高め合える相手
重徳はその日の夜、家に帰って桜に教わった英語の内容を復習していた。中島桜。重徳は心の中で何度も暗唱した。引っ込み思案な自分が、奇跡的に向こうから話しかけてくるという形で気になっていた見知らぬ他人と知り合えたという事実に対し、
偶然ではない何かを感じていた。
明日も彼女に色々聞いてみよう、彼女のことをもっと知ろう、と思い、明日に備えるのであった。
翌日、街には強風が吹いていた。気候の変化が激しい春にはよくあることだったが、遅咲きの桜が強風に煽られ木の枝ごと靡くのを見ると、重徳は何ともいえぬ不安に襲われる。
放課後、重徳は今日も図書館に直行した。部屋に入ると、重徳たちが最初に出会った時と同じ席に、桜が座っていた。「やあ。今日もはやいね。」「うん、学校がここからすぐそこなの。」桜は勉強に集中していたようだった。覗きこんで重徳が訪ねる。「何勉強していたの?英語?」「ううん。古典。私、英語は得意だけど、古典が苦手なの。桜っていういかにも日本らしい名前なのに!」桜が戯けた様子でこたえた。「えーそうなんだ。俺は古典が一番得意だな。」そういって桜の方を見る。
暫く見つめ合った二人は、わっとふきだした。「それじゃ、私とまるで逆じゃない!私が英語で、重徳くんが古典。分からないところがあったらお互い助け合いましょ!」「いいねー!任せてよ。」重徳はとても嬉しくなり、生まれて初めては勉強にも意欲が湧いてきた。その後日が暮れるまで二人はお互いの苦手なところを教えあった。
帰り道、夕暮れの桜並木を二人は自転車を押しながら二人で話しながら途中まで帰った。「そういえば重徳くんって志望校はどこなの?」「うーん、あまりはっきりとは決まってないけど、一応法葉大学に行きたいと思っているんだ。憧れるしね。」重徳は自信のない顔をして答えた。「え!うそ!私と同じ!あそこ国際系が強いから、前から志望してたの。」思いがけない返答に、重徳は驚いたが、嬉しくなった。「え!じゃあ合格したら一緒に行けるね!よーし、やる気が出てきた!」そう言って徐ろに自転車に乗り、猛スピードで桜並木の突き当たりの一番大きな木の下まで飛ばした後、立ち止まって桜に言った。「来年の春、合格したらまたこの木の下で桜を見よう。そのために一年間頑張ろう。」桜も、強い眼差しで、ポニーテールを揺らしながら頷いた。
そうして二人の一年間が幕を開けたのであった。