情報交換
治部と刑部が石田屋敷に到着すると、左近は既に二人を待っているところだった。
「どうだった!? 儂らはうまくやった!」
戦果を報告し合うための部屋に辿り着くまでの時間が惜しく、治部は刑部を引っ張って廊下を走るように歩きながら左近に問いかけた。
左近は涼しげに笑っている。
「こちらもぬかりありません。全員確保しました」
「よしっ!」
奥の部屋に辿りつき、三人、腰を下ろしてからは大っぴらにできない話を始めた。
「それで火車のことは? 新しいことは何か分かったか?」
「ええ。それはもう、色々なことが分かりました」
左近は順を追って話し始める。
「まず気が付いたのは、工員たちが火車の一員とそうでない者に分けられるのと同時に、火車の中にも異なる種類の人がいるということです。ただの火車の一員と、何か違うニオイを持った火車の一員。この違うニオイを持った人たちは戦えば手強くなる人たちだと思いました。抵抗せずにすんなり牢に入ったのは少し気にかかりますが、これはひとまずおいておきます」
治部と刑部はそれぞれ納得してうなずいた。
「確かに、夢で戦ったときにも戦力差は感じたな。戦い方もちょっと違う。手強かったのは刀がこう、真っすぐの……」
治部は夢の中では負傷していて、細かいことに気が付く余裕がなかったが今なら分かることがあった。
「直刀を持っていて、最後には鎖分銅を使っているのもいた……もしかしなくとも忍の者だな!? 城に忍び込めるなら忍だと言っていたが、一人だけではなく複数いたんだ。今日、天守で捕まえた者もおそらくそうだろうし」
次は左近が納得したように、ふんふんとうなずいた。
「では某が違うニオイだと感じたのはその忍の集団なのでしょう。怪我をしているのも一人いましたから、それは昨晩破壊を行って、見張りの兵に怪我を負わされた者かもしれません」
「夢にもいたな、怪我をしているのが」
刑部が言うと、治部はそうだったっけなぁと思い返す。
「動きが遅いと感じたのがいたが、あれがもしかしてそうだったのか?」
夢の中で、その彼は怪我を負っていると分からない見た目だったために、どうして刑部も左近も彼が怪我を負っていると分かるのか治部には不思議でならなかった。しかし、治部が誰を思い浮かべているのか、刑部にも左近にも分からないので答え合わせのしようがない。
「ともかく、忍の者たちは皆、左手に火車の印が焼き入れられていましたから、単なる戦闘力として雇われているのではなく、何か理由があって火車に入れ込んでいるのでしょう。用心が必要ですね」
「変な集団だなあ。狂人たちの集まりに、忍、か」
刑部はいまいちぴんと来ていないようで首をかしげていたが、忍がいかなる理由をもって火車に属していようとも今は関係がなかった。殿下の暗殺と天守の消失を目論んだ罪は絶対に許されないからだ。
左近は続けて話す。
「次に、親方を個別に呼び出して話を聞きました。親方は火車ではない人で、こちらが聞くまでもなく色々と火車について教えてくれました。可哀想に、火車は城で修復をする仕事が入ったという情報をどこからともなく聞きつけて、割り込んできたんだそうですよ。仲間のふりをしろ、さもなくばどうなるか知らないぞと脅されているのだそうです」
「そうか。そりゃあ火車の自作自演なのだから、仕事が入る頃合いも分かるよな。火車は街の人にも酷いことをするんだな?」
治部の問いかけに左近は顔をしかめた。
「ええ。それはもう。火車は最近、急激に悪名を高めて今や街の誰もが逆らえないようです。とにかく、自分たちの言い分が聞けないとなると、好き勝手に暴れまわるのだそうで。初めのうちは街の腕に覚えがある者で、抗議しに奴らの巣窟へ向かったそうなのですが……」
「誰も帰ってこなかったのか」
刑部の低い声に左近は曖昧にうなずいた。
「返ってきたのは首から上のない骸(むくろ)でした」
「う~ん……」
想像するだけで気分の悪くなる話だ。
「“お上”に相談しようものなら、家族がどうなってしまうか、街の人たちはいやでも分かってしまう。結果、街の人たちも火車の存在を隠しました。今、これだけのことを工員が教えてくれたのは、こうなったからには見て見ぬふりをするより、真実を知って火車を何とかしてほしいからだそうです。涙ながらに言われましたよ」
「そりゃあ、これだけ聞いておいて何とかしないわけにはいかないよな」
治部が刑部の方を見ると、刑部も「もちろん」と表情を引き締めた。
「念のため、親方だけでなく無差別に何人かを個別に呼び出して話を聞いたのですが、皆同じようなことを言っています。何か思惑があって口裏を合わせているというわけではない限り、正しいと思われる話です」
「仮に嘘を言っているとしても、儂らにはそれしか信じる情報がない。あとは行って直接確かめる! 火車の巣窟はどこにあるか分かったか?」
「はい。地図で教えてもらいました。この辺りです」
左近は用意していた地図を広げて、その部分を指さした。
「ものすごい街中にあるんだな……」
治部はそのようなおかしな集団は辺鄙(へんぴ)なところに居を構えていると思っていたので、街に溶け込むように存在している火車の本拠地はどのような様子のものなのか全く想像がつかなくなった。
「じゃあ、刑部殿と二人で行ってくる。兵が出せたらいいが、殿下にまず事情を説明し、話を通し……となれば時間がかかるだろう。逆に今すぐ動けば、まだ向こうは己らの作戦が失敗したことに気付いていないから油断していると思う。それでも、もし二人では手に負えないと分かれば、すぐに引き返す。どうだ?」
「どうと言われましても、反対したところで行くのが殿でしょうよ」
よく治部のことを分かっている左近は、危険な場所へ平気で行こうとする治部が心配には決まっているが、それをやめさせようと説得することは初めから諦めていた。
「なんだと、それだといつも儂が言うことを聞かないみたいじゃないか」
「ええ、殿はいつも言うことを聞かないです」
左近が間髪入れずに反論すると、刑部が笑っている。
「左近殿、いつもお疲れ様ですなあ」
治部の頑固さは刑部も知っているところだが、治部が面白いのは自分ではかなり聞き分けがいいと思い込んでいるところだった。
「刑部様も、どうぞうちの殿をよろしくお願い致しますね」
「はい、喜んで」
刑部は治部の方を見て、にこっと笑う。
「二人してなんだ、もう。じゃあ、行くぞ!」
治部はわざと不機嫌そうな顔を作ったが、本気では怒っていないのでどこか甘い顔である。
「無事に帰る」
「必ずですよ」
治部と刑部は屋敷を飛び出し、いよいよ火車の心臓がある街の中へ駆けてゆく。