謀反の芽 

「あの者・・・只者では ござりませぬな~・・・!」又一郎が、彦左衛門を見てそう言った。
彦左衛門は、その又一郎の言葉を笑顔でで返した。
「あの者は ワシが あのお役目に就けたのじゃ・・・!」彦左衛門は、大目付に対し、御家人 柴田政幸を百姓達の監督役に付ける様に申し出た。
 この ” 不浄門 ” は、警護が疎かに成って、今回の様な「春日局門限破り未遂事件」が起きたのである。
 この ” 不浄門 ” の警護をする役人は、他の代表的な門に比べて、手薄に成っていた。
 特に、この門から出される、江戸城の糞尿、つまり下肥を運ぶ百姓達や、運ばれる肥え桶などは、誰も改め様とするものは居なかった。
 門番などの役人は、主に旗本が務めたが、気位の高い旗本成らばこそ、下肥の桶などを改める者はいなかった。
 柴田 政幸は、御家人で身分は旗本に比べる事も出来ない程低い身分であり、旗本は ” 侍 ” 御家人は ” 従 ” という身分だった。
 ” 従 ” とは、カチと読み、歩兵の事。(例 徒歩)旗本は、騎兵 で、侍と呼ばれていた。旗本は、一万石以下の者で、所領を持っていた。(大名は一万石以上)
大久保彦左衛門も小栗又一郎も旗本で有る。御家人は今で言う、サラリーマンで有った。

 厠 奉行こと、柴田政幸は、御家人 年間 米俵何俵と僅かな給金を貰える。旗本は、将軍に拝謁出来るが、御家人は、大目付に拝謁し、将軍さまの顔を真面に見る事は出来無い。同じ徳川家の家臣でも、格差が有った。

 下肥は、この時代の田畑の肥料と成る。将軍は別として、重臣を始め身分の高い武士たちは、良い食べ物を食べていた。特に大奥のの女たちは、贅沢の極みで有っただろう、下肥にも等級が有り、江戸城から出るものは間違い無く特級品で、長屋など庶民の物は、粗末な食生活で、質が良く無かった。
 実際には、大奥の物には、化粧に ” 鉛 ” が含まれ、それを排出し、下肥としては体には良くは無かったようである。
ともあれ、糞尿を汲みに来る百姓達は、将軍さま以外男子禁制の大奥に、汲み取りに自由に出入り出来た。
 勿論、大奥の中に入れた訳では無い、あくまでも厠の汲み取り口までで有る。

「確かに 平川門 (不浄門の正式名)の役人は 勤めに身が入って居らぬようだ・・・?」
「もしも 百姓達に紛れ善からぬ者が紛れ 大奥迄入る事と成れば・・・・上様のお命も・・・・!」
「兄上 その様 大事なお役目成らば 剣術の腕も大事では 有りまぬか・・・?」幸恵は、あの異臭のする、柴田政幸がその様な、大事なお役目を果たせるとは思えなかった。
「その訳は 彦左衛門殿に聞くが良い・・・?」又一郎は、その訳を、先日の出来事、三人の侍に追い詰められた百姓を助けに入った、毅然とした態度で感じ取っていた。

 兄 又一郎から、「彦左衛門殿に聞くが良い・・・?」と言われ、又、彦左衛門の長い、自慢話が始まるのかと、兄嫁のお久の顔を・・・・やれやれ・・・と、言わんばかりに、見つめた。
「彦左衛門さま 何故・・?・・あの・・かわや・・いえ・・!・・柴田・さまに・・・?」
「そもそも・・・・」彦左衛門の長い話を、要約すると。

 政幸を育てる事と成った、祖父の躾が厳しく、家に寄り付かぬように成り、喧嘩三昧の毎日だった、政幸の ” 喧嘩 殺法 ” は、相当なものだった。
 祖父が,亡く成り人の変わった、政幸は、「一刀流の道場」に通う様に成ったが、身分の低い政幸に稽古を付けてくれる者も、稽古の相手をしてくれる者も無かった。
「どんな事が有っても 一生懸命 生きよ・・良いな 誰かが見ていてござる・・誰かが・・・?」そんな祖母の口癖を、守っていた。きっと、祖父も躾を厳しくする事で、それを教えたかったのだろうと、今は思う。

 道場の掃き掃除から、拭き掃除、師匠・師範の胴衣の洗濯、稽古の時は、末席に正座し真剣に見ていた。そんな政幸の姿を、見ていた道場主が、稽古が終わって、拭き掃除をしている政幸に、木刀を投げた。それを、難なく掴み取った政幸に、
「サア~・・・打ち込んで来なさい・・・!」道場主の言葉が、聞こえなかったのか、理解できなかったのか、正座のまま木刀を、左側に置き、両手を前について、頭を下げ動かない。
「どうした・?・毎日 道場の掃除をしに来ている訳ではあるまい・・・稽古を付けてやると申しておる・・・?」
政幸は、震えていた。
「・・?・・震えておるのか・・・稽古が恐ろしいのか・・?・・人の稽古を見ていたであろう・・・思う様に 撃ってくれば良いのだ・・・木刀で死にはせん・・腕の一本位は 折れる覚悟はいるがな~・・・」

政幸は、恐ろしい訳では無く、道場主との稽古など、恐らくは余程の身分の高い者か、相当の名の有る武芸者で無ければ、許される事では無い殆どの稽古は、師範代が相手をする。
政幸は、この道場に入門して、初めての稽古が道場主で有る事に驚いていたのだ、静かに立ち上がり、稽古の作法通り、一礼をして構えた。

「・・少しは・・習ったか・・・何流だ・・?」その構えを見て、道場主が訪ねたが、剣術を習った事は無かった。
政幸は、この道場で見たままの構えただけに過ぎない。
「オッ・・・!」ドドドドドオッ・・道場主は辛うじて、体をかわした。
道場主が礼が終わり、構えようとした、瞬間に政幸が打ち込む、鼻先で、空を切った。

 道場主は、油断したのだ、政幸の喧嘩殺法は、 ” 先手必勝 ” 道場を開いて以来礼をして、構えようとした。 瞬間に打ち込んでくる門弟は居なかった、油断で有る。
 それからの打ち合いは、五分五分に見えた、合わせ打つ木刀を跳ね返す、重さを互いに感じ、互いの強さが伝わって来た。

「政幸の喧嘩殺法は ワシらが戦での実践と同じよ・・・のう・・又一・・・!」又一郎の父又一は、腕を組み目を閉じて聞いたいた。
 この話に、食いついて来たのが、今まで、彦左衛門の長い話を、飽き飽きして聞いていた、幸恵で、彦左衛門の長い話の続きを待っている様だった。

「それから何年か経つと 道場主と政幸の間は 師匠と弟子の関係では無く成ったのだ・・・?」
「・・・では・・破門に・・・・!」幸恵が、空かさず訪ねた。
「・・慌てるな・・幸恵殿・・・厠 奉行の話だぞ・・・?・・幸恵殿は 嫌って居ったのでは無いか・・・?」意地悪く、焦らしている様な、彦左衛門。
「・・・嫌うとか・・・嫌わぬとかの・・話では・・ご・・ござりませぬ・・・・!」一瞬頬を赤らめた幸恵を、横目で見たお久が、含み笑いをこらえる様に、袖を口元に当てた。
「・・・何ですか・・・義姉さま・・・」先程から、何か苛ついている様な素振りの幸恵。
「おお~・・怖い事・・・!!」お久が、相変わらず笑顔で幸恵を見つめる。
義姉を見て、幸恵は気持ちは、見透かされている気配だった。
「幸恵殿・・・話を続けて良いのか・・・それとも・・止めても良いのじゃが~・・・・」彦左衛門も幸恵をからかっている様だった。
「彦左・・・話を・・・」父親の又一が、助け船を出した。
「師匠と弟子間では無く成った 言うのはな~・・・」道場主は、政幸の喧嘩殺法を、自流に取り入れようとしていた。

「その後の二人の修練は 一刀流に政幸の喧嘩殺法を取り入れる事、政幸の喧嘩殺法には・・・教える事は無い・・どう言えば良いのかの~正式な・・・武道の品とでも云うものを教えた・・のかな~・・・?」
「では・・かわや・・・いいや・・政幸さまは 一刀流の免許皆伝で ございますね~・・・・?」
「そうでは無い・・道場主は 政幸の流派は 政幸独自のもので 我が一刀流を継ぐ者では無い・・・とな・・・」
「おお~・・・幸恵殿は 女薙刀の免許皆伝で有ったのう~・・あっぱれあっぱれ・・・」
「・・・からかうのは お止め下さりませ・・・!!!」幸恵は、少々気の短い、男勝りで、両親は勿論、兄の又一郎も手を焼いていた。

「・・ホホホ・・すまんすまん・・話を続けても・・良いかな・・・幸恵殿・・ん~ン・・」一々、彦左衛門の言い回しには、気に食わぬ様子の幸恵である。
「一刀流には 政幸の我流の良き所を取り入れ 政幸には 武道の ” 品格 ” を教えたのじゃろう・・・」
 師弟関係では無く、お互いに善き所を 学び取り入れる 同志の様な関係だったのかも知れない。政幸には、幼い時に別れた、父親の面影を見ていたのかも知れない。

「ところで その お百姓さんは 大丈夫でしょうか・・・?」お久が、心配そうに呟いた。
「・・・んん~ん・・・厠 奉行 が 釘を指した故・・・百姓を始末する事は・・・無かろう・・・?」
「その三人の侍が 愚か者成らば・・・厠 奉行・・柴田を始末した後に 切り捨てるで有ろうな・・・」
「・・愚か者成らばとは・・・どの様な・・事でしょう・・・・?」お久が、又一郎の父で有る舅又一に訪ねた。
「気の小さい者が良からぬ事をを企てると・・・疑心暗鬼に掛かるものでな~ァ・・・味方でさえ疑う事が有る・・」
「それに 愚か者成らば 静かにしていれば良いものを ついつい大事にしてしまうものだよ・・・!」蟻の一穴が、堤を破壊する様な大事に成る。
「その三人が 企てが露見する事を恐れて 厠 奉行と 百姓を切り捨てる様な事が有れば 大事に成り逆に その企てが露見する恐れが有る 反対に 大事の前の小事と判断し 静かに時を待てば その企てが露見する事は無い・・」

「では・・・気が弱い 愚か者で無ければ・・・・かわ・・いや・・柴田さまが その企てを見逃した・・事に・・・?」
「そう成るで有ろうな・・?・・幸恵どのが毛嫌いなさる・・厠 奉行は 間抜けな男・・と言う事じゃな~・・?」
彦左衛門は又、意地悪い言い方をした。
「愚か者成らば・・柴田殿と百姓の命が危うい・・無ければ・・・企てが・・・・?・・何れにしても その三人の出方しだい・・○○の守・・どう出るか・・・・・・?」

「何れにしれも 彦左衛門殿・・・気を付ける様に・・・厠・・いや・・柴田殿に・・・・!」
「・・ん・・うん・・伝えておこう・・・」

 加増の祝いは、翌朝まで続き、使用人達の笑い声が聞こえた。

 厠 奉行こと、柴田 政幸の身には、何事も無く半月が過ぎた。気が緩んだ時が、最も危ない、やはり三人の侍が、百姓の命を奪おうとした、立ち聞き事件は、他愛も無い内緒話だったのだろうか。
 それにしては、人ひとりの命を奪おうとして、騒いだ事は、ただ事では無い、三人の侍は聞かれたと慌てた話は、何だったのか、このままでは、済まぬような胸騒ぎがする。
 特に幸恵は、気を揉んでいたのだが、当の政幸は、大久保彦左衛門の暇つぶしで有る「魚釣り」に付き合っている様で、呑気なもの、それが尚更、気にかかっていた。そんな幸恵の心配が、現実に成る日が近づいていた。

 ある朝の事、
「・・・?・・・久・・・幸恵は・・?・・まだ 寝て居るのか・・・?・・」訪ねた。
「・・幸恵さま・・は・・夜明け前に・・・魚釣りに・・・」
「・・?・・魚・・?・・魚釣り・・?・・だと・・?・・魚釣りに・・と・・聞こえたが・・?」その、お久の言葉を聞き間違えたと思った、又一郎が聞き直した。
「・・ハイ・・魚を釣りに行くと 申されて・・夜が明ける前に出て行かれました・・・・」
「・・幸恵が・・?・・魚を釣りに・・?・・一人でか・・・?・・一人で出かけたのか・・・?」
 実は、今日が初めてでは無かった。毎日では、無かったが、誰かと約束でもした様に、いそいそと出かけて行く、お久が不思議に思い、尋ねて見ると、大久保彦左衛門と一緒らしい。
「何・・彦左衛門殿と一緒だと・・・」
「・・はい・・幸恵さまと 彦左さまと そして・・・政幸さま・・と 三人かと・・・?・・」お久は、義姉で幸恵は、小姑と成るのだが、世間では兄嫁と小姑と言うものは、仲の悪いものと相場は決まっているのだが、お久と幸恵の性格が正反対の為か、お久を庇う事の方が多く、今のところは本当の姉妹の様であり、お互い何事も、打ち明け相談している様である。
「幸恵さまは 正義感の強いお方 政幸さまが 三人の者達に襲われるのではと心配しておられるのでしょう・・・?」
「・・政幸殿は 剣術の達人ぞ・・・おなごの幸恵など 足手まとい・・この上無いわ・・・!!」
「そうかも・・知れませぬが・・・わたくしも そう申しました・・!・・聞き入れる・・幸恵さまでは ござりませぬ!」
・・・・・・お久の言う事を聞かぬ成らば、親の言う事も聞かぬで有ろうな~ァ・・・・・
又一郎は、黙り込んでしまった。

「魚釣りから帰ると・・機嫌の悪い日 良い日が有って・・・悪い日など わたくしも使用人も 腫物でも触る様で・・」
「・・・負けず嫌いな幸恵の事だ・・・彦左衛殿と政幸殿に魚が釣れて 負けた日で有ろう・・・」
「・・・そうでは ござりません・・・」
「・・?・・そうでは無い・・・何故機嫌が悪いのか・・?」又一郎は着替えの手を止めて、お久に訪ねた。
聞こえなかった訳では無いのだが、又一郎は強めに帯を結ぶことを好むので、非力なお久は、歯を食いしばりながら締めている。
「・・・?・・何故・・機嫌が悪い日と良い日が有るのだ・・・?」
「よくよく話を聞けば・・・機嫌の悪い日は・・彦左衛門さまと政幸さまの間に入れ無かった日かと・・・?」
「・・・???・・間に入れ無かった日・・・????・・間に座れ無かった・・?・・と・・・?」
「そうではござりませぬ・・・話の中に入れ無かった・・と言うと事です・・・」
「・・・バッ・・馬鹿な・・それでは・・幸恵が二人に嫉妬しておる様に聞こえるでは無いか・・・」
「・・・そうかと・・思えば・・・」お久が、言い難いのか、話が途切れた。
「・・どうした・・何か・・?・・言い難い事か・・?」
「・・幸恵さまが・・・政幸さまの・・・匂いの事を・・その・・・」又も、言い難そうなお久に、
「・・?・・言い難ければ・・言わずとも良い・・幸恵の事だ・・政幸殿に無礼な事を 申したので有ろう・・・?」
「・・政幸さまの・・その匂いには・・もう慣れました・・・と 言ったそうで・・・!」言い難そうに、お久が又一郎の眼を見ずに言った。
「・・何と・・無礼な事を・・困ったものだ・・政幸殿は 如何した・・?」
「・・はい・・・そうですか・・?・・慣れましたか・長屋の路地を歩けば こんな匂いが致します・・将軍様もお姫さまも・・飲めば 出る・・食えば出るもの同じ事・・同じ匂いが致しますな~ア・・・」
「その様に申されて・・・その無邪気な政幸さまに つい笑ってしまったと・・・」
「・・・無邪気な物言いに・・笑ってしまったか・・・幸恵の相手では無いな・・政幸殿は・・」

「機嫌の良い日は・・・わたくしが 何も尋ねぬ内から 幸恵さまが話始めます・・・・」
「どの様な事を・・・?・・・どの様な事を話すのだ・・?・・ハア・・早く申せ・出仕の刻限だ・・・!」
「・・・お急ぎならば・・・お帰りに成ってからでも・・宜しいのでは・・・・」
「・・その方・・・お久・・お久・・・意地が悪く成りおったのでは無いか・・・」
「・・何でも・・政幸さまが子猫を懐に入れて 出仕成され・・・大奥のの近くに放されたとか・・その子猫 ひと月もすると 丸々と太って居るのだと政幸さまが 笑って居られたと・・ああ見えて・・政幸さまは 優しいお方だと・・」
「・・・その様な事か・・・他愛も無い・・どうでも良いは・・その様な・・・?・・待てよ・・・?」又一郎には、思い当たる事が有った。
「・・・何で御座いますか・・・何か・・・思い当たる事でも・・・?」今度は、お久が訪ねる晩で有る。
「・・・いいや・・・大した事では無い・・戻ってから話す・・・・・」
「・・・旦那様・・も・・・意地の悪い事・・・」
又一郎を見送り、” お久 ” と 呼ばれたのは初めての事で、何ぜかは判ら無いが、嬉しい様な気持ちに成った。
 子猫の事で、又一郎が思い当たる事とは、つい三日前の事、春日局とすれ違った、相手は上様の乳母、頭を下げ丁重に道を譲った。
 一旦、通り過ぎた春日局が、小栗又一郎だと気付いて立ち止まり。
「・・これは これは・・小栗殿・・お役目大義・・お役目大事の小栗殿は・・ネズミ一匹通さぬで有ろうが・・・猫の子は通される・・・余程の猫好きの様じゃ・・・ホホホッホ・・・」そう言いながら、又一郎を一度も見る事無く、去って行った。
 この事を、お久に話すと、
「春日局さまは、どんなに意地悪なお方かと思うておりましたが・・・可愛いお方ではござりませぬか・・」
と笑っていた、政幸が子猫を大奥に放したと言う事で、春日局の話が繋がった。
「・・政幸め・・・一匹や二匹では無いぞ・・・春日局殿のあの口振りでは・・・?」
「・・それはともかく・・くれぐれも・・幸恵が魚釣りに出かけて居るなどとは・・・!」
「父上・母上には・・内密に・・・な~ァ・・・・!」何事も無く、過ぎれば良いがと思いながら、心配するだろう、両親を気遣った。

 案じ事が起こったのは、間も無くの事。小栗の屋敷に、幸恵・彦左衛門・政幸の三人が、怪我人をを運び入れた。
「何事で御座りまするか・・・・??」お久が訪ねた。
「こ奴が 我らを襲ったのだ・・・!・・後の者は 逃げおった・・・!・・」
襲った侍を、連れて帰ったのは、怪我の治療をする為では無い、襲った訳を聞く為で有る事は言うまでも無いが、お久は消毒用の酒と ” さらし(包帯用の布) ” を用意して侍の傍に座った。

 襲った侍は、スキを見ては逃げようとしていたが、切られた足の傷がそれを許さなかった。
「旦那さまは お役目で登城しておられます 如何なさるおつもりでしょうか・・・?」お久は、少々迷惑気で訪ねた。
「勿論・・襲った訳を聞き正す為・・・」
「・・・何も知らぬ・・何もしゃべらぬ・・喋るものか・・・・!」足を切られて、逃げる事が出来ないと思ったのか。
「喋る位なら・・舌をかみ切るぞ・・・・!」
「ほほ~・・・舌をかみ切れば・・其方は死ぬぞ・・・死ねば ご公儀に届出無ければ成らぬ・・」
「直参 旗本の小栗又一郎の屋敷で しかも大久保彦左衛門のいる前で自害したと成ると 大事じゃぞ~・・・!」
彦左衛門のこの言葉に驚いた様に。
「・・・旗本の・・お・・小栗・・・大久保・・?・・どの様な事に成ろうと 何も喋らぬ・・・」
「喋らずとも良い・・おぬし・・この間の・・一人で有ろう・・・」政幸が三人の侍の一人で有りで、襲って来た数人の侍たちに指図していた者だと気付いて捕らえたのだ。
「あの時・・これで納めれば 三人の侍の名も知らぬ 身分も知らぬと申したはず・・聞いて居らなかったのか・・?」
 あの時、百姓や厠 奉行 政幸に企てを知られたものと、疑心暗鬼に掛かり、何らかの行動に出るはず、その事で企てが、大きいものか、他愛も無い事かの判断が付く、命を襲った事で、企てが重大もので有ったと言う証拠に成る。
「観念いたせ・・もう その方らの悪だくみは露見した・・何を企てた・・その首領は誰か・・・?」
「・・・・・・・」大人しく成った、侍の手当てをしようとお久は、袴の裾に手を掛けたが、足を引き袴を抑えた。
「早く手当てをしなければ・・傷が癒えませぬ・・・・!」お久は、袴を捲り、傷を見て一瞬顔を背けた。
 大した傷では無かったが、その足は血で染まっていた。幸恵とお久が丁寧に、傷口の血を酒で拭い取り、傷を酒で洗い、包帯を巻いた。

 その侍も人の子で有る、命を狙った相手に、手当てをしてもらって、少しは心が和んだのかも知れない。
「・・・誰の命令か・・は・・・存じませぬ・・・・」
「この期に及んで 隠し立ては無用・・・正直に申せ・・・・」彦左衛門が厳しく声を掛けた。
「あの時 百姓が ” 何々のかみ ” と申したのは ” 神 ” では無く ” 守 ” で有ろう・・?」
「・・・・・・!」何も答えない。
企ての内容も、首謀者の名前も喋らず、自分の名も明かさぬまま、時が過ぎた。

「・・帰れ・・もう良い・・あまり遅れると おぬしの命も危ない・・」
「お主らの名も 誰の家臣かも聞かぬ・・・・」
「・・良いか・・此れから言う事を おぬしの主に伝えよ・・!」
「今後 この様な事を再び起こせば 旗本 小栗又一郎さま 同じく 大久保彦左衛門さまが 直接上様に 謀反の事有と申し上げると伝えよ・・・!・・良いか・・必ず伝えよ・・・」
「その足の傷も浅い 時が来れば治る・・・行け・・・」彦左衛門も何も口を出す事は無く、政幸の言葉に従った。

 夕刻、又一郎が、城から下がって来た。お久が、今日の出来事を、事細かに話した。
「厠 奉行め・・彦左衛門殿や幸恵だけでは飽き足らず・・わしまで巻き添えにしおったか・・・!」
「・・さて・・?・・どう出るか・・・?」幸恵が部屋前に来て。
「兄上・・入っても 宜しゅうございますか・・・?」
「・・構わぬ・・・入れ・・」幸恵が兄から小言を言われるのを覚悟で、部屋を訪れた。
「・・・御帰りなさりませ・・・・!・・お叱りをお受けに参りました・・・!」
「・・・お叱りとな~ア・・怪我は無いか・・・無ければ・・叱る事など無い・・」幸恵は、ほっとしたのか、大きく息を吐いた。
「・・・何と・・幸恵さま・・・おしとやかな事・・・」お久が、又一郎の着替えを手伝いながら、又一郎の肩を叩く。
「義姉さま・・・」気の強い幸恵が、それ以上、言葉を足す事は無かった。
「あらかたの経緯は お久 から聞いた・・・・?・詳しく話してみよ・・・」
「・・・?・・・お久・・・?・・」幸恵も、兄又一郎が、義姉の名を ” お久 ” と呼ぶのを初めて聞いた。
何時もは、 ” 久 ” と呼んでいたからで、” お ” を付けて呼ぶ事は無かったからで、何か兄が妻の事を認めた様な気がした。お久も、同じように名前に ” お ” を付けて呼ばれた事に、又一郎が自分に対しての温かさみたいなものを感じていた。

 今日の出来事。何時もの様に、早朝の静かな水面に糸を垂らしながら、のんびりとしていたが、突然。
「・・・油断なさるな・・・・!」政幸が呟く。
「・・・虫の音が・・途絶えました・・・恐らくは 数人の者かと・・・?」
「・・・何・・・数人の者・・・?」
「・・幸恵さま・・・ご老体・・の事・・・頼みます・・・・」
「・・・ご・・ご老体・・とは・・・?・・わしの事か・・・?・・無礼ものめ・・・!」
「・・・ご老体・・と言えば・・・彦左衛門さましかおられますまい・・!・・わたくしが・・お守り致します・・」
「・・・!!・・馬鹿を申せ・・老いたりと言えど・・この・・大久保彦左衛門・・・まだまだ・・・」
 彦左衛門の言葉を無視するかの様に、幸恵が彦左衛門の袖を掴み引っ張る。
「・・・そう・・その様に・・引っ張るな・・・!・・足が・・あしが縺れるでは無いか・・・!!・・」その引手の強い事、よろけながら幸恵に付いて行く、いや、引きずられて行く。

 草むらから、6人の布で顔を隠した侍が飛び出して来た。
「・・・顔を隠すとは卑怯せんばん・・・・顔を見せよ・・・名を名乗れ・・・ハ~ア・ハ~ア・・」息切れしている。
「・・・彦左衛門さま・・・落ち着かれよ・・幸恵が付いております・・・・」
「・・・馬鹿を申せ・・・ハ~ア・・ハ~ア・・落ち着いて居るは・・ア・・・ハ~ア・・ハ・・」
 この事態に、彦左衛門は、厠 奉行 政幸や幸恵を和ませている様で、二人が顔を見合わせ笑みを浮かべた。

5人の侍が、政幸を囲み、刀を抜き合い対した。5人が自分に向かって来る事を承知した政幸は、
「・・幸恵さま・・・殺しては成りませんぞ・・・」そう言いながら、その場を離れる、5人はその後を追う。
 政幸は、幸恵が一人なら、遅れをとる事も無いと判断をし、その場から5人を遠ざけたのだ。

「・・・政幸・・・殺しては・・成らんぞ・・・」政幸の受け売りで有り。思わず幸恵が噴き出しは笑った。
「・・・何を笑う・・恐ろしくは無いのか・・・おんな・・・」侍が、上段に構え、襲い掛かる。
「・・・年寄りと・・女と思おて・・軽く見おったな・・・・この・・愚か者めが・・・!!!」威勢は良かったが、幸恵が背中越しの掛け声だった。
 幸恵が如何に、女薙刀と小太刀の免許皆伝で有っても、実践の経験は勿論無く、道場での顔馴染みの者との立ち合いとは訳が違った。大刀を振り回す、侍に短刀で立ち向かっても勝ち目は無い、彦左衛門が大刀を幸恵に差し出したが、女の身に大刀は重すぎ、かえって、スキが生じる。幸恵は、彦左衛門の小刀を抜き取り構えた。
 僅かな地面の凹凸で転ぶ、彦左衛門を庇いながら、相手の切っ先を除け無ければ成らず、幸恵は、一人では無く、二人相手に戦っている様なもので、手間取っている間に、政幸側は静かに成って、一人の侍を抱える様に連れて来た。
 幸恵を相手にしていた侍は、政幸が捕らえ連れて来た侍の姿を見て、逃げて行った。

 事の次第は、この様なものだったが、幸恵は、5人を相手に引けを取らずに戦った、政幸に未だ不満がある様で。
「政幸さまは 人が良過ぎます・・・命を狙った相手を帰してしまわれるとは・・・・」
「又また 幸恵の負けず嫌いに戻ってしまったな~・・・」
「・・・政幸さまには 何かお考えの有る事でしょう・・・そうでしょうね~・・旦那さま・・・?」
「・・姉上は 厠 奉行・・さまを・・・?・・・思慮深いお方と・・?・・お思いですか・・・?」幸恵のは相変わらず、政幸には厳しい言葉に成る。
「お百姓が命を狙われた時 見逃さなければ 命を狙われる事など成ったのです・・・・!」
「それにまた 命を狙った者を 詮議もせずに帰してしまわれる等・・お人好しと言おうか・・・?・・おろ・・」愚か者と言おうとしたが、愚か者と言う言葉は、飲み込んだ。

「さて・・・その侍達の主がどう出るか・拙者も・・彦左衛門殿も・・気を付けなければ成らぬな~ァ・・・」
 その明くる日、城から戻る又一郎が、すれ違った彦左衛門に声を掛けた。
「・・彦左衛門殿・・・お城に何か御用で・・?・・」彦左衛門は、何か考え込んでいた様で、少し驚く様な様子だった。
「・・・おお~・・・又一郎か お役目は終わったのか・・?」
「実は・・・先日の事を 脇坂 淡路守安正様に伝えておこう 思おて来たのだが・・・?」( 脇坂淡路守安正とは、前出の脇坂甚内安治の子 )
彦左衛門も、政幸が公にする事を望まなかった、襲撃事件を打ち明けてよい物かを迷っていた。
「しかし・・・このまま終われば良いが・・・あの者達が再び撃って出る様な事に成れば 天下の一大事と成り可ねぬ・・」
「・・・・脇坂様も 軽はずみには動かれますまい・・・?・・思慮深いお方と聞いて居りますが・・」
「間違いは無い・・・脇坂様なら・・・」
「・・・そうじゃな~・・やはり・お耳に入れておこう・・・」彦左衛門は、城内に、又一郎は屋敷に向かって歩き出した。

 その日の夜、彦左衛門は、又一郎の屋敷を訪れた。
「・・それで・・・話が繋がった・・・」と、話を聞き終わると同時に、脇坂淡路守安正が、膝を叩き何かに納得したと言う。
 今朝、幕閣の中枢にいた ” 松平 能登守 ” が、お役御免を自ら申し出たと言うのだ。
「松平様は とかく噂の絶えぬお方で 徳川氏を名乗って当然の家柄と 公言されて居るとか・・・?」
「・・・とにかく 油断成らぬお方・・・・」脇坂淡路守安正が、そう彦左衛門に打ち明けた。

 もし、彦左衛門らを襲った者達の主が、 ” 松平 能登守 ” で有れば、話が通る。この企てが露見する前に、自ら身を引く事で、小栗又一郎や彦左衛門らの詮索を避け、総てを棚上げにする事で、公には成らず、ほとぼりを冷ます魂胆で有ろう事は、容易に想像できた。

 これで一件落着と、彦左衛門は楽天的だったが、又一郎は、何か胸に痞えるものが有った。それは、厠 奉行 政幸も同じ思いで有った事を、今も続く三人の魚釣りで幸恵に話した。
 彦左衛門はその時、釣り糸のウキを眺めているうちに、” うつら うつら ” と居眠りをしていた。

「些細な落ち度も見逃さぬで有ろうし どの様な小さな事も踏み台にして 伸し上がるで有りましょう・・・」幸恵にそう呟いた。
 彦左衛門は、二人の邪魔に成らぬ様に、居眠りをしている振りをしていたのだろう。
「・・・又一郎や政幸は 抜かり無き様にせねば成らぬぞ・・・老いぼれの わしは・・もう長くは無いからな・・・・」
彦左衛門は、そう言って笑った.


・・・・・厠 奉行と呼ばれた 侍・・・後編に つづく・・・・・・・





元野 敏
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元野 敏

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