第1話 大魔法師の来訪

「ボクの土返して……」

 やけにかん高い自分の声は、発する度に嫌になる。
 地面を踏みしめる足は、同年代と比べると凄く小さく、背丈は低い。そして最後に気が弱い。
 いじめられっ子の典型だ。

「へっへーん! お前みたいな奴が魔法師になれるわけがないだろ! 俺が有効活用してやる!」

 ボクの土を取ったのは、ここ魔法師が集まる街『ドールス』一番の魔法師……の息子ウィリアム。
 ここ修練場では、街中から魔法を練習したい者が集まる。

「こらっ!  ウィル、人のもんは盗むなって何度も言ってるだろうがっ!」
「お、親方!」

 ウィリアムを止めてくれた親方。
 この人がドールス一番の魔法師であり、ウィリアムの父親だ。

「セクターもセクターだ、いつまでもやられるがままになってるんじゃねえ! 男ならハッキリしてみせい!」

 この腹に響く怒声は、何度聞いても慣れない。
 自然と体が震えるのだ。

「は、はい……」
「ウィル、修行を中断する行為はあれほどやめろと言っとるだろうがっ! セクターの気が弱いってのをいいことに、いつまでも子供みたいなことしてんじゃねぇ!」
「わ、わかったよ」
「本当だな?」
「うん」
「返事はなぁ、はいって答えろ!」
「はい!」
「それでいい、修業に戻れ!」

 土を返してもらって、修業を再開する。
 空気中に漂っている魔素を体内に取り込み、魔力に変換する。
 そしてその魔力を、魔法に使うのだ。
 普通の人なら、自分の体に生まれた時から持っている魔力を使えるんだけど、ボクはなぜか魔力がない。
 理由は不明で、医者も匙を投げた……らしい。

「お、親方! 大変でぇ!」

 飛び込んできたのは、若い魔法師だった。

「どうしたってぇんだ。そんなに汗かいて走ってきてよぉ!」
「ま、前々から噂されてたが。大魔法師ジェネクスがこの街に来たんだ! どうやら、この街の中から弟子を取るのが目的だっていう噂ですぜ!」
「き、来たぞ! 大魔法師ジェネクスだ!」

 誰かが叫んでいるが、早い。
 いくらなんでも早すぎやしないだろうか?
 心の準備ができていない。

「失礼するよ」

 冷たく低い声の持ち主だった。
 入ってきた扉にここにいる全員が目を向けた。
 一目見た印象は、若い。
 灰色の髪に、黒と金のローブ。
 腰には値段が付けられないような剣と杖。

「身にまとう魔力……すげえ魔力量だ……」

 誰かがそう漏らしたが、仕方のないことだろう。
 あの親方譲りの気が強いウィリアムですら、固まって震えている。
 静まり返った部屋で、大魔法師さんが辺りを見渡す。

「ふむ」

 全てを見透かすような視線。
 足がすくんで、動けない。

「そこの君、魔法を使って見てくれないか?」

 大魔法師さんは、指をこちらに指した。
 ボクの後ろにいる人かと思い、後ろを振り返るが壁しかない。

「君だよ。緑色の髪の」

 信じられない、ボクなんかがどうして?
 でも、指名されたからにはやるしかない。
 粘土を手に持ち、魔力で形を変形させる。
 変形させたのは、窓から見えた鳥だった。

「よし、君。提案が一つあるのだが良いかね」
「は、はい。なんでしょうか?」

 大魔法師さんは、返事を聞いてから一拍置くと、こう答えた。

「私の弟子になってくれないか?」
「え、ええっ?」

 この人は何を言っているのだろう。
 ボクは魔力を持っていないし、病弱で弱い。
 それなのに大魔法師がボクを弟子に?

「混乱しているようなので理由を説明しよう」

 ボクはとりあえずうなずく。

「君が魔素を魔力に変換し外から補給しているからだ」
「そ、それのどこが……?」
「ふむ、では理論から説明しよう。なぜ普通の人は魔力を持っているのか知っているかね?」

 それは確か家にある本に書いてあった。

「人の……ここに魔力を貯めておける器官があるから」

 ボクは自分の胸の中心を指して、おずおずと告げた。

「だから君は外部に存在する魔素を取り込んでいる、それが凄いのだよ。
 人は皆、魔力を持っているのだから無理に取り込む必要はない。最悪の場合取り込みすぎて死んでしまう。だが魔力を持たぬ身ではその最大容量が体全体となり洩れることもなく………………」
「ちょ、ちょっと待ってください。話が早すぎて理解が追いつきません」
「む……まあ理論は後々説明するとしよう。君の保護者さんは居るかね? 話がしたい」

 それを聞いた僕の表情は、無意識に暗くなる。
 大魔法師さんは訝しげに目を細めるが問いただすことはしなかった。
 その時だった。

「大魔法師さん。俺はここの親方をやっとる者です」

 親方が前に出て、怖気づかずに堂々とあの大魔法師に話しかけた。
 誰だって萎縮していたのに、親方は胸を張っていた。
 それを見てボクは頼もしいと思った。

「その子、セクターの両親は二年前の戦争で戦死しました。その両親の親友だった俺が引き取りました。なので実質は俺が保護者です」

 あの親方が、あんまり訛っていない。
 初めて聞いた。

「そういうことでしたか、ならば話は早い。この子、セクターと言いましたね。セクターを弟子にする許可を頂きたい」

 大魔法師さんを除いた、そこにいる全員がどよめいた。
 ボクも驚いた。
 物凄く、ビックリした。

「……えええぇぇっ!?」

 驚きのあまり大きな声が出てしまった。
 外の木をつついていた鳥が驚いて飛び立った。

「俺ぁ本人の意思を尊重します。こいつが望むなら煮るなり焼くなり好きにしてください」
「ぼ、ボクは……」

 考える。
 思考を止めずに、自分の意思を確認する。
 それを成し遂げる覚悟も持って、返事をした。





「……強く、なりたいです」

 ボクが宣言した直後、大魔法師さんが消えた。
 否、実際に消えたわけではなかった。
 目にも止まらぬ速さで動き、ボクの背後にいた何者かを杖でぶん殴った。

「チッ」

 背後にいたのは見たことがないくらい黒いローブをまとった男。
 顔はフードのせいでよく見えない。
 手にはナイフが握られていた。
 ここにいる皆が突然の出来事に固まっていた。

「大方弟子になる者を殺そうとした、というところだろう。失敗に終わったがね。
 さて、どこの手の者か教えてもらおうか」

 大魔法師さんが杖を振り上げ、魔力を杖に収束させるのが見えた。
 そこから先は見ていて理解が追いつかなかった。

 閃光、爆音、衝撃、震動。
 幾重もの魔法が目の前で発動される。
 初めて見た魔法戦に胸が高鳴った。
 そのせいで、横から迫りくる魔法に気付かないボクを貫こうとした光を。
 親方がボクを庇って……倒れて……いつの間にかボクは意識を失っていた。


Fi-FIIFII
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