少し気になる。先の茶店で、湯治場が今はないと言われたこと。そして、人の気配がないに等しい。
周りを見渡すと、崖を降りる為に整備された道があった。そこは未だ使われているのか、山道と違って綺麗なものだった。
「この道を見れば、この村に全く人がいない訳ではない気もするのだか」
「人の気配がございませんね」
「けれど、母上の言う僧だけはいるはずなのだが」
時折吹き抜ける風に、ボロボロに崩れかけた小屋の壁や扉がパタパタ鳴った。カラカラに乾いた土が、砂埃のように舞う。
「やはり、茶店の方が言ったように、湯治場は枯れてなくなってしまったのでしょうか」
宿どころか、食糧すら手に入らないかもしれない。戦て果てたと言うより、恐らく飢饉であろう。一言で言えば、村が乾いている。鬼退治どころか、留まる事すら難しいように思った。
晴明と葛葉、2人して歩いていると、目の前に子供が1人立っているのが見えた。男子とも女子ともわからぬ子供の目は白く、ひと目で人ではないとわかる風貌だった。
その不気味さに2人は足を止めたが、子供は2人に軽く会釈すると、踵を返して歩き始めた。着いてこいと言っているようだ。
晴明はいつでも刀を抜ける覚悟で、葛葉と共にその子の後を着いて行ったら。
暫くそうしていると、先程とは全く違う景色に飛び込んだ。
小さいながら、田畑が広がる。蝶がヒラヒラと目の前を飛んでいた。
なんだ、ここは? と思うほど。
その先の小屋の前で、子供は煙のように消え、代わりに人形の札がヒラヒラと地面に落ちた。
「もし、ここにどなたかおられますか?」
晴明が刀に手をかけながら声を掛けた。
「お待ちしておりましたよ。晴明さん、葛葉さん。道中お疲れでしたね」
なんだろう、気味が悪いくらい聞き心地の良い男の声がした。
晴明と葛葉は、驚いた。
「そう、驚かなくとも。富子さんから、全て聞いていますよ。ここの鬼の番をしています、彼女からは僧と聞いておりますでしょうか。観勒泰親(かんろくやすちか)と申します。以後、お見知り置きを」
「そなたが。して、この村はどうなっているのであろうか?」
晴明が問うと、泰親はくすくすと笑いなが、パンパン手を叩いた。
「まあまあ、そう焦らずに。私はね、若様のお母上と同じ陰陽道の力を会得しておりまして、ここの世話は全て式神にさせているんですよ。初めは少々不気味に見えるかもしれませんが、すぐに慣れますし、慣れてしまえば素直で可愛い子達です」
先程と似た子供が数人、料理や酒を持って2人の前にぞろぞろと現れた。
「さあ、お腹がお空きでしょう。食事をしながら、話しましょうか」
川魚に鶏肉、卵と山菜、野菜に白米。贅沢食事だ。
「観勒殿は、僧と言われますのに、魚や肉にお酒まで食しても良いのですか?」
葛葉の質問に、泰親は再びくすくす笑って見せた。
「私は、生臭坊主ですから。魚や肉、酒も大好物です。煙草なんかも嗜好しておりますしね。特に、この村は煙草に非常に良い葉が育つ。時折、外の国で金や物に変えては、こうして生活しておりますよ」
晴明と葛葉に、それぞれ酒が注がれた。血のような色をしたその酒を見たのは初めてだった。
「ぶどう酒ですよ。初めてですか?」
「はい」
晴明は、口にした。美味しかった。
「では、この村のことをお話しましょうか。この村は、昔から霊泉の湧き出る湯治場だったんです。それはそれは素晴らしいお湯でして、日の本中の修行僧がここを訪れたものです。時には大名までも。ここを欲しがる者は少なくなく、時折戦など起こりました。その事を悲願した村の者達が、徳の高い修行僧数名にお願いして出来たのが、貴方方が通って来られた死者の結界です。あの道を通れるのは、この村に伝わる木札を持つ者と、自力で抜けられる程の力を持つものだけ。それ以外の方は、結界の一部となるのです」
「もし、我らが抜けられなかったら、どうするつもりだったのでしょう?」
葛葉の質問に、泰親は今度は目を細めた。
「葛葉さん、貴女がその質問をされるのですか? 愚問ですね。あの程度の結界、貴女には朝飯前でしょう?」
葛葉は、ぐっと言葉を飲み込んだ。晴明が、少し黙っていろと言わん目で彼女を見た。
「観勒殿、続けてくれ」
泰親は、式神にぶどう酒を注がせながら続けた。
「貴女のお母上から、私にお役目が変わってからも、この村は守られた平和な日常を保っておりました。暫くはね。けれども、ある日再び鬼があらわれたのです。その鬼は、どうやら貴方方のお父上が封じなさった鬼のついのものだと……簡単に言えば、鬼は夫婦だったと言うことですね。奥さんを取り戻しに来たついでに、復讐していった訳ですよ。鬼の法力で飢饉と疫病が村を襲い、引き寄せられた今までの雑魚とは比べ物にならない数々の魑魅魍魎達が人々を喰らっていきました。私が結界を張り、守れたのは村の一部だけ。村人は、残念にも全滅してしまいました」
「というと、ここには観勒殿以外おられぬのか?」
「ええ、私のみです」
「…………」
晴明も葛葉も、言葉を失うしかなかった。なにを言っていいのか、わからない。
「村人の中には、この村を好んでおりながら、逃げ出した者も数多くおります。この一件が片付いたならば、その者達を呼び戻し、村をまた盛り立てたいのですがね」
晴明がふと思い出した。
「母上が言っていた魑魅魍魎を呼び寄せる薬草というのは?」
「ああ、富子さんは煙草を薬にしてお使いでしたから」
「では、今鬼はどうなっているのですか?」
「満月と新月の夜に、この村に現れますよ。封じられた奥さんを探し回りながらね」
ここで、再び葛葉が口を開いた。
「富子様が言うには、父上が祠にその奥さんの鬼を封じたが、夫の鬼が祠を壊して封印を解いたと聞きました。奥さんの鬼を探してるというのは、どういう事なのでしょう? 奥さんの鬼は、いったい何処へ行ってしまったというのでしょう?」
泰親の笑いが、不気味に浮かんだ。先程までの余裕のある笑いではなく、妙に気味の悪い重い笑みだった。
「確かに、法眼殿は鬼を退治することは出来ず、封印するしか出来ませんでした。5つの祠にそれぞれ五行の力をやどし、結界によって封じたのですよ。つがいの鬼がそれを破壊し、本来なら先の鬼が蘇る筈でしょう? それが、鬼の姿はなかったのです。本当に封印されていたのか……はて、消滅してしまったのか……」
「わからぬ、という事ですが」
泰親は、こくりと頷き、酒を啜った。
「ですから、先の鬼の事は後程でいいのです。先ずは、現れる鬼をなんとかしなければなりせん。幸いにも、明日は満月」
泰親はそこまで話すと、並べられた料理を2人に進めながら、自らもたいらげた。この村でこれ程までに贅沢が出来るのか、と言いたくなるほど、料理は絶品だった。
その後、泰親は2人にゆっくり休む様に伝え、式神に離の来客用の小屋を案内させた。かつては、温泉宿として使われていた場所らしい。綺麗に整えられ、整理され、温泉までもが湧き出ていた。
小屋に着くと、晴明は早々に風呂へと向かった。湯加減も丁度良く、芯まで温まると疲れが吹っ飛ぶ気がしたが、やはり気のせいだったようで。部屋に戻ると、今までの疲れがどっと押し寄せ酷い眠気に襲われた。
「晴明殿、寝支度をしておきましたよ」
葛葉なりの気遣いだった。どうせ何れは夫婦になるのだ。少しでも妻らしい事をせねばと思った次第だった。
「ああ」
晴明は、布団の上にどっと腰掛けた。洗い立ての髪から、良い香りがした。

榊音
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榊音

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