こんな噂がある。

 『不幸泥棒』というやつがいてな。こいつは他人から『不幸』を盗んでいくんだそうだ。
 『不幸』を盗まれるとどうなるかって?
 『不幸』を盗まれたやつは文字通り『不幸』が無くなり、『幸』だけになるのさ。

 人々はこれを噂としか思わなかったが、もしいるなら来てほしいと思っていた。



 ある日、とある男が目を覚ますと、枕元にこんな手紙が置かれていた。

「あなたの『不幸』、頂戴いたしました。 ――不幸泥棒」

 男は驚き、そして喜んだ。これで自分は幸運になれると思った。
 その日から、男は幸運な日々を送った。
 仕事が上手くいき、生活が豊かになった。付き合っていた女性とも結ばれた。
 お酒を頻繁に飲めるようになった。ギャンブルをしても負けることは殆どなくなった。
 そんな生活が、三年続いた。

 しかし、三年後のある日、目覚めた男の枕元にこんな手紙が置かれていた。

「あなたの『不幸』、御返しいたしました。――不幸泥棒」

 男はショックを受け、そして嘆いた。幸せな日々は終わってしまうと思った。
 その日から、男は不幸にも遭うようになった。
 突然雨に降られ、鳥の糞を浴びることもあった。
 ギャンブルで負けることも多くなった。酔って落し物をしたりもした。
 男は自分がとても不幸だと感じた。誰より不幸な男だと、そう思った。

 けれど、嘆くばかりの男に、男の妻は苦笑いを浮かべた。

「何を言っているの? それぐらい誰にでもあるわ」

 男は自分の自惚れを悟り、反省した。
 その日から、男は自分を不幸な男だと思わなくなった。



 『不幸泥棒』はどこにでも現れる。
 人々から『不幸』を盗んでいき、そして突然『不幸』を返す。
 いつ『不幸』を盗まれ、いつ『不幸』を返されるのか。

 それは誰にもわからない。

高城飛雄
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高城飛雄

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