「なんだよ、パパもママも嘘つき……」

 リビングに飾ってある大きなクリスマスツリー。トムはこぶしをギュッと握り見上げていました。
 空色の瞳を暗くにじませ、ぷっくりと頬をふくらませながら……。

******

 朝のホームルームの後、トムは幼馴染のシオンの席に走りより、ワクワクしてたまらなそうにはしゃいでいました。

「今日はイブだね! サンタクロースのプレゼントいつ来るかな?」
「ハ! バカじゃないの? サンタクロースなんて居る訳ねえし。サンタクロースは親なんだぜ!」

 クラスで一番意地悪なジェインが、いつの間にか後ろに立って大声で笑い出しました。
 はじめは無視していましたが、サンタクロースはこないと馬鹿にする姿に、トムは腹が立ってくってかかりました。
「ジェインは見たの? サンタクロースがパパだって!」
「見るも何もプレゼントなんてパパから渡されるじゃん」
「でも、手紙を書いたらイブの夜に来て――」
「だから手紙って誰に出すんだよ? どうせママに渡すんだろ?」
「――――っ!!」

 そこまでジェインに言われてトムは唇を噛みました。シオンは二人の様子をオロオロと見ているばかりでした。
 下校時間までトムはずっと何かを考えているようでした。
 シオンが帰りのスクールバスに乗り込むと、一番後ろの席にトムの姿をみつけました。
 おずおずとトムの隣に座ると、トムはちらと横目でみて、いままで聞いたことのない冷たい声で話しかけました。

「シオンは知ってたの?」
「えっ? な、なに……を?」
「ジェインが言ってたことだよ。サンタクロースはいないって……」
「え、えっと、僕……。あのね、去年、パパが、僕が寝たと思ってプレゼントを置きに来たのを見ちゃったんだ。でも、妹のリーナは、まだ小さいから内緒だぞって……」
「……ふーん」

 そのまま、またトムは黙り込んでしまい、ぷいと窓のほうへ顔をそむけました。
 シオンは走るバスの窓にあたる雪と、トムの横顔をちらちらと交互に見ていましたが、トムはバスを降りるまでシオンに目もくれず、一言も喋りませんでした。
 シオンが小さく「またね」と言ったのにもこたえることはありませんでした。

*****

 玄関から続くリビングに入ると、トムより頭一つ分大きなクリスマスツリーが目に入ります。
 毎年クリスマスの前に、パパと園芸屋さんに行き、たくさん悩んで選ぶモミの木です。
 モミの木にはクリスマスツリーらしい、色とりどりのオーナメント(飾り)がきらきらと揺れています。ツリーの下には、サンタクロースのお腹が空かないようにと用意した、クッキーの袋が置いてあります。

「なんだよ。これも、全然意味ないんじゃん!」

 トムはクッキーの袋をグシャリと踏み潰しました。
 キッチンでターキー(七面鳥)を焼いているママに挨拶もせず、部屋へ駆け上がっていきました。階段の音を聞きつけたママがリビングに来ると、粉々になったクッキーが目に入りました。

「あらあら。――そろそろなのかしらね」

 ママは困ったような笑顔で一つため息をつくと、クッキーを拾い上げてキッチンへ戻しました。それからトムの部屋へ向かいました。
 ドアに目を向けると、『開けないで!』と書き殴られたメモが貼り付けてあります。
 ママはドアを指先で一撫でして、一際朗らかな声で話しかけました。

「トム、帰ったの? おやつはどう?」
「いらない! 僕、宿題するから一人にして!」
「そう……。もうすぐパパも帰るし、夕食だからね」

 その後の返事もないままだったので、ママはやれやれとキッチンへ戻って行きました。
 しばらくしてパパが帰ると、ママはトムの様子を伝えました。パパは車に隠してある荷物のことを思い浮かべ、少しだけ寂しそうに笑い「大丈夫さ」とママの肩を抱き寄せ額にキスしました。
 夕食のときも、トムはパパとママに目をあわせようとはしません。普段ならクリスマスのごちそうを前に、賑やかにはしゃぐはずなのに。パパとママがトムに色々と話しかけてきましたが、トムはお喋りする気にならず、小さく返事するだけでターキーの足をかじっていました。食事のあと、急いで部屋に戻ろうとするトムをママが呼び止めました。

「もうお腹はいっぱい? 大きなケーキ焼いたのよ。どう?」
「苺もいっぱいだったぞ。パパと食べないかい?」
「……いい。いらない」

 大好きなママの手作りケーキ。
 肩越しにちらりと目を向けただけで、トムは二階へと上がっていきました。
「今夜はトムと根比べだなあ」
 パパはトムの後ろ姿を眺めながら少し寂しそうに呟きました。

 お風呂も歯磨きも済ませてベッドに潜り込むと、トムは今夜の計画を考えました。
「今夜はずっと起きていよう。パパが来たら、嘘つきって言ってやるんだ!」
 頭までカメのように布団を被って、ちくりと痛む胸をなでながら時がくるのを待ちました。
 どれくらい時間がたったでしょう。
 気がつくと、ベッドサイドの灯りも消されて星明かりだけ。
 少し眠ってしまっていたようです。
 トムはハッとして部屋を見回しました。しかしプレゼントは何処にもありません。

「なんだ、ほんのちょっと眠っただけだったんだ。まだパパは来てないんだ」

 すっぽりと布団を被り直し、少し隙間をあけて、またパパが来るのを待ちました。
 壁の時計がコチコチと響きます。
 やがて、「カチ」と午前0時になった音がしました。

「まだ来ないの。もっと遅くに来るのかな」

 パパが来たら、勢いよく飛び出してやろうと意気込んだものの、なかなか肝心のパパはやってきません。

「もしかして、朝早くなのかなぁ」

 だんだんじれったくなって、布団の中でモゾモゾと落ち着かず、寝返りをしたとき。
 窓の外で、何かがきらりと光りました。光は少しずつふくらんで子猫ほどの大きさになりました。いつの間にか窓ガラスをすり抜け、窓辺を伝って部屋の真ん中に来ています。

(なに?! あれ!)

 トムは驚き、思わずシーツをぎゅうっと掴んでいました。その光は音も無く、ゆっくりとベッドのほうへ近づいてきます。怖くて堪らないのに、不思議と光から目が離せずじっと光を見ていると、その中に小さな人影のようなものが見えました。

「さて、みえているんじゃろう?」

 突然光の中の人影が話しかけてきました。
 トムは飛び上がって驚きました。布団を頭からかぶったままベッドに座り、よく光をみてみました。
 月の光のようなかがやきです。
 光の中の人は、赤い帽子を被った小さなおじいさんでした。
 とても優しい笑顔です。少し安心したトムは、おじいさんに恐る恐る話しかけました。

「あ、あなたは誰? 僕の部屋でなにしてるの?」

 やっとトムが話しかけてくれたので、小さなおじいさんは真っ白なひげを撫でながら、ほっほっほ、と笑って話しだしました。

「やあ、トム。初めまして、かのう。実は今までもきていたのじゃが……。さてさて、きみも私がみえる歳になったんだのう」
「え!? 今までもってどういうこと? もしかして……あなたがサンタクロースだって言うの? 見えるようになってしまったってどういうこと?」

 かぶっていた布団を放り投げてベッドの縁に手をつくと、おじいさんに一気に問いかけました。そんなトムにおじいさんはゆっくりと優しい声でこたえました。

「ほっほっほ。きみたちがいうサンタクロースかもしれんし、違うかもしれん。じゃが、私はきみが生まれた時から、今まで毎年ここへ来ていたのは本当のことじゃよ。ただ、今まではトムにはみることができなかっただけじゃ。」
「じゃあどうして見えるようになったの? 去年まではこんなことなかったのに」
「それはのう。きみ、トムが……サンタクロースになるための、練習を始める歳になったからじゃよ。」
「ど、どういうことなの? サンタクロースは、いないんじゃないの?」

 おじいさんはトムの驚いた顔をみて満足そうにうなずきました。

「サンタクロースはいるとも。トムもその一人じゃ。今夜はその話をゆっくりしようかの」

 おじいさんは、驚いてベッドにペタリと座ったトムの肩までふわりと飛んで、よいこらいしょと座りました。

「さて。まずはトムが生まれた年のクリスマスをみてみるかの」

 おじいさんが左手の人差し指でくるりと円を描くと、キラキラ光るシャボン玉のような膜があらわれて、トムをすっぽり覆いました。わっと驚いていると、膜はふわりと浮いて、おじいさんが指差す眩しい光の中へ飛んで行きました。

「ほおら、あれが赤ちゃんのトムじゃよ……」

 あたり一面まぶしい光の中、目を慣らすようにしながら開けると、おじいさんが前を指さしていました。そちらへ目を向けると、トムの全身が映るくらいの大きな丸い鏡のようなものがありました。
 なにが映っているのだろうとよくよくみると、クリスマス帽子を被った、若い男の人と女の人が映っていました。二人は結婚式の写真でみた顔でした。

「パパとママだ! 若い時の! 僕は?」
「ママをよぅくみてごらん」

 おじいさんの言葉にうながされるように、ママをもう一度みました。ママの腕の中には小さな赤ちゃんがいます。

「あれが……僕?」
「そうじゃよ。みなとても嬉しそうじゃろう?」

 パパはテディベアを赤ちゃんに見せ、とても優しい顔で笑っていました。
 ママは赤ちゃんのほおにキスをしてクリスマスソングを歌っていました。
 そして、苺のない小さなケーキからクリームを指に少しとって、赤ちゃんのくちびるにつけてなめさせると、来年は一緒に食べようと言いました。

「つぎは一歳のクリスマスをみようかの」

 トムが溜息をつきつつ鏡を見る姿に優しく微笑みながら、おじいさんが指をトンとたたくような仕草をすると、虹色に揺れながら鏡の景色が変わりました。
 今度はトムも赤いクリスマス帽子をかぶっていました。
 パパは赤いスニーカーをトムに履かせて、明日の散歩が楽しみだと笑っていました。
 ママは赤いマフラーをトムに巻いて、編むのが間に合って良かった、風邪ひかないでね、とほおにキスしていました。
 トムの手のひらほどの小さなケーキには、苺が一つのっていました。
 それからおじいさんが指をトンとする度にトムは大きくなっていきました。
 三歳のクリスマスには、ペダルで漕ぐフェラーリの車。
 五歳のクリスマスには、初めての自転車。
 七歳のクリスマスには、大人気で手に入らずにいた初めてのゲーム。
 歳に合わせて、ケーキも少しずつ大きくなっていました。苺の数も増えていきました。
 十歳のクリスマスには、新しい自転車でした。友達みんなが、かっこいいマウンテンバイクに乗っていて、トムも欲しいと毎日お店に見に行っていたのです。
 サンタクロースを待つんだとなかなか寝ない様子を、こっそりパパが何度も見に来て、笑いながらママの所へ戻っていました。
 ようやく眠った姿を見ると、パパとママが二人で、トムが一番欲しかった青いマウンテンバイクを部屋に運んで微笑みあいました。

「……やっぱり、パパとママだったんじゃないか。サンタクロースじゃなかったんだ」

 トムはまたさみしいのか、かなしいのかわからない気持ちになって、涙がでそうになっていました。
 すると、おじいさんがトムの肩をポンとたたきました。

「ほっほっほっほ、トム。本当にそうかい? きみを想いながら、きみの笑顔を見るために、一生懸命プレゼントを探す人は……サンタクロースではないのかな?」

 トムは、おじいさんが何を言いたいのかわかりませんでした。
 でも、そのにこやかな顔に誘われるようにもう一度鏡をみると、文字を覚えたトムが、サンタクロースへの手紙を書いてママに渡しているところです。
 ママは笑顔で渡された手紙を受け取ると、「サンタクロースのポストへ届けるわね」とトムの頬を優しく撫でました。
 そうしてトムの姿が見えなくなると、手紙をパパへ渡しました。
「よろしく。私のサンタクロース」
 パパは手紙を大切そうにポケットにしまって頷きました。
 そして受け取った願いを叶えようと、何軒ものお店を巡りプレゼントを探して。やっと目当てのモノが見つかったとき、パパはとても幸せそうな笑顔で『ラッピングはやらせてください』とお店の人に頼んでいました。
 その姿を初めてみたトムは、パパがおじいさんの言うように、なんだかサンタクロースのように見えてきました。トムが思い描いていた姿とはぜんぜんちがうのに。
 そして、ハッと困ったことに気がつきました。

「僕、サンタクロースはパパとママだって知っちゃったよ。これからどうしたらいいんだろう」
「そのために私が姿をみせたのじゃよ。今までみたなかに、私の姿はなかったかい?」
「あ……!」

 言われて鏡を見返してみれば、どのクリスマスの時にもパパやママの肩におじいさんが座っていました。パパがプレゼントを置いて部屋を出るとき、おじいさんはパパの肩からふわりととんで、トムの頬を撫で何かを言ったあと、光になって消えて行きました。

「あれ? それじゃあ、おじいさんがやっぱりサンタクロースなの?」
「ほっほっほ。そうとも言うし、違うとも言う。私はこれからきみの肩に座ることになるんだからのう」
「今までみたパパみたいに?」
「そうじゃなあ。練習を始めるんじゃよ」
「でも僕にはプレゼントできるものなんてないよ。お金もないし、誰にも、何も、あげられない」

 かなしそうにうつむくトムをみて、おじいさんは初めて考えるような顔をして言いました。

「トムは、おもちゃやモノだけがプレゼントと言うのかい?」

 おじいさんの問いかけに、トムはほかになにがあるのか想像もできません。眉をしかめてうつむいてるトムに、おじいさんはさらに優しく問いかけました。

「では、トムはパパやママにクリスマスに何もしなかったのかい?」
「僕は――――」

 トムはこれまでのクリスマスを思い出しました。けれども何も浮かんできません。
 またじんわり涙がうかんできます。その様子をみたおじいさんが微笑んで問います。

「トムはクリスマスまでの一年、たくさんのお手伝いをしてきたんじゃないのかの?」
「それは、良い子の所にしかサンタクロースは来ないと思って!」
「じゃあイタズラはしなかったのかい?」

 おじいさんの方がイタズラ小僧っぽく笑いました。

「それは……。ちょっとしたけど」
「ほっほっほ。けれどトムはいつも優しかったじゃないか。一人ぼっちになりがちな友達をいつも気にかけて、大切にしていたのじゃないかね? 毎年クリスマスのツリーをパパと選んでくれた。それこそ鼻があのトナカイのように真っ赤になるまでね。そしてたくさんの飾りを手作りしてくれたのも知っておるぞ。そうそう、ママが疲れないように、皿洗いを手伝ったり、庭の掃除もしてきたじゃないかね」

 たしかにトムは家のお手伝いをと、毎日のゴミを捨てにいくことや、いじめられている友達をかばったりしてきました。
 けれどもそれが、どうしてトムがプレゼントをしたことになるのかわからず、首をかしげて考えこんでしまいました。

「じゃあ、とっておきのプレゼントを教えようかの」
「なになに? とっておきってすごいの?」

 とっておき、と聞いてトムの顔がぱあっと明るくなりました。

「ああ、すごいことさね」

 おじいさんは今まで以上に優しく笑い、小さな手をトムのほおにあてました。

「きみが、大きな怪我もせず、大変な病気にもならず、いつも笑顔で……こんなに大きく成長できたことじゃ」

 トムはぽかんとした顔をしておじいさんを見つめました。

「それってすごい……の、かなあ?」
「人の奇跡の一つじゃよ。きみの知らない遠い国では、きみと同じくらいの歳の子供が、毎日何人も星にかえっておる。きみが、きみでいるだけで、パパとママにはすばらしいプレゼントなのじゃよ」

 トムは、酷い風邪を引いたときに、いつもは楽しいことばかり言うママが、いつもは頼もしいパパが、泣きそうな顔をしながらずっと手を握ってくれたことを思い出しました。

「なにかモノをプレゼントしなくてもよい。人が笑顔になれる事、自分が出来る事をすればいいんじゃよ」

 トムは、自分が笑うと必ずパパとママも笑い返してくれることも思い出しました。

「それに。この私の帽子に覚えはないかい?」

 トムは帽子をみて少し考えると、あ、と小さくつぶやきました。それは、六歳の時に描いたサンタクロースに被せた帽子。
 みんなと同じではつまらない。少し変えてみようと、帽子のてっぺんに星をつけたのでした。おじいさんの笑顔を見ると、ツリーに飾った手描きのサンタさんにとってもよく似ていることにやっと気がつきました。
 トムは『僕にもなにかできることがあるんだ』と心がはずむような嬉しい気持ちになっておじいさんに向き直りました。

「僕でも、サンタクロースになれる?」

 おじいさんはとても満足そうに、顔じゅうをくしゃくしゃにして笑顔になりました。

「ああ! もちろんじゃとも! きみなら、きっとたくさん幸せを運んでくれるじゃろう。きみに、やっと心を届けられて私もやっと安心できるのお」

 おじいさんの言葉に嬉しくなっていましたが、そのときにふと、スクールバスの窓からシオンが寂しそうに手を振る姿を思い出しました。トムはたいへんだ、とあわてました。

「僕、今日シオンにとっても嫌な態度とっちゃった!」

 おじいさんは、ふうむ、と長いヒゲをなでながら考えました。そして、良いことを思いついたというような顔になりました。

「クリスマスを寂しい気持ちで過ごさないように、いまの素直な心を届けるのがいいじゃろう」
「すな、おな……こころ……? ごめんって謝ること?」
「そうなるかの。心は鏡のようでもある。悪いことを認めず、それを曇らせれば周りのみなの心も曇ってしまう。きみが悪いと思っているように、シオンもきっとトムを傷つけたと感じているよ。その心を伝えることこそが、トムのサンタクロースとしての、最初のプレゼントになるじゃろう」

 ぽんぽんとトムの肩をたたいてウインクすると、おじいさんはトムの肩からふわりと降りて『時間じゃな』とつぶやきました。
 すうっとまっすぐ浮かんで、まるで風に乗るように窓辺へとゆっくり飛んでいきました。トムはおじいさんが行ってしまうと気づいてあわてて呼び止めました。

「あ、あの! いつも、僕が寝たあとにあなたは何を言ってたの?」
「パパとママにもらった心を大切に、とな。つぎはトムが大切な誰かに心を届けるんじゃよ」

 だんだんおじいさんを包む光が強くなっていきました。トムは消えないで、と願いながらおじいさんにいいました。
「ねえ! また、あなたに会える?!」
「私は、いつも君のそばにおるよ…………」
 いっそう強い光がおじいさんを包むと部屋中が輝いて目を開けていられなくなりました。

*****

「ううぅん」
 ほんの少し肌寒くてふるりと体を震わせて、薄らと目を開けると鳥の鳴き声が聞こえます。
 ハッとして辺りを見回すと、窓から柔らかな陽が差し込んでいました。いつの間にやらもう朝です。
 ベッドの足元にはプレゼントが置いてありました。プレゼントには、初めて小さなメッセージカードがついていました。

『きみの喜ぶ顔がみられますように』

 トムはメッセージカードとプレゼントを持って、急いでパパとママが居るダイニングに駆け下りて行きました。

「パパ! ママ!」

 ママはキッチンで朝食の支度。パパはダイニングで新聞を読みながらコーヒーを飲んでいました。
 トムがダイニングにあらわれると、二人とも少しだけ慌てて、ぎこちない笑顔で「おはよう」と挨拶しました。
 トムは、昨日の出来事を話そうとしましたが、手に持ったメッセージカードとプレゼントを交互にみて、話すのをやめました。
 ほんとうのプレゼントは、温かい心だと、教えてもらったのですから。
 そして、胸いっぱいに息を吸い込んで、とっておきの笑顔でいいました。

「メリークリスマス!」

 それからトムは、大急ぎで着替えてシオンの家へ走りました。
 その手には、トムが大事にしていた赤いマントを着たスーパーヒーローのカードがありました。
 家に辿りつくと、シオンの部屋の窓に小石を投げて合図をしました。
 シオンが目をこすりながら玄関にやってくると、トムは手にしていたカードをシオンに手渡しました。

「メリークリスマス! 昨日はごめんね。これ、僕からプレゼントだよ」
「え……。こ、これ! トムがとっても大事にしてたカードじゃないか!」
「いいの! シオンは、僕にとっていちばん大切な友達だから」

 シオンは目が落ちそうなほど見開いて驚いていましたが、トムが朝早くから自分のためにあやまりにきてくれたことが嬉しくて涙が溢れました。

「ありがとう、トム! 今年はとってもいいクリスマスだよ!」

 二人はしっかりと握手して、仲直りすることができました。
 二人の肩に淡い光が輝きました。
 それから家に帰り着くと、迎えてくれたママに、少し照れくさそうに小さなシクラメンの花輪を渡しました。

「ぼ、僕からもプレゼント」
「ええぇ。ママいいなあ。パパには?」
「パパには――あ、車を洗うのを手伝うよ!」
「ふふ。今年からみんなで交換ができるなんて、素敵ね」

 ママは薄く目の端に涙をためながら、トムを包むように抱きしめて「ありがとう」とささやきました。このときも、家族の肩で淡い光が輝いていました。

「……それと、えっと……ケーキ食べてもいい?」


 次の年からトムは、クリスマスイブに赤い帽子を被り、シーツで作った袋を背負うようになりました。一生懸命書いたクリスマスカードや、ツリーに飾る手作りのオーナメント。クリスマスリースもあります。パパとママにはもちろん、友達やその友達の小さな妹にプレゼントしてまわりました。
 トムのプレゼントを受け取ったリーナは、頬を林檎のように染めて喜んでいます。

「メリークリスマス!」

 にっこりとほほ笑んで、大きな声でそう言い合いながら。
 その様子を見ていたジェインは、トムを馬鹿にしていました。

「なんだよ。とうとうサンタクロースごっこかよ」
「ジェインも弟いるじゃない。小さな弟のサンタクロースに、君がなればいいんだよ」
「なんでそんな邪魔くさ――」
「ジェイン。きっと弟が喜ぶのをみたら嬉しいはずだよ」

 いつかのように喰ってかかるのでは無く、にっこりと優しくトムが応えるとその肩がきらりと光りました。
 ジェインは「じゃあね」と笑って去って行くトムが眩しく感じられました。
 その夜、ジェインは薪を削って手作りした積み木を、眠る弟の枕元にそっと置きました。
 次の朝、サンタクロースのプレゼントだと起きてから大興奮の弟をみて、身体が少し弾むような気持ちになり「悪くないね」と嬉しく思いました。
 そのとき、初めてジェインの肩が淡く輝いていることに気づかずに。

 また次のクリスマスから、トムと同じくらいの子供たちが赤い帽子を被って行き交うようになりました。

「メリークリスマス!!」

 心からの声で挨拶を。ハイタッチに想いを乗せて……。

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 ―――― 十七歳を迎えたトム。
 彼にもガールフレンドができました。家族とではなく、初めて彼女と二人のクリスマスイブを過ごします。
 待ち合わせした映画館のダイナーに彼女はもう来ていました。

「遅れてごめん! 待った? リーナ」
「平気。さっきお兄ちゃんが通りかかって、よろしくだって」
「うえぇ。シオンにからかわれる日が来るなんて……」

 それから二人はぎこちなく手を繋ぎ、映画を楽しみました。
 トムはリーナを家まで送ると、ペアのマグカップをプレゼントしました。
 本当のプレゼントは、眠ってからのお楽しみです。

 クリスマスの一ヶ月前。デートした街でみかけた女の子らしいバッグ。リーナは『いいなあ』と小さく溜息を漏らし、そっと元に戻していました。
 これだ! と思ったトムは、イブの夜の為にアルバイトをして手に入れておいたのです。
 リーナに会う前に、こっそりと彼女のママに先に渡して、リーナが眠ったら部屋に置いて欲しいと頼みました。
 仲の良いトムのママとリーナのママ。
 トムが訪れたそのとき、ローズティーとクッキーでお茶会中だったようで「ロマンチックねえ」と騒がれてしまい、逃げるようにリーナの元へ向かいました。
 勿論、次の日シオンからも盛大にからかわれてしまうのですが……。

「明日の朝、リーナは喜んでくれるかなあ」

 デートの終わりにプレゼントされた、リーナが初めて手作りしたという少し不格好だけど、とろけるようにあまいチョコレートケーキを頬張っていると……。

 耳元で「ほっほっほぅ」と、いつの日にか聞いた優しい笑い声が聴こえた気がして、トムは『また少しサンタクロースに近づけたかな』と肩に目をやって微笑むのでした。


Fin

ちよ
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ちよ

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