「頼む! 家ごと物納させてくれ!」
 税務署中に響き渡るような大声で、安雄は窓口の向こうにいる若い職員に哀願した。
「困りますねえ」いかにも面倒臭げな顔で、職員の大平は対応する。「この前は更地にしてくれると言ったじゃないですか」 
「まさか、解体に、こんなに掛かるとは思わなかったんだ!!」
 安雄は業者から渡された見積書を見せた。
「あら~!? 家が三軒ぐらい建ちますね。なんでこんなに高いんです?」
「仕方なかったんだ」
 安雄が父から相続した家は、十年前に父があるベンチャー企業に建てさせた家である。 MCCFRP(単結晶炭素繊維強化プラスチック)一体成型の住宅で三百年は保つというのが売りなのだが、頑丈なだけに逆に壊すとなると大変な費用がかかった。その上、壊した後に出るFRP廃材は、リサイクルができないため最終処分場に捨てるしかない。
 しかし、国内の最終処分場はどこも一杯で、捨てるにしても、さらに莫大な費用がかかる。
 ちなみに、安雄の家も元最終処分場の上に、土をかぶせた土地に建っていた。
「とにかく、更地でなければ認められません」
 大平は冷たく言い放って、安雄を追い返した。本当は家ごとの物納も可能なのだが、安雄が法律に疎そうなのを良い事に大平は黙っていたのである。自分の手間を増やしたくなかったがゆえに……
「お帰りなさい。あなた」意気消沈して帰って来た安雄を妻は笑顔で出迎えた。「お客様が、いらしているわ」
「客?」
「あなたが出かけている間に、この家を建てた会社をネットで捜し出してメールを送ったの。そしたら、社長さんがすぐに来てくれて、無料で解体してくれるのですって」
「無料で!?」
 応接間にその男は待っていた。
「実を言うとこれは実験なのですよ。私どもの会社ではこの家を売り出すと同時に、解体の方法も研究していました。しかし、耐用年数三百年の家を、こんなに早く解体する事態は想定していませんでしたので……」
「仕方なかったんですよ。親父が死んで三ケ月以上経ってますので、もう相続放棄はできません。まさかこの土地の路線価が、こんなに高いとは思わなかったのですよ。実際の不動産価格はベラ棒に安いと言うのに……これじゃあ家を売っても相続税が払えません」
「石頭のお役所というのは、困ったものですな。とにかく、解体技術はすでに確立してますので、よろしければ、お宅様で実験をさせていただきたいと思いまして……」
「ぜひ、お願いします。しかし、どうやって解体するんです?」
「はい。油田などに、石油を食べる微生物が生息しておりますが、我が社ではそのDNAを書き替えて、合成樹脂を食べる微生物を開発していたのです。ですから、解体と言ってもこの微生物を家に注入するだけの事なのですよ。後は微生物がFRPの合成樹脂部分を食い尽くすのを待つだけ。最後に繊維部分が残りますが、これは容易に処分できます」
「なるほど、しかしバイオハザードの危険はありませんか?」
「大丈夫です。この微生物は人体にはまったく無害ですし、それに嫌気性の微生物ですから風に乗って広まる心配もありません。地中には染み込みますが、合成樹脂の無い所では長時間生存できないのです。これを使えば、お宅様の家でしたら二週間もあれば綺麗に……」
 更地になった。
 こうして安雄は無事に物納を済まし、家族を連れてマンションに引っ越したのである。 土地は競売に出され、一年後に新しい家が建った。そこに、入居したのは、あの大平であった。そして、入居初日の夜。
「な!?……なんだ!?」
 突然の地震に驚いて、大平は慌てて家族を連れてパジャマ姿のまま家の外に飛び出した。 外に出て振り返った大平一家の目に映ったのは、見る見るうちに地面に飲み込まれて行くマイホームの姿。一時間後、家はすっかり姿を消し、そこには直径二十メートルの巨大な穴が残されたのである。
 かつて、この土地が最終処分場であった頃には、当然プラスチックも捨てられていた。 微生物は一年掛けてそれを浸食し、地下に大きな空洞を作っていたである。そんな事情を知らない大平一家は、今までマイホームであった物体が、次第に地下水の中に沈んでいく様子をただ呆然と見つめていた。

津嶋朋靖
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津嶋朋靖

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