椿とすみれ
学校に着いた渉は、まず大教室を見渡し、行きの電車で一緒になった女子を目で探す。すると彼女は既に男女数名のグループで机の上に腰掛け、談笑していた。彼女の名前は山口すみれ。
サークルにも複数所属し、何をやっているのか分からないがバイトも忙しいらしく、常に熱愛の噂が絶えない。渉とは対照的ないわゆるイケてる女子大生だ。
「おい。昨日学校休んでまた昼から飲んでたのか。本当にお前はどうしようもないな!」渉の背後から、丸メガネでチェックシャツ、リュックサックを律儀に背負った、如何にもイケてない友達が顔を出す。「うるせえな、ちゃんと代返しといてくれたか?」気だるそうに答える渉。
渉はこの男に自分がキャバクラに行っていることを話したことはなかった。それは渉がこの男、
いや、全ての他人を信用していないからである。信用していない人間に自分の事など一切話したくなかった。
放課後、渉はカフェで時間を潰し、キャバクラが開店するのを待った。
キャバクラに着いた渉は、いつものお気に入りの嬢を指名する。お気に入り、というよりは慣れている相手、と言った方が適切な表現であろう。人見知りな渉はキャバクラにいくといつも同じ嬢を指名する。大きなテーブルに着いた渉と嬢は、他愛も無い話をする。それが渉にとって、心地良い時間であった。それは、自分の存在を他人から認められていると認識できるほど、嬢が自分を持ち上げてくれるからである。もっとも、相手にとっては只の金蔓に過ぎないのだが...。
暫く時間を過ごした後、何やら奥の方で大きな声がした。
「新人の椿っていいます!よろしくお願いします!」へえ、と思って声のする方を見た渉は、この後、絶句した。