5・海無県J、ウミ以外で救助活動する
桜が慌てて健司を追いかけていると、大きな水路にたどり着いた。この水路は、余呉湖に流れこんでおり、何処かで雨でも降ったのか、増水していた。
健司は近道をするためか、舗装された道ではなく、水路側の草むらを走っている。
「こ、こら健司。危ないっ」
「ウルサイッ!」
桜が声をかけると、意地になっているのか健司はスピードを上げて余呉湖に向かって走りだした。
「放っておいてくれよ!どうせオレは一人ボッチなんだか……」
もうすぐ余呉湖へ着くという直前、健司は足を滑らせ、水路へと落ちた。
「け、ケンジーッ!?」
「た、たっ……たすっ」
流れが速いせいか、それとも足でもつったのか。健司はまったく泳ぐことなく余呉湖へと流されていく。
「ど……どうしよ……あっ!」
桜が慌てて周りを見渡すと、救助用に置いてあるのか、湖の側にある木の浮き輪を見つけた。
「うぉりゃああああっ!」
桜は浮き輪を掴むと、鞄を地面に放り投げ、さらに奥へと流されていく健司に向かって飛び込んだ。
三十分後。
「へっくちゅっ」
ずぶ濡れになった桜と健司は、近くの商店でタオルを買い、頭を拭きながらトボトボと駅に向かって歩いていた。
「……アンタさあ、お祖父さんの家もうないって言ってたじゃない。誰か知り合いでもいるの?」
「…………」
桜が問いただすと、健司は立ち止まり、黙って首を横に振った。
「じゃあ、なんでこんなことをしたのさ」
「…………から」
「ん?」
「たのし……かったから。友達……まだいないし。父さんも……母さんも……帰り遅いし。一人じゃなかったの……久しぶりだった」
「ふーん、そっか」
桜は健司の手を握り、余呉駅へと歩きだした。
「アンタさあ、そういえばスマホ持ってたっけ?」
電車の中で、湿った服で座ることも出来ず、扉にもたれて立っていた桜は、向かい側で立っている健司に聞いた。
「持っていない。タブレットなら家にあるけれど」
「ふーん」
健司がそう言うと、桜は鞄からメモ帳を取り出し、サラサラと自分の連絡先を書いた。
「はい、これあげる」
桜は、メモ帳を健司に差し出した。
「今日、アンタが書いた日記用のメモもあるからあげるわ。ついでに私の連絡先を書いといたから、何かあったら連絡して」
「あ……ありがとう」
健司は、受け取ったメモ帳をギュッと握った。それを見た桜は、ため息をついた後、濡れた健司の頭をグリグリと撫でた。
「アンタさあ、ちゃんと両親と話をしなさいよ。遊びに連れて行けとか、友達いないとか……寂しいとか」
それを聞いた健司は、口を尖らせて下を向いた。
「…………前に、言った。でも……聞いて……くれなかった」
「ふーん」
「ちゃんと……聞いてくれたのは、ジイちゃんだけだった」
「そっか。でもさ、ジイちゃんもういないんだから。とりあえず、両親を頼らないと」
「……」
「それで、何度行っても、両親が何も聞いてくれないのなら、私に連絡してきなよ。母さん弁護士だからさ、良いようにしてくれるように頼んでみるからさ」
そう言うと、健太はコクリと頷いた。
「でも、余呉まで来たのに、すっかり日が暮れてつまらなかったからさ」
桜は鞄からスマホを取り出した。
「アンタ、連絡先を私に教えなさい。次の休みに賎ヶ岳に行こうと思うから、私と友達を案内しなさいよ。余呉、詳しいんでしょう?」
桜のその言葉を聞いた健司は、出会ってから一番の笑顔になった。
「うんっ!」