14:『己己己己』


 神社。この古びた建造物を神社と呼ぶべきなのだろうか。ただ古くてボロボロの建物なのだろうか。いや...おそらく神社であろう。
 俺がこの古びた建造物を神社だと判断した理由は階段を登り終え、この古びた建造物を【知っている】と思い、記憶の引き出しを漁(あさ)った後。知っているという事だけを知っていると記憶の引き出しを元に戻した後の事。
 俺はそこの、広い敷地を見渡し、この場所に来るため階段を上り終えても気づかなかった【それ】を目にしたからだった。【それ】は古びたボロボロの神社には似付かわしくない物。場違いと言ってもいいくらいの物だった。
 それはボロボロの神社とは不釣合いな最近作られた様な大きな大鳥居だった。その大きさは身長172cmの俺が縦に三人重なったところで届くかどうかというほどに大きな大鳥居だった。その大きさゆえに階段の両側に生い茂る生き生きとした木々に隠れて今、こうして見渡さない限りは帰りまで俺はその存在に気づく事は無かっただろう。
 
 俺達はこの神社に吸い寄せられる様にたどり着いたが、何のために此処(ここ)に来たのか全く分からないのであった。
 ただ、家に帰る様に訪れた神社。俺の記憶の始まりであるこの神社の事を俺は知っているという事を知っている。それ以上は何も知らない。でもなぜか落ち着いた。まるで此処が俺の居場所かの様に、落ち着いた。自分の家でもこんな気持ちは味わった事が無い。気持ち良いと言うのだろうか、居心地が良いと言うのだろうか。美月と景もまた、同じ気持ちだったと言う。そんな気持ちのせいもあってなのか二人は凄く眠いと言って俺の影の中へと姿を消してしまった。
 俺はと言うと、少し眠くはあったがそこまでではなかった。
 俺の記憶は此処から始まった。この古びた神社が俺のスタート地点と言っても俺からすれば大袈裟(おおげさ)では無い。中学二年の夏、俺は友達と遊び疲れて、帰り道に有るこの神社で休んでいて寝てしまったと先に言ったが、友達と遊んで疲れたというのは覚えている。だが、誰と何をしてどう疲れたのか。遊び疲れたからこの神社で休んだのか。実を言うと分からないのだ。外で寝てしまったのなら疲れていて寝てしまったのだろうと思うのが普通だろう。
 しかしながらこうして再び俺のスタート地点であるところのこの神社に訪れて思ったが、疲れて休むにはこの神社は適切な場所とは言えない。疲れて休むならなにも、この神社である必要が無い。疲れているのに体力の消費が激しいこんな長い階段を上がるのは、後に休憩したとしても最善の策とは思えない。しかもこんなボロボロでいつか崩れそうな(既に所々崩れかかっている)神社で休むなんて、いくら俺でも軽率(けいそつ)過ぎる。
 まぁ俺がいくら考えようと此処で、この神社で、中学の頃の様にただ休んでいるに過ぎないのだ。
【下手の考え休むに似たり】と言うやつだ。このままでは四年前の二の舞いを演じかねない。此処は立ち去るとしよう。
 だが、神社にまで来て何もせず背を向ける俺でもない。神社と同じでボロボロではあるが賽銭箱もある。
 参拝くらいして帰ろう。ん? でも俺は何処に帰れば良いんだ。あの二人は俺という寝床があるが、このままじゃ俺は野宿になってしまう...そんなの嫌だ!!いくら夏とはいっても夜は流石(さすが)に冷えるだろう。なんて考えて、『どうか良い寝床が見つかりますように』とボロボロの賽銭箱へ小銭を投げ入れ手を合わせるのだった。

 ゴロゴロー!!

 雷だ。そんな音に少し驚いた俺であったが、その後、もっと驚く事があった。ボロボロの神社の境内の扉が急にギシギシと凄い音を立て、正規の開き方ではないであろう開き方をした扉の内側に一人の男が姿を現した。

 「かっ神様?!」

 「そう、我は神なり へへっ」

 確かに。確かにだ。このタイミングでその台詞は流石とも言える。神なりと雷をかけているのだろうが。

 「その台詞はパクリだ!! お前の台詞じゃない!!」

 「ばれちゃった? 僕はワンピースを愛読していてね いつもコンビニエンスストアで立ち読みしているんだよ」

 いや...立ち読みで愛読と呼べるのだろうか...
 男はそんなパクった台詞を吐いた後『ところで』と話し始めた。

 「ところで__何か悩み事があるんだろう?」

 なんで分かったのだろう。そういえばこいつは俺の事見えているのか?

 「悩みと言うか...それよりあんた、俺の事見えているのか?」

 「見えているとも 僕も君達側の者でね」

 そんな事を言う男は三十代後半といった所でポロシャツに半ズボン、ビーチサンダル、火の点かない銜(くわ)え煙草という神にしては随分と軽い男だ。まぁ服装なら俺も人の事は言えないが...しかしポロシャツの襟を立てている神が居るだろうか。いや、その襟は本当に立ち過ぎである。立っているというどころではない。立ち過ぎである。首でも支えているのだろうか。

 「なぁあんた? 本当に神なのか?」

 「そうだよ 君と同じ 神さ」

 ワンピースを愛読書とする神がこの世には存在したのだ。未確認生物UMAを俺は発見する事に成功したのだ。

 「俺の名前は...」

 と言い掛けたところで男は『知っている』と、俺の自己紹介を遮った。

 「知っている__灯夜君だろ?黒峰 灯夜君」

 俺の名前を知っている。こいつは何者なのだ。神としてのスキルを上げるとこんな事出来るのだろうか。

 「なんで俺の名前しってんだよ」

 「君だけじゃないよ 今は君の影の中に居る水瀬 美月(みなせ みつき)ちゃんに清春 景(きよはる けい)ちゃん」

 こいつ本当に何者なんだよ。ただの情報通にしては一般人の名前と所在まで知ってるなんて。否、一般人じゃあなくて今は神なのか...まだ信じれないが。

 「あんたの名前は何ていうんだよ」

 「昔は、いえしき かむい と名乗っていた事があったけど 随分名乗っていないから忘れかけていたよ 思い出させてくれてありがとうさん へへっ」

 軽い。
 それよりもいえしきってどう書くんだ。家指揮か?それとも家式か?

 「漢字はどう書くんだ?」

 「【己】四つで、いえしき 名前の方は【神】に威圧の【威】で、かむい 己己己己 神威(いえしき かむい)でーす よろしく」

 こいつはどれだけ自我が強いんだよ。
 己己己己は続ける。

 「己己己己って苗字はもう無くなって、今は伝説みたいになってるんだよ最後の一人居るんだけどな 神威って名前はアイヌ語で神格を持つ霊的存在の事を言うんだ 僕にぴったりだよ」

 いや...なんとコメントすればいいのか...流石の俺でも返答に困る。って、なんの流石だよ。
 それよりもはっきりとさせなくてはいけない事がある。こんな雑談をしている暇は俺には無いのだ。このまま夜の時間になったら俺は道端だろうと寝てしまう。いくら一般人には見えなくなっても道端で寝るのは抵抗がある。はっきりさせてから此処を後にするとしよう。

 「時に己己己己?」

 「なんだい? 灯夜君? 行灯(あんどん)君? へへっ」

 「俺をランプみたいな名前で呼ぶな!! 行灯って!! しかも今は昼だぞ昼行灯って俺は本格的に役立たずじゃあないか!!」

 「僕はそんな事を言ってないよ それじゃあまるで僕が悪者じゃないか へへっ」

 いや...そうは言ってないにしても良い気分ではいられない。『へへっ』っていうその笑い方も癪(しゃく)に障る。じゃあなくてだ。

 「訊きたい事がある 訊きたい事なら沢山あるんだが、今は一つだ」

 「なんだい? そんな神妙な顔をして、神ともあろう者がそんな妙な顔をするもんじゃないよ」

 と、銜(くわ)えていた煙草に火を点ける。モクモクと煙が空へと消えていく。

 「なぁ己己己己 あんたは何でも知っている だから特に俺が言う事は無い だがはっきりさせたい あんたは味方なのか?」

 己己己己は持ち前の軽さを前に出す事無く真剣な表情で答えた。

 「味方じゃあないね」

 「なら俺と戦うってのか」

 「戦わない 味方でないが敵でもない 色で言うなら白でも黒でもない灰色ってやつだよ」

 己己己己はそんな意味が分からない事を言う。
 さらに続けて言った。

 「手は貸すが足は貸さない 手始めにその、手を貸そうじゃあないか 困っているんだろ」

 助言はするが答えは教えないってやつだろうか、それとも助言はするが行動はしないという事だろうか。どっちにしても良い奴でも無いが悪い奴でもなさそうだが、その言葉を信じて良いものか怪しさは否めないが。
 
 「俺のその悩みってやつをどうしてくれるんだ そしてあんたをどう信じればいい」

 「寝床を提供しよう そして君は僕を信用しなくて良い 僕は君に手を貸す その代わり君も僕に手を貸して欲しい それだけだよ へへっ」

 やっぱり己己己己、こいつは俺の悩みを知っていた。
 しかしなるほど、俺の力にならない限り俺も力にならない。これなら俺の力を借りたい己己己己も俺の力になるしかない。前払いってやつか。

 しかし、こんなボロボロの神社で何処で寝れば良いんだよ。

黒沢 有貴
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黒沢 有貴

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