真実が知りたい

 いつしか春の終わりになっていた。
 治部が刑部と長浜へ行ったのは冬近い秋だったので、あれからおよそ半年過ぎている。
 今、治部は京にはいないーー「唐入り」のため肥前国(佐賀県北部)名護屋に着陣していた。
 この唐入り、明国を征服しようとするだけあって何から何まで大がかりだ。着陣といっても陣幕を張った野営のようなものではなく、名護屋に各々立派な屋敷を建てそこで生活している。
 屋敷にはたいてい茶をたてるための建屋があったし中には能の舞台まで造った大名もいて娯楽的にもかなり充実していた。
 しかし治部は娯楽的な付き合いは必要最低限で済まし、政務を終えると書院にぱったり一人で閉じこもってしまうことが多かった。
 今日も例外でなく夕暮れ時にただ一人、机を前に腕を組んでじっと座っている。何か考え事をしている様子だ。
 その横顔の輪郭線から大きくはみ出す睫毛は夕焼けの光を穏やかに反射し、すうっと通った鼻筋の先にある品の良い小さな唇はつんとして思わず拝みたくなるほどの清らかさである。
 体つきもその顔に合わせたかのように華奢で、なよなよとした美人といった雰囲気を醸しだすのに一役買っている。
 だがそんな見た目には、決して騙されてはいけない。
 この男、懐には礫(つぶて)や眼つぶしのための砂などよからぬものを常に忍ばせているし、荒くれ者の十人や二十人、刀一つで追い払うだけの腕っぷしの強さを持っている。
 そして何よりそら恐ろしいほど頭がよく切れた。豊臣政権下における大軍勢の移動は治部の頭脳なくしてはあり得ないし、そもそもこの史上類を見ない唐入りの計画も治部がいるからこそだった。
 それは治部にとって少し複雑に思われることなのだが、その話はひとまず置いておく。
 今、治部が頭の中で考えているのは唐入りのことではなく長浜でのことだからだ。半年前の出来事が長浜から遠く離れたここ名護屋で未だ気にかかっている。
 これを細やかな性格と思うか、しつこい性格と思うかは各人の好みによるだろう。


 およそ半年前、盗賊の一味は長浜城を拠点に僧のふりをしながら絹織物や曳山の調金細工を盗んでいた。それらを退治したのが偶然長浜を訪れていた治部と刑部で、捕らえた盗賊たちは現在も石田村で預かってもらっていた。
 盗みの罪を犯しその証拠もあるときたら即時、死罪となっているところ。それが今なお盗賊を生かしたままにしているのは何を聞いても盗賊が何も答えようとしないからだった。我慢比べである。
 特に治部が気になっているのは盗賊が曳山の調金細工を盗んでいたことだった。
 いくら金で出来ていると言っても何かの一部であるのが明らかな形をしている以上、まず盗品とみなされるだろう。それを換金してくれるところとなると限られてくる。
 それなのに調金細工をしっかり計画的に盗んでいるとなると、違法に入手したものと分かっていても取り引きしてくれる人がいること前提で盗んでいるということになる。
 治部はその取引の相手まで突き止めたいのだがこの盗賊たち、頑として口を割らない。
(あれからもう半年も経っている。もしかすると俺の思い違いなんだろうか……)
 それならば調金細工をまとまった金にすることの難しさを知らないままにわざわざ手の込んだ方法で調金細工を盗んだことになる。それはそれでどうも現実的な考えと思えなかった。それで悩んでいる。
(分からん……)
 治部は形の良い丸い額を乱暴にわしゃわしゃと撫でまわした。そのとき自分の知らないうち、眉間に深く皺が寄っているのに気がついたがどうする気にもなれなかった。
「おや。殿、難しいお顔をなさってますな」
「! 左近!」
 自分のすぐ近くにいつの間にか人が控えていたので傍から見たら少し大げさだと思われるほど治部は驚いた。そんな治部を<にやあ>と笑いながらまじまじと眺めているのは重臣、嶋左近清興だった。
 全体的に年若の石田家臣団の中で彼は治部より二十歳ほど年上で、更に数年前から治部に仕え始めたというのにこうして分け隔てなく治部に接することのできる異色の存在だ。
「入ってくるときに声くらいかけてくれ」
「某(それがし)は一度お声掛けしましたが何も反応がなかったもので、つい。申し訳ありません」
 口では謝っているもののなぜかあまり反省しているようには見えない。そもそも本当に“お声掛け”があったかどうかも怪しいと治部は考えている。
「少し考えごとをしているだけだ。邪魔するな」
 相変わらず一筋縄ではいかない、ふてぶてしいとも感じられる目つきをしている、と治部が思っていると、それに気付いたかのように左近が言った。
「殿はいつも考えごとばっかりしておられますなあ」
「なにを。ただ考えているばかりでもないだろ。それよりおぬしは一体何しに来たんだ」
「ああ、これを届けに参ったのです」
 左近はいそいそと早馬から先ほど預かってきた一通の書状を治部に差し上げた。治部にはその紙質でそれがどこからの書状かすぐに分かった。
「これは石田村からの書状じゃないか!どうしてまずこれをさっと渡してくれない!」
 治部は左近にぷりぷりしながらも書状ののりづけを丁寧にはがしていく。
「そんな無粋なこと某には出来ませんな。物事には手順と言うものがありまして、人対人ならまずはきちんと挨拶するのが筋でしょう」
「その挨拶とやらが俺の顔をからかうことか、全く」
 そう言いながらも治部の口元には小さく笑みが浮かんでいた。自分がどうしようもなく悩んでいるとき左近はそうやって気を紛らわさせようとする。
 治部にはそれが分かっているから左近の気持ちが嬉しいやら恥ずかしいやらで頬にほんのりと赤みがさした。
「何か新しいことが分かるといいですね」
「ああ」
 治部はのりづけをとった書状をぱさりと開いて読み始めた。
「……これは……」
 治部の考え方の方針は間違っていなかった。確かに調金細工を取引する予定の相手は初めからいた、と記されている。
 だがその相手はこちらからはどうしたって想像のつかない、しかも難しい相手だった。書状を読み終わるころには頭の中を激しく揺さぶられたような衝撃と焦燥感が全身を伝って嫌な汗が流れた。
「左近。少し出かけることになりそうだ」
 治部は低い声でそう言って書状を左近に返した。
 左近は治部から返された書状に素早く目を通し、読み終えるとさっきとは打って変わって知的にほほえんでみせた。
「殿は少し御加減が優れない御様子、ということでよろしいですかな?」
「そうしてくれ。しばらくの間、頼んだ」
 治部は短く答えて、さっと立ちあがった。


 治部が向かったのは言うまでも無いかもしれない、大谷刑部少輔吉継、もとい紀ノ介の元だ。
 刑部の家臣団と治部は顔みしりなので治部が刑部の屋敷の前に顔を出しただけですぐ奥に通してもらえる。
 刑部は談話の最中だったらしく、刑部のいる部屋へたどり着くまでに部屋から退いたばかりの家臣と廊下で何人もすれ違った。
「紀ノ介、すまないな」
 部屋の中には家臣たちと食べていたらしい菓子の甘い匂いがまだ残っていた。
「おぉ、佐吉」
 刑部は治部の姿を認め、目を細めてほほえんだ。その笑顔には色気があり、それでいて愛嬌に溢れている。
 刑部にとって、治部が自分のところに来てくれるのは心から嬉しかった。ちなみに刑部は治部が世間話をしに来たくらいにしか思っていない。
「何か面白いことでもあったのか」
「いや、それどころじゃない。長浜でのことについて新しいことが分かった。とにかく大変なんだ」
「あれあれ。何か引っかかるところがあるとは前から言っていたがそんなに大事か。まあ、とにかく座ったらどうだ。菓子は?」
「ありがとう。菓子は、いらないかな」
 事の重大性は認識しているはずなのに相変わらず呑気さが感じられる刑部に治部は心の中でがくりとうなだれた。
(でも、こんなの今に始まったことじゃないしな)
 そう考えるとむしろ微笑ましくなって刑部の真向かいにどっしり座る。
「ひとまず手短に話すから聞いてくれ」
「うん、どうした?」
「長浜を襲った盗賊は雇われていただけだったんだ」
 治部はまず結論部分を放り投げることにした。『手短に話す』を有言実行した形だ。
 刑部は幅のある切れ長の目を少しだけ細めた。美しく整えられた三日月型の眉もやや曇る。
「じゃあその雇い主は一体誰だったんだ?」
「それがどうやら南蛮の者、なんだ」
 刑部にもこの答えは予想外だったらしく小さくううん、と唸った。その様子を見て治部は補足的に説明をつなげる。
「石田村から届いた便りで分かったことだ。とらえた盗賊は皆、石田村の屋敷で管理しているだろ?それでその盗賊のうちの一人が突然、見張りの兵に『俺らは長崎で南蛮人に雇われた』ってそれだけ教えたんだ」
「その発言は信用できるのか?」
 長崎にいる南蛮の者が近江国長浜での事件の糸を引いていたとはにわかにも信じ難かった。だが治部は真剣な顔でそれにうなずいた。
「ああ。信用出来る。というのもその直後その盗賊は舌を噛み切って死んだんだ。雇い主を裏切った自分を恥じて、だ」
「へええ。盗賊行為は許せるものではないがその心がけは悪党ながら立派じゃないか」
 これで愉快そうに声をあげる刑部は呑気なものだと治部は再確認した。
「もう。感心するだけではいられないぞ。それがあとの盗賊たちもその『立派な心がけ』をしているから依然として口を割らない。そのせいで南蛮の者が長浜での事件に関係していたってこと以外は本当にまだ分からないんだ」
 これが石田村から届いた書状で分かったことの全てだった。
「なるほどなあ。これは大変だ」
 自分に言い聞かせるように言う刑部に治部はつっこまざるを得ない。
「だから初めからそう言っているじゃないか」
「すまないすまない。なるほど、分かっていないことが多すぎるんだよなあ……まず南蛮の者が盗賊を雇って長浜を襲わせていたのはなぜなのか。そしてそれを白状した盗賊はなぜ今になって急に白状したのか」
「それだよ、紀ノ介」
 治部は一旦間をおいて、再び言葉を続けた。
「なぜ、この頃合いでの白状なのかはまだ分からない。でもな、『長崎で南蛮人に雇われた』ということが自ら死を選んでまで今、伝えなければいけないことだったんだと思うんだ……俺たちにはそれを受け止める義務があると思わないか?」
「じゃあ、行くか、長崎」
 刑部がいつものようにさらりと言ってのけた。だがこの言葉こそ治部が聞きたいものでもあった。
「ああ。長崎へ行けばきっと謎が解けるはずだ。行こう、二人で」
 長浜での事件は治部と刑部で秘密裏に処理した形となっているのでその延長線上にある今回の件も自動的に二人で解決せざるを得ない。そうでなかったとしても、分からないことの多い、つまり不確定な要素の多いこんな話に公儀としての大仰な権力は発動できない。
「やれやれ、佐吉といると本当に退屈しないな」
 刑部は仕方ないという風に、でもそのくせ俊敏に立ちあがった。
「長崎までならここからすぐだ。急ごう、紀ノ介」
 その日のうちに治部と刑部はこっそり名護屋を出発し、長崎へと旅立った。

江中佑翠
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江中佑翠

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