冒険のはじまり
街では花火大会や盆踊り大会などの一大イベントが開かれ、自然界では蝉をはじめとする様々な虫たちがひしめき合う中、温暖な気候に安心したのか、ここにも新たに昆虫が一匹、地上の世界に旅立とうとしていた。身動き一つ取らぬ蛹の状態から、
羽化してからニ週間程度は何も食べず土中で過ごし、今宵、満を持して外の世界へ飛び立つ。昆虫の名をカブトムシという、
昆虫の王様とも称えられる、いわば日本における昆虫界の花形。
茶色く、艶のある背中に大剣のような一本角。その凛とした佇まいはまるで、中世の侍を彷彿とさせる。カブトムシは、外の世界を冒険することに、深い感激を覚え、武者震いが止まらない。
暫く辺りを見渡した後、腹が減ったので樹液をを吸うことにした。そして一本の大きな木に止まった。するとそこにはカブトムシの仲間が沢山いたのである。「おい、見ろよ、新入りだぜ!」「本当だ、いいツヤしてんねぇ。」「おい、お前話しかけて見ろよ。」カブトムシは色んな仲間がそれぞれ好き勝手喋るけとに苛立ちを覚えるも、黙ってその場に佇んでいた。
すると、奥から大きな、自分より一回り近く大きな仲間がカブトムシの前に現れた。「お前は先程地上に現れたのか。」とても高圧的で、威圧感のある低くて太い声だった。「ああ、そうだ。」カブトムシも負けじと答える。「ワシはこの縄張りのボス、ビーゴンだ。この縄張りで樹液を吸いたかったらワシに名前を付けさせる義務があってな。どうだ。」カブトムシは怯む事なく答える。「ああ、そいつは嬉しいね。是非ともお願いしたいな。」「今日は人間どもはでかい花火を打ち上げて遊んでおる。あんなしょーもないもんで人間は盛り上がりよる。お前も俺たちを喜ばせてくれ。お前の名前は今日からハナビだ。」ビーゴンが声を張り上げると、周りの仲間たちが囃し立てる。「わかった。よろしく。」そういってハナビは樹液の所に向かおうとすると、ビーゴンが大声を張り上げた。「まった。お前はまだ新入りだ。タダでウチの縄張りの樹液をやるわけにはいかねぇ。いいか、よくきけ。この木からまっすぐ飛んでいって突き当たりの一番高い木だ。あそこにはカブゴンという俺たちのライバルがいる。あいつから樹液を奪ってきたら、俺たちの仲間に入れてやるよ。」ビーゴンの要求に仲間たちがざわつく。それに気を留めず、ビーゴンは続ける。「あいつは俺なみの腕っ節だから潰されちまわねえよう、精々気をつけるんだな。」仲間たちから笑いが起きる。「わかったよ。忠告ありがとう。じゃあ、いってくる。」ハナビは爽やかに礼を言い、高い木の方へ飛び立つ。
こうしてハナビの最初の冒険は幕を開けるのであった。