「私のせいで、晴明殿が苦しんでいたとは露知らず。私は、どうすれば許して頂けますでしょうか? ……許してくださらなくても、どうすればその痛みを緩和する事が出来ますか?」
葛葉には、わからなかった。いくら考えても、答えどころかヒントすら見つからない。
晴明は、酷く反省した。
「ごめん」
ただ一言呟くと、逃げるようにその場を後にした。
情けないのは自分だと、本当は自分が悪いのだと晴明は分かっていた。
恵慈家の力を持って生まれなかった自分が……けれども、それを受け入れてしまったら、晴明の立場はない。だから、晴明自身ですら、どうしていいかわからないのだ。短くも長い旅路で、葛葉が本当に悪い人間でないのは分かっていた。何処かで、仲直りの切っ掛けすら探していたのに。
けれど、この旅の目的は葛葉を消すこと。仲直りとは違っていた。
「くそっ!」
と、惨めな悪態しか出てこない。

*****

一方、恵慈家の事態も急変の兆しを見せていた。兼ねてより不吉に浮かんでいた星が、動き始めたのだ。
(やはり、泰親に任せて正解でしたね)
端から晴明に期待などしていないと、富子は泰親から送られた文を握りつぶした。
「富子よ、僧からの文はどうじゃった?」
法眼は、富子と泰親の仲を知らない。
「ええ、無事に着いたようですよ。思ったより、早かったですね。死人で出来た結界を意図も簡単に破るとは、流石葛葉」
法眼は、少し心配そうな顔を見せた。
「無事に2人、戻って来てくれれば良いのだが」
富子は笑う。
「大事ありませんよ。ところで旦那様、藤緒さんの調子が悪いそうですね?」
「ああ、昨日からな。なあに、医者は風邪だと言っておる。大事無い」
「左様ですか」
法眼が溜め息混じりに富子の部屋を後にすると、富子は薬草の香を炊き始めた。パタパタと漂うその煙は、富子の部屋を含めた屋敷に広がるが、藤緒のいる離れにまで届くことは無い。
(こちらの準備も万端ですよ。泰親、貴方がこちらに来る頃には、約束が果たせそうですね)
富子は泰親が必ず葛葉を亡き者にし、晴明と2人で戻ってくると信じていた。
そして、泰親もまた富子が約束を果たしてくれると信じていた。
空を覆うように黒い霧が現れた。それは恵慈家から広がるように始まり、里にもまでも広がり始めていた。
「法眼様、この邪気。早いところなんとかせねば、危険ですよ。元凶は、お分かりに?」
「ああ、松兵衛の言う通りじゃった。今、確認してきたよ」
「何故に、富子様が……」
「わからぬ、あやつの考えが儂にはわからぬ。けれど、危険なのは確かであるが……」
正室だけに、直接動いている訳ではないだけに、攻めづらい。
「もう少し泳がせておく他ないのだろうが、藤緒が心配だな」
「霊薬はお効きになりませんか?」
「そう見えるのだが」
「儂が、様子を見てきましょう」
松兵衛は、離れへと向かった。

離れの部屋で、藤緒は静かに臥せっていた。松兵衛が声を掛けて部屋に入ると、藤緒はゆっくりと身体を持ち上げた。
「藤緒様、どうぞご無理なさらずに。横になっていなされ」
松兵衛が手を貸すと、藤緒は遠慮した。
「松兵衛、大事ありませんよ。霊薬が効いたのか、今は調子がいいの」
枕元に置かれた霊薬を煎じたお茶が、きっちり無くなっていた。
「昨日の頭痛から、今では全身に痛みが走るの。けれど、法眼様の煎じてくださった霊薬を飲むとね、不思議と楽になるんですよ」
「けれど、長くは続きますまい」
「大丈夫ですよ。この程度でしたら、まだ笑っていられます」
にっこり笑う藤緒だが、無理をしているのだろう。目の下のクマと、一晩でなったとは思えないほどげっそりと窶れていた。顔色も酷く悪い。完全に邪気に当たっていると、松兵衛は渋い顔をした。
「法眼様も、直ぐに対処出来ずで。もう少し辛抱ください」
「松兵衛、旦那様にお伝えくださいな。私は大丈夫ですから、どうぞご無理なさらず。貴方様のペースでと」
松兵衛が頷くと、藤緒が酷く眠たがった。体力も、ごっそり削られているらしい。
藤緒だけでなく、里の者も心配しなくてはならない。酷い邪気は、里を飲み込もうとしているのだから。
「1度、カマをかけてみようか」
法眼は呟いた。

*****

葛葉は、再び祠の建てられた広場に一人で来ていた。小屋にいるのも落ち着かず、散歩がてら外に出て、辿り着いたのがここだった。懐かしい、父の気配がする場所だ。
葛葉は、何となく泰親を訝しんでいた。何故なら、あの傀儡は泰親を見もせず、晴明と葛葉をを襲ってきたし、なにより泰親と同じ気配を感じたから。けれど、そこに確信はない。何者かが、泰親を利用しただけかもしれないし。泰親の言うつがいの鬼、と言うのも気になる。
(ここに封じられた鬼は、解放されていないのかもしれない。つがいの鬼なんてものは、存在しないのかもしれない。全て観勒殿が仕組んだ事だとか?)
何のために……と、考えて富子の関係である以上、私が邪魔なのね、と葛葉は察した。恐らく、そういう事なのだろう。
では、この鬼退治は必要ないのではないのだろうか? 早々に引き上げてしまうのも、手だ。けれど、何も解決しないまま戻っては、母藤緒や父法眼の顔を潰すことになるのではないか。けれど、これ以上晴明と共にいるものも辛すぎる。
葛葉が悩んでいると、背後で足音がした。振り向くと、驚いたような顔の晴明が立っていた。そして、その顔は直ぐに気まずそうに変わった。
「葛葉殿も、来ていたのか」
「晴明殿、どうされましたか?」
「どう、という事はないが……父上が立てた祠がどのようなものか見てみようと」
晴明は遠慮がちに葛葉の横に並ぶと、祠を触った。瞬間、バチッと電気が走った。思わず、声が出た。
「晴明殿、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。なんだ、乾燥してるのか」
幸い、傷にならなかったその手を、晴明は撫でた。
「これは、麒麟の祠ですね。主にエレキテルの力が込められています。それぞれに五霊獣の力が宿っていて、他には朱雀の炎、青龍の水、白虎の風、玄武の冷気がございます」
「俺にはわからんが、壊されているようにも見えないな」
「ええ、父上の霊力を確かに感じます」
「そうか。俺も力になれれば、良いのだが……約立たずですまんな」
あれほど我儘で気の強かった晴明がしゅんとしている。その場を去ろうとする晴明の着物を、葛葉は掴んで引き止めた。
「そんな、事言わないで!」
晴明は、それを振りほどいた。葛葉に当たれば当たるほど、惨めなことに気付いてからは当たることも恥ずかしかった。
「晴明殿の力を貸してください。そうでなければ、私一人では何も出来ません」
「残念ながら、俺はもっと何も出来ん。あの傀儡にしろ鬼にしろ死人にしろ、俺の刀では斬れんのであろう? 俺が出来るのは、剣を振るうことで、生身の者しか斬れん。せめてそれが、鹿や熊であれば多少の可能性はあったのかもしれんがな」
葛葉は、再び晴明の袖を掴んだ。
「松兵衛の封じた晴明殿の剣を、私が解放します! 解放して、必ずその力をコントロール出来るようにお手伝いします! ですから、諦めないでください。見捨てないで、ください」
晴明が、笑った。
「見捨てる? 馬鹿を申すな。それは、逆であろう」
「私は、何があっても諦めません。晴明殿の妻に、必ずなります。必ずなって、晴明殿に当主になってもらいます。私の力を貴方の為に、お使い下さい」
晴明は、自分の袖を掴む葛葉の手を取った。
「面白い。では、そうしてもらおうか」

榊音
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榊音

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