俺は、私は、満月の日に生まれた、その月はとても白く、とても大きくて印象に残ったそうだ。だから俺は、だから私は、結月、美月と名付けられた。
 大きな西瓜に潰される夢を見ていると、不意に後頭部に軽い痛みが走った。慌てて目を覚ますと、俺は教室で席に座っていて、皆が俺を見て笑っているが、隣の席の美月だけが握り拳を固めて睨んでいる。頭をはたいたのはお前か。少し別世界に行ってただけだろ? しかも西瓜に襲われてたし。
「おーい。結月、さっさと進路相談表受け取りに来ないと先生が勝手にネオニートって書いちまうぞ?」
「なんですかそれ……」
 流石にそれは困るので大人しく受け取りに行った。軽く目を通していると、
「実はお前だけなんだからな、決まってないの。他は六月の時点で決まってる。これは再確認のためのものだ」
 そんな嫌味を言ってきた。そんなことはわかっている。けれど俺にはこれをどうしても書けない理由があった。

「……で、結局どうするの?」
 放課後。二人の家がある集落に続く田舎道を歩いていると美月は唐突に訊いてきた。
「何のことだよ?」
「決まってるじゃん、進路希望の事」
「そうだな……」
「何かやりたいこと、ないの? まぁ、結月の事だから寝て過ごすとかなんだろうけどさ」
 美月は意地悪そうに笑う。僕は言い返そうと口を開き……諦めた。
 やりたいことなら、実はある。けれどそれを口にすることが、そしてかなった先に待っている未来がとても怖い。だから俺は話題を逸らそうと、
「美月はなんて書いたんだよ?」
「私は決まってるじゃん。家業を継ぐ」
 美月と俺は生まれた時からの幼馴染だ。俺たちは小さな村に住んでいて、誕生日が同じで同じ月の由来を持つ名前、母親同士も幼馴染といった繋がりから、美月は兄弟よりも深い付き合いをしている。俺は美月よりも美月の事を知っているだろうし、美月は俺より俺を知っているだろう。
そのため、美月の家もよく知っている。彼女の家は農家だ。牛を数頭と段々畑、山を一つ所有している。一人娘の美月が継ぐのは当然の事なのだろう。
「そうか、そうだよな」
「村から出たいの?」
 俺は立ち止まっていた。自然と隣にいた美月は俺の前に出て、振り返った。
 図星だった。俺は東京の大学に行きたかった。東京の大学で農業を学び、外界から切り取られた村を救うこと、それが俺の夢だ。
 過疎化は村にも来ている。何しろ生まれ育った村だ。村の人は全員家族で、だからこそ一人、また一人と減っていくのを見てきた。彼女が家を継いだとしても焼け石に水、根本的な解決法を俺は手に入れたかった。
 けれどそれは、一時期にでも生まれ育った村を離れることを意味していて、なにより……。
「な、何? じっと見つめても誤魔化されないよ。どうなのさ!?」
「……言えない」
「へぇ、そうなんだ。私に隠し事するんだ」
 彼女の真摯な視線が消え、殺意を含んだ目に変わった。
 やばい。具体的に言えば、小学生のころにスカートの中を見てしまって顔面に馬糞を投げつけられた時くらいにやばい。でもあの時は春で、雪解けに馬糞が使われていたから、秋の今なら大丈夫なはずだ。さぁ、なにがくる!?
「言わないと結月のエロ本の隠し場所、おばさんに教える」
「母さんにっ!? いや、そもそもそんなもの持ってないぞ!?」
「そうだよね、巻小屋の左の隅に積んである巻の下にビニール袋の中になんて入ってないよね? 結月の部屋の東から三枚目、北から二枚目の畳を返しても薄い本なんて出てこないよね?」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
 俺は砂利道であるのにも気にせず、土下座をしていた。
「まったく、私に隠し事しよう、なんて発想が甘いんだよ。ちゃんと焚書するだけで許してあげるから、頭上げなって」
 結局処分するのかよ! しかも焼いたら取り返しつかないだろ!? そんな魂の叫びを声に出せば、俺ごと燃やされかねないので唇をかんで耐え、おでこにめり込んだ小石を払いながら立ち上がった。
「まったく結月は私というものがありながら……。で、話す気になった?」
「…………言えない」
「そっか、言えないか」
 彼女は一つ頷いて言った。
「じゃあさ、ちょっと付いてきて」
 美月は俺が驚くのも気にせず、手を引いて歩き出す。もしかして俺の前でエロ本を差し出して公開処刑する気だろうか? それとも拷問して言質を取るのだろうか? あらゆる結末が予想できて、それは全てBAD ENDだった。俺の未来を想像していると、いつの間にか俺たちは山を登っていた。この山は美月の家が所有している山で、いばらなどといった植物は取り除かれて、細いながらも道が整備されているので、学生服でも登りやすいのがうれしい。15分ほど登ると、頂上に出た。
「これは…………」
頂上は小さな広場のようになっていて、視界が開けている。ここまではいつもの風景だ。
しかし今だけは全て違う色に染まっていた。眼下の棚田は夕日に照らされて収穫間近の金色の穂を揺らし、どこまでも続く山々は薄い橙色に染まっている。点々と見える家のなかには俺たちの家もあり、窓ガラスが夕日を反射している。青空はグラデーションに変わり、世界の境目には真っ赤に燃える陽が今日の終わりを伝えていた。
「ね、すごいでしょ。この場所の風景はこの季節に見るのが一番なんだ」
「ああ、これは最高だ……」
 思わず頷いていた。否定のしようがなかった。しかし、言ってから気づいた。美月は俺を引き留めようとしている。でも、美月と田んぼを耕すのも悪くないかもな。耕運機や稲刈り機がぼろぼろでも、いつか二人になってしまうとしてもこの自然に囲まれて生きていけるならそれでもいいか。
「だから、行ってらっしゃい」
 へ? 余りの不意打ちに変な声が出てしまった。今のは空耳か?
「だから、私に隠し事しようなんて発想が甘いのよ」
 彼女が差し出したのはスマートフォン。そこに映っていたのは俺が米俵の中に忍ばせていた東京の農業大学の赤本だった。エロ本の数段上の機密事項として処理していたはずなのに。
「……俺は」
「何悩んでるの? 大丈夫、結月なら受かるよ、意外と頭いいし」
「意外とは余計だっ!」
「だって会話してるとバカだもん」
 酷い……。そこまで言わなくてもいいんじゃないのか? 俺泣くぞ?
「ま、受からなくても別にいいんじゃない? どっちでも許してくれると思うよ、おじさんもおばさんも、村の皆も」
「わかってる……」
 そもそも村が過疎化しているのは出ていこうとしている人たちを引き留めようとしないことにも一因がある。縛りつけても仕方ない、送別会まで催して別れまで楽しむ。それがこの村の伝統だ。
「話してみなよ、話さなくてもいつか私は答えを見つけると思うし、手間をかけさせないでほしいかな」
 ……そう、だな。俺も正直限界だった。俺は村と俺の将来、東京へ行く理由を話した。彼女は黙って聞いてくれた。そして、
「何より俺は美月と離れるのが嫌なんだよ……。美月と離れている間に美月がどこかに行ってしまうのが怖いんだよ」
 すべて話し終えて、沈黙が降りる。それを破ったのは美月だった。
「ばっっかじゃないのっ!!!?」
 驚くべき力で胸ぐらを掴まれて、額に頭突きを食らう。頭の中がぐらぐらと揺れる中、彼女は再度胸ぐらを掴み、顔を近づけて言った。
「私はアンタの重りになったつもりはないわよ!!! 私の居場所は結月の隣であって、肩の上じゃない!!!」
 言い切るや否や、平手打ちの音がした。遅れて方が熱を持ち始める。逃げろ! ともう一人の俺が絶叫する。しかしその声は二発目の平手打ちで消え、結局解放されたのは30発目の平手打ちで口の中に溜まっていた鮮血が空の舞った後だった。
「わかったぁ!?」
 両方の頬が腫れ、口の中の至る所が切れてしゃべれない俺は僅かに頷いて伝えた。そうすると満足したのか、
 
美月は俺にキスをした。

茜色に染まる世界の中でも一番赤く染まった彼女は、本当に小さく呟いた。
「キスの味はイチゴ味を期待してたけど、案外苦くって、鉄臭いものだね。仕方ないか……」
 誰のせいだこの野郎、こっちは顔の感覚がなくなって分からなかったんだぞ、と怒鳴ってやりたいけれど、何故だか面白くっておかしくって、肩があまりに軽くなってつい笑ってしまった。それにムッとしたのか美月は僕の額をでこピンで弾き、赤くなった額を指で押して言った。

「待ってるわよ。ずっと待ってるに決まってるじゃん……結月が帰ってくるのは私の村なんだから、私の所なんだから」

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