第二話 ネコ耳幼女の依頼

カチカチ……。
 無機質な時計の針の音が響く。
 AS(アズ)探偵事務所の中は現在、くたびれた長テーブルを挟んで、ショウとネコ耳幼女が無言のまま、お互いを見つめあい座っているという、異様な空気と光景に包まれている。

「……」

「……」

「……ゴホンッ」

「ひっ!」

 痺れを切らし、ショウが咳払いをする。
 そんなショウの行動に反応して、ネコ耳幼女の耳がピクッと反応する。

「…………」

「……(ブルブル)」

 すっかり怯えきっているネコ耳幼女を見て、ショウは大きな溜息を吐く。

「一つ聞くが……俺の顔はそんなに怖いか?」

 額に手を当て、疲れた表情をしながら、ショウはネコ耳幼女にそう尋ねる。
 ショウの言葉を聞いて、ネコ耳幼女がおずおずと口を開く。

「いや、そのようなことはない。端整な顔立ちに、整った鼻筋、しかも細身なのになかなかの筋肉質な身体。恐らくは今時で言うところの『いけめん』という奴なのではないか?」

「……時代錯誤の言葉遣いで、丁寧な説明痛み入る……。では聞くが、なぜお前はそんなイケメンの俺にそんなにも怯えているのだ?」

「目つきが怖い!」

 ショウの質問に間髪入れずにネコ耳幼女が答える。

「…………」

「……(ぶるぶる)」

「……(ジロリ)」

「ひぃっ!」

「はいはい。だめでしょ~ショウたん。小さな女の子をいじめたら」

 いつの間に事務所に入ってきたのか、二人の間にアルが割って入る。

「ごめんね~ネコ耳ちゃん。ショウたんてば、昔から目つきが悪くてねぇ。でも安心してね。別にあれは怒ってるわけじゃないから。ただ無愛想で仏頂面で目つきが悪いだけの、人畜無害なただのお兄さんだから~」

 間延びした独特の口調で喋りながら、アルがネコ耳幼女の前に、グラスにほんのり汗をかいたオレンジジュースを置く。

「言いたい放題だな、おい……」

 言い返したいのはやまやまだが、全て紛れもない事実なので、ショウはそれ以上語らず、代わりに再び額に手を当て、大きな溜息を吐く。

「まぁまぁ。ちなみにネコ耳ちゃん、ボクのことは怖くないの?」

「お主のことは怖くない」

「そっかそっか~」

「それにお主も『いけめん』だと妾(わらわ)は思うぞ。お主も目鼻筋も整っておるし、その後ろで縛っている長い銀髪もとても美しい。物腰も柔らかいし、とても親しみやすい」

「どうしようショウたん。この子、とってもいい子だよ~」

「ふん」

 不機嫌そうにそっぽを向くショウに、アルが上機嫌に話しかけながら、ネコ耳幼女の頭をナデナデと撫でる。

「ただし、その線目と何を考えているかわからん笑顔は、とても胡散臭い」

 頭を撫でられながら放たれたネコ耳幼女の言葉に、アルの動きがピタッと止まる。

「なので、お主は別に怖くはないが、あまり信用はできん」

 続けざまの痛恨の一撃に、アルの笑顔がヒクヒクと痙攣する。

「アル……お前の言うとおりっ……とてもいい子じゃないか……ククッ」

 後ろを向き肩を震わせながら、ショウが必死に笑いを堪えた様子で固まっているアルに話しかける。

「あはははは……」

「それに妾の名はねこみみなどという名ではない。葛葉(くずは)という名がちゃんとある」

 涙目で乾いた笑いを漏らしているアルをよそに、ネコ耳幼女が自己紹介をする。

「葛葉……」

 葛葉という名を聞いて、ショウがふと真面目な顔になり、何かを考えだす。

「どうしたのじゃ?」

「いや、なんでもない」

 ショウは一つ息を吐くと、着ているスーツの襟を正し、ネクタイを締め直す。

「こちらも自己紹介が遅れて申し訳ない。俺はショウ。ここの所長を務めている。そこで固まって笑い泣きしているのはアル。俺のの助手だ」

「ショウにアル……。それは本名か?」

「もちろん偽名だ。職業上本名が割れるのは色々と面倒なものでな。必要以上に本名は明かさないことにしている。不快と思うかもしれんが、許してほしい」

「ふむ、そういうものなのか。『たんてい』という職業もなかなかに大変なのじゃな……」

 顎に手を当て、うんうんと納得したように葛葉が首を縦に振る。

「それより、だいぶ脱線してしまったが、本題に入ろう」

「本題?」

 葛葉が小首を傾げる。

「何か依頼があるから、このAS探偵事務所に来たのだろう?」

 ショウがそう言うと、葛葉は思い出したように、ハッと目を開く。

「そうだ! 妾はお主らに調べてほしい事があるのだ」

「調べてほしい事? 何かな何かな~」

 いつの間にかショウの隣に座っているアルが、間延びした口調で葛葉に問う。

「貴志(たかし)の真意を、調べてほしいのだ」

「貴志……?」

 その瞬間、ポツリポツリと屋根を雨が叩く音が事務所に響く。
 窓から差し込む太陽とは裏腹に、強くなっていく雨音。

「狐の嫁入りだ……」

 窓に目を向けた葛葉が、どこか悲しそうな表情で、晴れ渡る雨空をぼんやりと見つめながら呟く。
 そんな葛葉を見つめながらショウは心の中で、ふと不安を感じていた。

(そういえば、こいつ……金は持っているのか?)

 実に益体のない不安であった……。

暁 時雨
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暁 時雨

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