4出逢い
幸いその日は快晴で、外を歩くのにはぴったりな日和だった。
そこで僕は少し遠出をすることに決め、久しぶりに多摩川の河川敷を歩く事にした。
そこは桜並木が続く美しい道で、晴れた日には遠く富士山を望むことも出来る気に入りの場所だった。
「あー最高だな、こうしていると悩みなんか吹き飛ぶよ!」
川沿いの土手の芝生の上に寝転がり、僕は生き返った気分になった。そのままゴロゴロと転がっていると、
頭の中にふと、ある場所の名前が浮かんだ。
「多摩川浅間神社」
私鉄東急多摩川線、多摩川駅のすぐ目の前にあるその神社は、以前から訪れてみたいと思っていた場所だった。
そこは霊山、富士山本宮浅間大社の分社で、本殿の建築様式の浅間造りは、都内では唯一のものである。
最近では映画やテレビドラマのロケ地としても度々登場する、話題のスポットだ。
「そうだ、いい機会だからあそこに参拝しに行ってみるか?」
思いついた僕は、そのまま多摩川駅まで移動して駅前の道路を渡り、境内へと続く急な坂道を上って行った。
途中の石段を少しあがった所には岩で形造られた小さな滝があり、その両側には黒龍と白龍の彫像があった。
「お、こんな所にも龍神さまが!」
思いがけない龍神様とのご対面に、僕は一旦足を留めて手を合わせた。それからさらに登って行くとようやく鳥居があり
その奥には、まるで龍宮城かと見紛うほどの、色鮮やかな社殿が出現した。
「うわあ、素晴らしいな!早速お参りしよっ」
平日とあって境内には人影がなく、僕はためらわずに祭壇めがけて直行し、小銭を投げ入れて頭を下げた。
「神様、どうかお願いします。僕が一日も早く、龍笛・火竜を吹きこなす事が出来ますように!」
その時、僕は無意識に声に出して願いごとを唱えてしまっていた。するとその直後、突然背後から甲高い声が
聞こえた。
「ちょっと、そこのあなた!そのお参りの仕方はなに?それじゃあ神様に失礼でしょ?」
いきなり小言を言われた僕は、驚いて振り返り、その声の主を見た。
そこには一人の小柄な女の子が立っていた。
彼女は長い髪をお団子のようにまとめ、小さな顔とは不釣り合いな大きな黒縁めがねをかけており、
その奥の黒い瞳が僕を睨み付けていた。どうみても僕より年下のその子から叱られるのは面白くなくて、
僕はムッとして反論した。
「神様に失礼ってどういう意味かな?僕はちゃんと頭を下げて、フツーにお願いをしただけだけど?」
すると彼女は小鼻をふくらませて更に怒りをつのらせつつ言った。
「もーう、何にもわかってないな!
大体ね、神社に来たら、まずはあそこのお手水舎で手と口をすすぐのが決まりなの。そうして身を清めてから
お参りするのが常識でしょ?」
(うっ、そうだった、うっかり忘れてた!)
神社に来たのは久しぶりだったので、ついそれを忘れてスルーしてしまった・・・
反論出来ずに黙っている僕を見て、彼女は「それじゃあ、やり直し!」と言って腕を掴むと
半ば強引に手水舎に連れて行き、柄杓を持たせて禊ぎをさせた。その後再び僕を境内の前に連れて行った。
「いい?ここでは二礼二拍手をして、最初にここにお参りに来られた事を感謝するの。それから
自分の住所、氏名、生年月日を告げて、その後忘れずに生まれた年の干支もお伝えするのよ。そうして初めて
お願い事を・・・」
「エッちょっと待って、そんな事まで言うわけ?」
(それじゃ個人情報丸出しではないか )
「あ、今あなた、そこまで言う必要あるかよって思ったでしょ?」
(うっ鋭い!この子一体何なんだよ?)
その後僕は彼女に逆らう事が出来ず、生徒となって指示される通りに正しい参拝法?を無事終了させた。
彼女はそんな僕を満足そうに見届けた後、「今度からはちゃんとお参りしてね?」と言って、その場を
立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待った!色々と教えてくれたのには感謝するけどさ、君って一体何者なの?」
すると彼女はくるっとこちらを振り向いて
「わたし?私はこの神社で巫女の見習いをしているの」
と、事も無げに返答した。
(巫女さんか?なるほど・・・でもちょっと待てよ、見習いってことはまだ修行中の身じゃないか?)
何か言い返そうと思った時には既に遅く、その子は社務所のほうに走り去った後だった。
「なんかちょっと変わった面白い子だったよなあ・・・」
その晩風呂からあがった僕は、二階の自室の窓を開けて夕涼みをしながら呟いた。
生意気な口をきかれたけれど、彼女に従ってお参りを済ませた後は気分がスッキリして、神様とのご縁も
きちんと結べた気がした。
「ま、とにかくこれで気分も改まった事だし、明日からはもう一度、あの笛に挑戦するぞ!」
見上げると澄んだ夜空には、夏の星座がキラキラと輝いていた。