「ほら、１年、飯食う前にボール磨きだ」
昼休みになると同時に、２年生３人がボールを教室に運んできた。
「これでしっかり磨けよ。頼んだぞ」
手渡される、薄汚れた布きれ。
布？

「これって…」
勇太が広げる。
「ああ、ストッキングだよ。これで磨くとピカピカになるんだ」
「ストッキング…」
「お前らも、母ちゃんの使い古しとか持ってこい」
「うげ」
大げさに勇太が嫌がる。
「お袋のストッキングなんて使いたくないですよ。みやびちゃんの履いたのだったら喜んで磨きますけど」
「お前なあ…」
２年生にも１年生にも呆れられ、勇太は１人でふてくされている。

「そういや、みやびちゃんは一緒じゃないのか？」
問いかけられた秀典に視線が集中する。
「は？知らねえよ。マネージャーは磨かねえだろ。ってか、俺に聞くな」
つっけんどんに答える秀典。

「ああ、１年マネなら３年の教室行ってるはずだぜ。緒川先輩にテーピング習ってるとこだろ」
ボールを磨きながら２年の１人が教える。

「テーピングですか」
勇太が興味津々に聞き返す。
「指とか足とか、放課後すぐ練習できるように昼休み中に巻いておくんだよ。２年は２年のマネに巻いてもらう。俺らは巻く必要ないからここに来てるけど、他の奴らは巻いてもらってるはずだ」
「そっかあ。怪我すると、みやびちゃんにテーピング巻いてもらえるのか～」
ニヤニヤしながら勇太がボールを磨く手に力を入れる。
何を考えているんだか。

「それって、マネージャーさんはお昼食べられないじゃないですか？」
気になって秀典が問いかけた。１０人以上にテーピングしていたら昼休みが終わってしまうじゃないか。
「あ？ああ。そうだよ。だからマネは午前中、１０分休みに早弁」
「え？１０分？」
「そ。いつもだから慣れちゃったけど、顔に似合わず早食いだぜ」
「いや、早食いっていうか…体に悪そうですけど…」
秀典はボールを磨く手を止めた。

「まあ、そうかもしれないけど。マネージャーにはマネージャーの伝統みたいなのがあるからなあ。俺らが口出せるもんでもないし」
「はあ…」
「部員より先に体育館に行かなきゃいけないからって午後の授業はジャージで受けてたりするし」
「そうなんですか」
「うん。朝からジャージの時もあるよな」
「そうそう」
２年生が口々に言って頷く。みみはそれを知ってマネージャーを引き受けたのだろうか？秀典はぼんやりと考えた。
きっと何もわからずに入部してしまったのだろう。大丈夫なのだろうか。

「人の心配してる場合じゃねえぞ。さっさと磨かねえとお前らも飯抜きになっちまう」
２年生の言葉に、秀典は慌てて手を動かした。
そうだ。
自分もちゃんと食べないと、過酷な練習に耐えられない。
今日からは、みみの先導で走るのだ。情けない姿は見せられない。


「あの…一応コースは先輩から聞いてるんですけど。もし間違ったら教えて下さいね」
みやびが自信ななさげに言いながら自転車をゆっくりと漕ぐ。
１年生はそれに並走するように、昨日走った地獄のコースを進んでいく。

「みやびちゃん、優しいなあ。昨日の緒川先輩なんて、ホント鬼みたいに飛ばしてたんだよ」
勇太がぴったりとみやびの横に付いて走っている。

秀典はチッと舌打ちして、みやびの前に出た。

「おーおー。良いとこ見せようと思って張り切っちゃって」
わざとらしい勇太の言葉に、秀典は冷静に返事した。
「あんまり戻るのが遅いと、先輩たちに怒鳴られるだろ」
秀典の言葉に、他の１年生もスピードを速めた。

「あ、ごめんなさい…」
シュンと小さくなるみやびを、勇太が大丈夫だよと明るく励ましている。
秀典はさらにスピードを出して、一心不乱に体育館を目指した