5予兆
気がつけば七夕も過ぎ、賑やかな蝉の鳴き声とともに、本格的な夏がやって来た。
一時はどうなることかと気をもませた火竜も、あの神社参拝が功を奏したのか、はたまた僕の情熱が伝わったのか、
少しずつだが再び美しい音色を出してくれる様になっていた。
こう言うと妙に聞こえるかもしれないが、あの笛は僕がこれまで手にしてきたどの笛とも違って、まるで
心を持った生き物のように感じられる時があった。ある日は素直にこちらの望む通りの演奏をしてくれるので
安心してちょっと気を緩めると、また別の日には一転して気難しい態度に豹変し、いくらなだめすかしても
そっぽを向いて沈黙を決め込む・・・というように。
(やれやれ、これではまるで気まぐれな王女様を相手にしているようではないか?)
僕は腕を組み、何度も天を仰ぎ見ては溜息をついた。
ただそんな中でも唯一、機嫌良く演奏してくれるのが菊石姫に捧げた、あの鎮魂の曲のみであり、それは僕にとっての
慰めとなった。
「音弥ー、余呉のお義母さんからお前に、宅急便が届いたぞー!」
悪戦苦闘の日々を続けていたある日の午後、僕は親父から呼ばれた。下に降りて荷物を受け取ってみると、
ずっしりと重い。何だろう?と思って開封すると、中からはお米と”佃煮”と書かれたパックの箱が二個
入っており、そばには手紙が添えられていた。
「音弥へ
すっかり暑くなったけれど、変わりはないかい?
お陰様でこちらは二人とも元気にやっているよ。少しだけれど余呉湖で取れた、鮎とワカサギの佃煮を
こしらえたから、長浜の美味しいお米と一緒にお父さんと食べてください。
(ただ最近湖の様子がちょっとおかしくてね、いつもより水位が下がっていて、魚の量が減っているのが心配なんだ)
とにかくたくさん食べて、夏バテに気をつけて、また元気な姿で帰って来ておくれ。
おじいさんと楽しみに待っているからね。
余呉の祖母より」
「うわー、超うれしい!!おばあちゃん、気が効くなー。ちょうどおばあちゃんの手料理が恋しくなってきた
所だったもんなあ」
僕の心は一気に弾んだ。
その晩、早速送られて来たお米を炊いて、ほかほか、つやつやの美味しいゴハンの上に佃煮をのせて、
おばあちゃんの懐かしい味を堪能した。
食後、部屋に戻ってあらためておばあちゃんからの手紙を読み返していた僕は、ちょっと気になる箇所を
見つけて眉を寄せた。
「・・・最近湖の様子がちょっとおかしくて、いつもより水位が下がっていて
魚の量が減っているのが心配です」
これは一体どうしたことだろう?
余呉湖と言えば、いつもたっぷりと水を湛えているイメージしかない。そこに住む人々は、その水を農業用水
として用い、またワカサギを主とした漁業によって生活を営んでいるのだから、心配なのは無理もないだろう。
僕はそうした事に思いを巡らせつつ、一方で菊石姫のことを案じていた。
姫はその昔、干ばつに苦しんでいる人々を救うため湖に身を投げて、龍となって雨を降らせた。
それ以来、姫は余呉湖を護る水神として、今でも人々にその恩恵を与え続けているのだ。
(ひょっとして湖の異変は、姫と何か関連があるのではないだろうか・・・?)
突然、僕の胸に暗雲が広がった。まさか姫の身に何か起こったのでは?そんな考えが頭をよぎった時、
ブーッブーッブーッ
いきなり僕の携帯が大きく鳴った。急いで画面を見ると、発信者の名は轟宗次郎となっている。
僕は震える手で携帯を持ち、恐る恐る耳に当てた。良くない知らせではない事を、切に祈りながら・・・
続く