祝宴

 御存じ「天下のご意見番 大久保 彦左衛門」(若い方は、ご存じ無いかも)が、「天下のご意見番」と言われる事には理由が有った。
 彦左衛門は家康に付き従った、三河以来の家臣で、数々の戦を共に戦った、その戦い振りを日記に書いていた、 ” 三河物語り ” である。
 家康が見せろと言っても、門外不出であると頑固に言い張った、仕方無く、家康はお忍びで夜中、彦左衛門宅を訪れる。
 お忍びとは言え、家康は天下人、警護の者が角々に立ち、物々しい警戒の中で、旗本屋敷が並ぶ界隈では、騒然としていたが、家康本人に取っては、お忍びで有った。
 二代将軍秀忠も、三代将軍家光も、同じ様な物々しい、お忍びで彦左衛門の屋敷を訪れた。
 将軍様が初代・二代・三代と訪れる等、ただ事では無い、以来大久保彦左衛門には、重臣と言えど、うかつに逆らう事は出来無く成った。

 五十年程前までは、時代劇映画が全盛で、「水戸黄門」「遠山の金さん」「大久保彦左衛門」が、私たちの3大ヒーローだった。

 その、天下のご意見番 直参(家康に最初から付き従った、家臣)旗本 大久保彦左衛門が上機嫌で祝いの朱塗の角樽を下げ、お付の者と思われる、若侍に大きな鯛が何匹も入った、桶を持たせて、小栗家の屋敷にやって来た。

 小栗家の隠居又一も大久保家も、家康に付き従って来た、武士集団の家柄で、気の合う頑固者同士、この日は、小栗家の五百石の加増を、心から喜び、飲み明かそうとやって来たので有る。

「又一郎は 居るか・・・?」
「又一郎・・・・」大声で叫ぶので、屋敷内に居る者が総て顔を出した。

 大きな声に驚き、叫ぶ大久保彦左衛門を遠巻きにするばかり、そんな使用人達の間を縫う様に。
「大久保様・・・何事で ござりまするか・・・・?」身のこなしの上品な娘が、彦左衛門に声を掛けた。
 小栗家の娘、「 幸恵 」で有る。
 幸恵は、又一郎の妹で、又一郎と同じく、小栗家の家風をしっかりと受け継いだ、言うなれば ” お転婆娘 ” で有った。
 嫁入りの年頃では有るのだが、名門の小栗家の娘ともなれば、嫁入り先を世話する者も、嫁に欲しいと望む者も多かったのだが、薙刀・小太刀・棒術の免許皆伝の強者で、その性格上、並みの男では、納得がいか無いばかりか、自分の婿は自分で決めると、公言して両親を困らせている。

「兄上は まだ お帰りでは有りませんが・・・?・・何用で御座りまするか・・?」
「そうか・・・まだ 戻っては居らぬか・・・?・・隠居は居るであろう・・」隠居又一とは、又一郎の父で有り、十代の頃から、家康に従い、幾度も戦に出陣した仲である。

 旗本 小栗又一郎とは、「小栗上野介忠順(おぐりこうずけのすけただよし)」の先祖で有る。

 幕末「小栗上野介」は、勝海舟とライバルだった旗本同士で、大きくうねりを上げながら、変わろうとする、時の流れに逆らい、徳川三百年の恩顧に報いる為、最後まで徳川の世を守ろうとした。

 勝海舟は同じ幕臣で有りながら、時の流れに乗り、後世に名を遺した。勝海舟の事を知らない者は少ない。
 一方、小栗上野介は、徳川幕府に対する貢献と、日本の未来を案じ、諸外国に肩を並べようと、尽力した人物である事を、を知る者は少ない、

 討幕軍を迎え撃つべき、小栗の作戦も、土壇場に成って、徳川慶喜は、勝海舟の進言を受け入れ、中止と成った。
 その作戦を後に聞いた、討幕軍の総大将「大村益次郎」は、小栗の唱えた 作戦が遂行されていれば 我らの命は無かったで有ろうと呟いたと云う。

 日米修好通商条約の締結の際にも、アメリカ代表が小栗に話しかけた。
 その堂々とした態度に、日本の代表者と間違えたと云う。

 東郷平八郎は、日本海海戦での勝利は、小栗上野介が、横須賀に ” 製鉄所・造船所 ” を建設した、小栗上野介のお陰で有ると、その小栗の子孫に対し「云われ無き罪で処刑された」と名誉回復の言葉を贈ったと云われている。
 その「云われ無き罪}とは、徳川幕府の何百万両の公金を横領した、等の濡れ衣を着せたので有る。
 濡れ衣を着せてまで葬ろうとした。それ程、新政府に取っての最大の危険人物だった、その事が「徳川埋蔵金」を埋めたのだろうと、テレビの特番で、あれ程大掛かりな捜索のも関わらず、掘り当てる事が出来なかった事から考えれば、小栗を陥れた話が、そんな夢の様な話として、現代まで伝えられたのだろう。
 小栗 上野介は、忠義の武士で幕府の、公金を私物化する様な人物では無かったと思われる。

 大隈重信は「明治新政府の近代化政策は 小栗上野介の模倣に過ぎない」と語ったと云われている。

 そんな小栗ことを、勝海舟は。
「眼中には 徳川有るのみで 大局達観の明無し」
「あれは(小栗上野介の事)典型的な三河武士だよ 度量の狭い事が残念なところよ」そう評した。
 そんな勝海舟は、日米修好通商条約の時に咸臨丸で同行、船酔いが酷かったと云われている、活躍する間も無く、小栗より、一足も二足も先に帰国した。
 一方、小栗上野介は、船を乗り換え、諸外国を歴訪、日本の近代化の遅れを目の当たりにし、日本の未来を憂いていた。

 その先祖で有る、三代将軍家光の時代の小栗家の当主が ” 小栗 又一郎 ” であり、代々「又一」を継いだと云われる。
 その ” 又一 ” とは、数々の徳川の天下取りの戦に於いて、” 小栗が 又 一番槍か・・・! ” 又・・一番槍か・・!と手柄が続いた事から ” 又一 ” と呼ばれるように成った。
 彦左衛門も、又一郎の父親を ” 又一 ” と、通称で呼んでいた。
 徳川の旗本を代表する家柄である。

 今、大久保彦左衛門が祝いに訪れたのも、この太平の世に、五百石もの加増を許された事で有った。
 戦乱の世なれば、戦で手柄を立てる事も有るが、家光の時代太平の世が確立されていた。

 それには、頑固一徹の小栗又一郎ならではの出来事が有った。
 江戸城には数多くの門が有る、「大手門・桜田門・半蔵門・等々」その中に、「平川門」が有り。
この平川門には、大奥に近い為、別名「御局門 (おつぼねもん)」と呼ばれ、大奥の女たちが出入りしていた。

 小栗又一郎がこの門番に着いた日、門限を過ぎてから。
「・・開門・・・開門せよ・・・」と門を叩く、者が有った。
「 定めにより 門限は過ぎて居ります・・・お引き取りを・・・・!」又一郎が告げた。
「・・開門・・・せよ・・・わらわを誰と思うておる・・春日である・・門を開き・・通すが良い・・・」その人は、三代将 軍家光の乳母春日局である。
 慌てて、門を開けようとする、下役を止め、
「何人たりとも 定めを破る事は 成りませぬ・・・明朝改めて お出ましを・・・」
 門を開き、通す事を要求する、春日局に対し、頑として引き下がら無かった、この時又一郎は ” 切腹 ” も覚悟していたのかも、知れない。

 春日局は、この事を家光に告げ、小栗又一郎を厳しく処罰するように求めた。
 家光は、
「ご定法を破る事は 例え 予であろうと許される事では無い 小栗ならば 切腹覚悟で通さぬで有ろう・・」
「処罰するは 春日殿 其方である・・しかしながら・・寒い中 門外で夜を明かした事を以って 罰とする・・・」
 それ以上言葉をかける事は出来なかった、家光の何時に無い、厳しい顔を春日局に向けたからで有る。
 この頃、家光は、ご政道にまで何かと口を出してくる、春日局に不満を持っていて、小栗 又一郎、” アッパレ ”と留飲を下げた、結果が、お褒めの言葉と、五百石の加増に成った。

 この平川門、別名「お局門」は、徳川御三卿の通用門では有ったが。もう一つ別名が有った。
 それは、罪人・病人・死人をこの門から、城外へ出し、城内の糞尿を運び出す門で有る事から ” 不浄門 ”とも呼ばれていた。

 不浄門から出された事で、有名な人物は、殿中松の廊下での公家「吉良上野介」に対する刃傷事件を起こした、「浅野内匠頭」で、忠臣蔵として、歌舞伎・映画・テレビで演じられる。
 その他、刃傷事件は、何件か有り、何れも罪人としてこの門から出された。

 大奥御年寄の江島と歌舞伎役者、生島新五郎との密会事件の絵島もこの不浄門から、出され処罰された。
 この事件よりも、破廉恥な事が起こった「延命寺事件」で大奥桃色事件とも云われた。延命寺に於いて、僧侶との男女の営みを繰り広げていた。大奥の女を始め、旗本の後家、町人の女房にまで及んだ、破廉恥な事件で有った。
 この時の寺社奉行は「脇坂 淡路守安薫」で大奥の事には、誰も関りを持ちたく無い者ばかりだったが、大奥の規律の乱れを、調査した結果、延命寺の僧たちと、多くのの女を厳しく罰した。
 時代が前後するが、脇坂 淡路守安照は、元禄時代将軍は、綱吉の時代「忠臣蔵」で有名な「赤穂城受け渡し」に幕府の使者として出向いている。(この脇坂 淡路守安薫は、老中まで登りつめた。)

 初代「脇坂甚内安治」は、秀吉に仕え「賤ケ岳七本槍」有名な猛将で、関ヶ原の合戦に於いて、石田三成を裏切った、裏切り者として、有名だが、実際は徳川家康とと親交が有り、「藤堂高虎」勧めも有り、戦前より家康軍に合流しようとしたが、石田三成に悟られ、妻子を人質に取られ、石田側に布陣した。
 この事は、家康側には有利であり、石田側には不利に働いた石田三成は、小早川秀秋の裏切りは想定せず、小早川秀秋の前に脇坂甚内を布陣させた。石田三成は、脇坂安治が裏切ろうとしても、小早川秀秋の軍勢で蹴散らせると思ったのだ。
 家康からして見れば、小早川秀秋が石田三成を裏切らず大軍が、徳川方に攻めてきた場合、脇坂安治ほどの武将成らば、叶わずとも小早川秀秋軍を足止めし、時間稼ぎには成るだろうと予測していた。
 小早川秀秋の裏切りにより、脇坂安治軍と横並びに布陣していた武将達も、石田三成を裏切り、徳川方に味方した。
 この関ヶ原の合戦での裏切り者とされている武将の中で、「譜代大名格」として、その後260年余り、幕府の要職に就き、明治維新まで続いたのは、脇坂氏のみで有る。
 三代将軍家光が、「寛永諸家系図伝」を編纂、戦国武将の血筋を申告させたところ、「藤原の血を引くとか、元は源氏の血筋」で有ると、殆どの武将が報告したのに対し、脇坂安元(安治の子)は。
・・・・北南それとも知らず この糸の ゆかりばかりは 末の藤原・・・・
 との和歌を詠み、三代前までしか判らず、大した家系では無いと、報告した。家光は、正直者で有ると同時に学も有る者と、信頼を寄せたと云う。

 数々の罪人をこの門より出された。
 その為、” 不浄門 ” と、呼ばれたこの門は、門番の勤めも、やる気が無く疎かに成り、僅かな金銭を、門番に掴ませて、門限が過ぎても通る者が多かった。恐らく、春日局も門限外に通ったのは、一度や二度では無かっただろう。
 三代将軍家光の乳母で有る事を傘に、権勢を誇る春日局が、定を破れば、下の者もそれに習う、この家光の処置は、門限を守らず、通る者にも。通す者にも ” 見せ締め ” と成った。
 流石、名君と、幼い時より、家光を見ている、彦左衛門は眼を細めた。

 小栗邸の客間では、酒宴の用意がされていた。先に運ばれてきたのは、塩焼きにした大きな鯛を乗せた、大杯が運ばれて来た。
 大杯より大きい鯛は、頭と尾がはみ出す程で、その熱々の鯛に酒を注ぐと ” ジュー ” と音がして、波波と注がれた酒は、熱燗に成る。” 芽出鯛 ” 祝いの酒で、これを回し飲みする。
「先ずは 又一郎 好きなだけ飲め・・・ただし・・我らにも回せよ・・・ハッハッハ・・・」上機嫌で彦左衛門が言った。
「では・・・遠慮なく・・頂きまする・・・!」グビグビと音を立てて豪快に飲む。
 少し焦げ目の付いた、塩味と香ばしい鯛からの旨味が、酒に滲み出して、香りと酒の味は格別で、祝い酒に相応しいものだった。

 又一郎から、又一郎の妻( お久 )へ、又一郎の父親・母親そして、妹の幸恵と回された。最期に彦左衛門、彦左衛門は、度々飲む順を回されたが、順序を自ら辞退をし、最後に杯を手にした。
 一口飲むと、満足そうな笑顔を浮かべた。
「・・・柴田・・柴田を此れへ・・柴田を呼んで下され・・・!・・・」彦左衛門が、そう言って、幸恵の方を見た。
「柴田を此れへ 呼んでもよろしかろうか・・・?」
「柴田・・・とは・・・?」又一郎が、訪ねた。
 彦左衛門と一緒にやって来た、鯛を何匹も入れた桶を持って来た、若侍の事を又一郎は知らなかった。
「彦左衛門殿のお連れの者で有れば・・?・・我らに異存はござらぬ ” 久 ” これへ案内せよ・・」 お久が戸惑ている様で、又一郎が、お久の様子を、不審に思いながら。
「どうした・・?・・早う・・柴田殿を・・・此れへ・・・!・・」
 そう催促された、お久は、意味有り気に、幸恵を見た。
「・・既にお帰りに成りました・・・・」幸恵がそう答える、実際は幸恵が追い返したのだ。
「左様か・・・帰ったか・・・?・・・」彦左衛門が残念そうに、杯の酒を飲み干した。
 その残念そうな彦左衛門の様子を見て、一瞬祝いの酒宴の雰囲気が変わったが、彦左衛門は、直ぐに笑顔に戻った。

「あの お方の・・・匂いは・・?・・匂いは 耐え難いもので・・・!」幸恵は、ハッキリとした言い様で、その理由を話した。
 お勝手場が、その匂いで満たされてしまえば、料理その物が食べられ無く成る。それ程、厄介な匂いで、有った。

「そうか・・・!・・そうか・・・!・・これはうかつな事で有った・・・」
「あれは・・・厠 奉行・・だからな・・・・下肥の匂いがしたので有ろう・・・・!・・太平の世のお姫さまには 下品この上無かろう・・・許せ・・?・・許せ・・幸恵殿・・・」彦左衛門は、笑いながら、皆に詫びた。

「わしや 又一は慣れておってな・・神君家康公が 天下を納められるまでの数々の戦では 便意を催しても 悠長に用を足 しておる 暇など無かった・・・?」隠居の又一は、その言葉に、うなずき、酒を飲み、目を閉じた。
「戦は 命のやり取り・・・殺さなければ殺される・・・恐ろしいものじゃ・・・・・」
「恐ろしさの余り 足軽から 侍大将まで・・糞も小便も垂れ流しで・・・皆 下肥の匂いがしたわ・・・のう・・又    一・・」そんな事も有ったと、思い出し話を始めた。

「彦左衛門よ・・・あれは・・武田との戦の時かの~・・・御大将家康様も・・・!」
「オオ~・・・そうじゃ・・そうじゃった・・・・」
「又一郎は 神君家康公の情けない・・悲痛な形相の 絵を見た事は無いか・・・・?」
「・・・・・拙者・・その様な絵は・・・・・?」首を傾げて答えた。
「そうか・・・見た事は無いか・・・?」
「家康様の・・・情けない顔・・・とは・・・?」
 彦左衛門は、身を乗り出し、得意げに話し始めた。
「彦左・・・止めておけ・・・首が飛ぶぞ・・・」
「なあ~に・・家康公 ご自身が わざと絵師に書かせたものだ・・構うものか・・・・!!!そもそも・・おぬしが言い出 した事では無いか・・」
 又一も、真剣に止めている様子では無く、彦左衛門に話させようとしているのだ。

「あれは・・徳川の家臣で有れば 皆知っておろう 徳川軍の負け戦・・武田との戦で・・命からがら逃げかえった 家康公は 居城に戻られた・・・だが・・辺りに異様な匂い・・皆は 家康公が乗られておる馬の匂いかと思って・・・大笑いをした・・・だが・・・その匂いは 家康公が歩く度に・・家康公に、その匂いも付いて行くではないか・・」
 もう、隠居の又一も彦左衛門も笑いながら話すので、内容が他の者には伝わら無い。

 その話は、こうで有る、命から柄逃げかえった、つい先程まで大笑いをしていた、重臣達だったが、家康公を抱える様に歩くと、顔が次第に強張って行った、その匂いの源が家康公で有るが判ったからだ。
 家康公の尻には、糞と小便の垂れ流した跡が有った。その重臣達の顔が面白くて、彦左衛門達も笑った。

 突然、家康公が振り返り、持った鉄扇で彦左衛門を差し。
「彦左・・・貴様・・何が・・可笑しいのか・・・?・・・」と、命から柄逃げ戻った、悔しさと恐怖、鬼の形相で怒鳴りつけた。
 その場の者達は重臣・足軽を問わず、体が氷付いた、名指しされた当の彦左衛門は、驚いた様子も無く。
「重臣諸侯が 笑ろうて居られたので・・釣られて 笑ろうたまでの事・・名指しされるは 八つ当たりでござる・・・!」
 その言葉に、家康公は言葉を返す事無く、鉄扇で自分の太もも辺りを打ち据え、奥に消えた。若き日の、家康と ” 天下のご意見番 大久保彦左衛門 ” である。

「あの時は 皆血の気が引いたぞ・・・・しかし その後 お咎めも無く収まったものよ・・・」
「糞を漏らした己の不覚 笑った者を罰する様な 器の小さな主なら 既に愛想つかししておるわ・・・!」

「そうじゃのう・・家康公も 負けず嫌いなお方よ・・・その時の姿を 教訓として絵師に書かせた・・・惨め姿を・・」
「あの お姿を・・・末代まで残すとは・・・やはり・・・真に並みのお方では無いな~・・・」
「なあ~に・・・やせ我慢よ・・・やせ我慢・・・・!」
「彦左・・・!・・口を・・・慎め・・・プハッ・・・ハハハハハ・・・」
「お主こそ・・・慎まねば・・成らぬ・・・ぞ・・・ウウッ・・ハッハツハハハ・・・」

「良くもま~ア・・・その様な話をしながら・・お酒が召し上げれますね~エ・・・?」
 又一郎の妻 お久 が、手を休め、話を聞いていたのだが、その話の内容に、呆れたのだろう、大杯の大鯛の身を、ほぐしながら、小皿に取り分けていた。

「おお~お・・・この 鯛の身は・・これは旨い・・・」
 その鯛の身はには、塩味も程よく、酒が馴染んだ、酒の肴には、これ以上物は無いと思われ、酒も進む。

「そうか・・・厠 奉行 が 来ておったのか・・・!・・一度 あの男と 飲みたいものだ・・・」
「使いを出して 呼び戻しましょうか・・・?・・」お久が、立ち上がろうとしたが。
「・・・あの匂いは・・・迷惑でございます・・・義姉さま・・・・!」幸恵は、お久の着物の裾を掴んで、言葉をつづけた。
「お土産は 持たせました・・・鯛の頭と骨を 嬉しそうに持ち帰りました故・・犬か猫に食べさせるつもりでしょう・・」
その、幸恵の横着な言い方に、
「幸恵さま・・・お止めなさりませ・・・」お久は、幸恵と違い、慎ましやかな女性で、声を荒げる様な事は無かったのだが、何時に無い厳しい顔で、それ以上の言葉を出さぬようにとの、親心で有ったのだろう。

「そうか 鯛の頭をな・・柴田の お婆殿が 長く床に就いており アラ汁でも炊いて 飲ませるつもりで有ろう・・・」
「犬猫を飼う 程の余裕など 貧乏御家人には 無いよ・・ハッハッハ~ハア・・・」若い娘には滅法弱い、彦左衛門の嫌味 だったのか、それとも、武骨者の彦左衛門が精一杯、その雰囲気を変えようとしたのだろうが、見事に皆をドツボにはめてしまった様で有った。
 とりわけ、幸恵には応えたようで有った。

「サアーそれでは・・・幸恵さま・・・もう他の酒の肴も出来ておりましょう・・・運びましょうか・・・」
幸恵の気まずそうな様子を察して、お久が立ち上がり、幸恵にこの場を離れる様に促した。

 台所には、刺身・吸い物・鍋の準備が整い、出番を待っていた。
「オオ~・・鯛尽くしでは有りませぬか・・・・!」何時も淑やかで控え目な、お久のはしゃぎ振りに使用人も、驚く程で有った。

「義姉さま・・・・・!」幸恵には、お久の気持ちが有りがたく思えた、礼を言おうとした、幸恵の次の言葉を遮る様に、
「サア~・・サア~ 幸恵さま・・・運びましょう・・・皆様・・お待ちかねでしょう・・・」
「お前たちも 旦那さまのお祝いです・・・・頂きなさい・・・!」使用人にも、祝いのお裾分けで有る。

 料理を使用人と共に、手分けして持ち、客間に向かう。幸恵は、気が進まぬまま、残っている、一皿を持ち後に続いた。

 客間では、柴田 政幸の話が続いていた。彦左衛門が柴田の幼い時から知っている様で、幼い時母を亡くし、後を追うかの様に父親の無く成った話をし始めた。

「政幸が、ヨチヨチ歩きを始めた頃 母御が亡く成った・・・・」
「その葬式の時・・・母御が死んだ事を・・まだ理解出来なかったのであろうな・・・・」
「・・母御は何時も通りの優しい顔をして居った 眠っておる様じゃった・・・・」
「冷たくなった・・母御に・・・添い寝をして・・・大勢の人が集まつて 賑やかで その方が嬉しかったのじゃろうな~  訳も解らず ハシャイデおった・・・未だに目に浮かぶ・・・・」
 彦左衛門の眼には涙が浮かび、声も震えていた。
「・・・・いかんな~・・老いぼれたくは無いもんじゃ・・・目から鼻水が出よる・・・・?」

「間も無く 父親も無く成った それから・・爺さん婆さんに育てられたのだが・・・爺様の躾が厳しく それに反抗したの じゃろうな・・・家には寄り付かず 喧嘩三昧の日々じゃった・・・」
「爺様が死んで・・・人が変わった様に 婆様に尽くす様に成った・・・婆様孝行じゃ・・」
「どんな時も庇ってくれた・・婆様には・・何の恨み無く 感謝のみ だったのじゃろうな・・・・?」
「今では 爺様に対しても 感謝しているようじゃがな・・・?」

 祝いの宴は、湿っぽく成って、お久は、居たたまれなくなったのだろう。
「幸恵さまは・・・?・・どうしたのでしょう・・・・?」と、席を立とうとした。

 その時、幸恵は、彦左衛門の話を、襖越しに聞いていた、その話を聞いて、より気まずさが増した。
「お・・お待たせ・・・致しました・・・・」何気なく、立ち上がり知らぬ顔で、入って来たのだが、そんな気配は皆に知らていて、
「幸恵・・・立ち聞いて居ったのか・・・・?」又一郎が厳しい表情で言った。
「・・・いい・・いいえ・・・立ち聞いては おりませぬ・・・座って 聞いて居りました・・・」
「・・ハッハツ・・ハ・・・よい良い・・又一郎・・・良いでは無いか・・・ハハハハハ・・」彦左衛門はその場を収めようと必死だったのかも知れない。

「幸恵の 立ち聞きでは無い・・で 思い出しましたが・・その・・” 厠 奉行 ” の事 一度面識が有りまする・・」
「ほ~・・?・・又一郎は ” 厠 奉行 ” を 知っておるのか・・・?」
「はい・・先日の事 百姓が一人 三人の侍に 追い詰められて 居りました・・」

 三人の侍に、追い詰められて、切り捨てられるかと思った時、” 厠 奉行 ”こと、柴田 政幸が割って入った。
「何事で御座りまするか・・?・・この者が何か ご無礼を働きましたか・・・・?」
「どけ・・退け・・・その方には関りの無い事・・・退け・・無礼打ちじゃ~・・・!」
「この者は 拙者の 存じ居りの者 関りはございます・・無礼打ちとは 穏やかではござりません・・訳を・・・」
「・・厠 奉行では無いか 下郎・・退け・・・問答無用・・・退け・・・!」三人の侍は、刀の柄に手を掛けて身構えた。
 怯え震える、百姓の肩に手を掛け、
「安心しなさい・・何が有った・・・話してみなさい・・お前は・・・?・・・」名前を知っては居たのだが、名を呼ぶ事は無かった。
 名前を言えば、後々難儀事が、その百姓に起こるかも知れないと、声に出すのを止めたので有る。
「要らぬ 詮議は 無用だ・・・その百姓を 我等に引き渡せ・・・」
「命に関わる事を 詮議無用とは・・・理不尽この上無い・・それでも あなた方は 侍か・・・・!」
「この者に 不始末が有るならば この者を束ねる(監督する) 拙者の責任・・訳を納得出来れば その責めは 拙者がお受け致します・・先ずは その訳を・・・」
「訳を話せ・・・何が有った・・・」百姓に問いかけるが、怯えていて、声も出ない様子で有った。

「この百姓は 我らの話を立ち聞きしたのだ・・・訳は分かったで有ろう・・・引き渡せ・・・」
「それに・・下郎・・其方 この百姓の不始末は己の責任・・?・・とか申したな・・其方も同罪じゃ・・・!」
三人の侍は、もう勝ち誇った様に、笑みさえ浮かべた。厠 奉行 柴田 政幸は、動揺する事も無く、百姓に問いかけた。
「何を立ち聞いた・・・覚えが有るなら・・何を聞いたか申せ‥何を立ち聞きしたのだ・・・?」
「問答無用・・・連れて行け・・!」
 お百姓は、厠 奉行 柴田が命を懸けて、庇ってくれる事が分かったので有ろう、声を振り絞る様に、話始めた。
「・・・はい・・・た・・たち・立ち聞いた・・訳では・無いのです・・通りかかった時に お侍さま方の声が聞こえただけ で・・・?・・」

「もう良い・・・連れて行け・・・」三人のうちの一人が、他の二人に指図した。
「暫く・・お待ちを・・・何を聞いたのか・・それが肝心で御座る・・内容次第では・・この者を 引き渡す事も出来ます  故・・・!!」
「それとも・・・余程 聞かれては・・・・?・・・」三人は、その言葉に 慌てた様子で、
「それ以上・・詮議致すのならば・・・その方も 切り捨てる・・・!」三人が刀に手を掛けた。
 だが、厠 奉行 には、その脅しは通じない様で、
「何を聞いた・・・覚えている事を すべて話してみよ・・・?」
「・・・・は・・・はい・・聞えたのは 何とか・・?・何とかの・・?・・かみ様・・・?」
「・・・?・・なんの かみ様・・・?・・か・・・??」厠 奉行 が問い直した。
「・・・その・・かみ様・・という事しか・・・?」
「・・・あとは・・・さむらい言葉で・・・オラには・・・?・・解りません・・・?」
三人侍は、一先ず、” ほっと ” した様子で、顔を見合わせた。

「もう良い・・行け・・・」その百姓を、その場から、遠ざけた。
「あの者は・・・お三方が 何処かの神社にでも詣でる ご相談を成されて居ると思ったので有りましょう・・」
「これにて・・・御納め願いまする・・・!」と 丁重に頭を下げた。納得のいかない三人の侍は、
「あの者の 名前は・・・其方 知っておろう・・名前を申せ・・どこの村の者か・・・?」

「このまま・・済ませて頂きましょう・・・」
「あなた様方の 姓名も・・・身分も・・・存じ上げませぬ・・・」
「城内での 騒ぎが大きく成りませぬ内に・・お引き取りを・・・・!」
「尚・・今後・・あの者の身に 何か異変が有れば・・・不審な密談有りと・・?・・訴える事と成りましょう・・」
その、眼光鋭い眼差しに、殺気を感じた、三人の侍は、スゴスゴと退散していった。

又一郎の出る幕は無かった。
「恐らく・・・ ” 神 ” では無く ” 守 ” で有ろうな・・・?」神では無く守は、同じくかみと読み、かみと言葉に出すが、 ” 守 ” とは、大名等身分の高い侍の氏名の後につく、(例 大岡越前守 前出の淡路守 近江守 等々 この守は、大名の領地を現すものでは無く、役職・位を表すものと言われている。)
 厠 奉行こと、柴田政幸は、百姓には ” 神 さま ”と思わせ、三人の侍には その様に思っている百姓には、何の疑いも持って居ない事を印象付けたのだろう。

「あの者は・・只者ではござりませんぬな~・・・!」又一郎が、彦左衛門を見つめてそう言った。

元野 敏
この作品の作者

元野 敏

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