまで何も話さなかった。
「着いたで」
直樹が車のドアを勢いよく開ける。
4月の頭で、風がまだ少し冷たかった。
「うわー、めっちゃ夕日キレイやん!」
梓が柄にもなく女の子っぽい事を言う。
「ホンマやな。車にレジャーシートあるから、ちょっとのんびりするか」
僕たちは余呉湖のほとりに移動し、座り込んだ。近くには桟橋があり、冬にはワカサギ釣りができることを直樹が教えてくれた。
「直樹、あったかい飲み物買ってきて」
梓が直気に言う。
「はぁ? おれお前の召使いちゃうんやけど。」
「じゃあ、一緒に買いに行こ。2人は荷物番しといて」
強引に直樹の手を引っ張り、梓は車へ向かった。
そして、僕と葉の2人になった。
「あの、僕らまだあんまり話してないよね」
「うん」
葉はまだ、寂しげな表情を浮かべていて、僕は冷たい風が、一層冷たく感じた。
「葉は、昔からここに住んでるんだよね?」
「そう」
「この湖は好き?」
こんな質問をした自分が理解不能だった。
嫌そうな顔をしているのにこの場所が好きなわけがない。
「好き」
葉の答えは意外だった。
「へぇー。そうなんだ」
呆気にとらてた顔で返す。
それから、1分間ほど沈黙が続いた。楽しい会話にもっていけない自分が情けなかった。
「幾太くん、手、握ってくれない?」
沈黙の後の爆弾発言に僕は意識が飛びそうになった。
「手、手、手、手?」
「うん」
葉は真っ直ぐに湖を見ていた。
「分かった」
僕は透けているかのように白い、葉の手を、恐る恐る握った。
「あたっかい。やっぱり人間の手は」
「ちょうど……36度だよ。」
葉がクスッと笑った。
「面白いね。幾太くん」
「いやぁ、直樹と梓の勢いには負けるけどね」
「あの2人はずっと、仲いいから」
「そうだね。凄いパワーだよ。あの2人。」
他愛もない話を手を握りながら続けた。
「幾太くんは、この湖好き?」
「うん。一番この街で好きかな」
「そっか。私も」
「どうして?」
「余呉湖ってね、別名が鏡湖って言って、風がない日には天国を映すの」
「天国を映す?」
「うん。風がない日は、湖面に空が映し出されるの。まるで天が落ちてきたみたいに」
そう言えば、初めて葉を見た時、葉が湖に映し出されて、まるで天使みたいに美しかった事を思い出した。
「へぇー。見てみたいね。僕も天国」
「どうして?」
葉が聞く。
「実はさ、東京にいた頃は友達いなくてさ。毎日寂しくて、寂しくて。天国みたいに何も考えなくても過ごせるような場所に行きたかったんだ」
「そうなんだ。意外だね」
葉の全てを吸い込んで消してくれそうな、瞳に見つめられると、言いたくないことも言えてしまった。
だが、葉はそれ以上は聞かなかった。
「私も、一緒」
葉がポツリと呟く。
何故、みんなから愛されている彼女がそんな事を言うのか分からなかったが、僕も理由は聞かなかった。
僕たちは、その後、他愛ない話で盛り上がった。葉のことはあまり知らなかったが、僕たちは趣味や好きなものがよく似ていた。
時間はどれくらい経ったのかわからないが、手から伝わる熱で、身体は、冷たい風に反比例するかのように、凄く暖かかった。
僕は、葉ともっと、話したくなって、勇気を振り絞って、次の約束をしようと試みた。
「葉、じゃあ今度、一緒に天国見に行こうよ」
葉の表情が一気に曇った。
まだ、2人で誘うには早かったかと後悔した。
「いや、嫌ならいんだよ! ごめんね!」
何とかごまかしてこの場を乗り越えようとする。
「いいよ。嬉しい」
「本当に? じゃあ約束ね」
僕の心の中はダンスフロアと化し、この高揚感を抑えるのに必死だった。
「向こうに柳の木があるの」
葉が切り出す。今の僕の気持ちとは真逆の感情を抱いているのがはっきりと分かる表情だった。
「そんなのあったっけ?」
「そっか、幾太くんは知らないか。台風で倒れちゃったから。私、その木が大好きで、絶対に守りたかったの」
「どうして?」
「だって、守れてたら、今日の入学式も、幾太くんの体温も私の中にずっとあったから」
「それってどういう事?」
その答えを待っていた時だった。
ガサガサと後ろで聞こえて、驚いて振り向いた。
「痛い!」
直樹と梓がそこにいた。
「押すなや! アホ女」
「あんたやろ! 押したの!」
そう言うと、2人はニヤつきながらこっちに向かってきた。僕たちは急いで手を解いた。
「あれー? お二人さん、いいんですよ? 続けて頂いて」
直樹が能面のような顔で言う。
「おてて繋いで、仲の良いことですね!」
梓が、茶化す。
「お前ら! 汚ぇーぞ!」
「まぁ、そう怒るなや。梓と寒い中30分は待ったで。お熱い2人見て、こっちは風邪ひくわ!」
直樹が僕の肩に手を回す。
葉はただ笑っていた。
「まぁ、多くは聞かへんわ。お菓子とかも買ってきたし、今からパーティーやろや!」
それから、僕たちは夜まで余呉湖のほとりで笑いながら話した。友達の良さというものを生きてきて、初めて感じた。