なかった日

 夕暮れの体育館裏ーーそこにあるのは、夜に移り変わる寂しさと虚しさと、心地よい風だけだった。



 そして、何故ーー私が今ここにいるのかと言うと、ある男の子に手紙で呼び出されているからだ。



 ーー今時、手紙とは実に下手な手口……。



 いや、今はそのことを置いといて、正しく事実を整理すると、



『これから、告白されるかもしれない』



 と、淡い期待を抱いている私がここで待っているというのが、もっとも正しいかもしれない。



 私が告白されるかもしれない相手は学園一の人気者であるーー東雲響君で、今年転校してきた転校生である。



 高校に転校当初から、成績優秀で運動神経抜群。

 そして、僅か数ヶ月にして数々の武勇伝を作ったが為に、全学年の女子からの圧倒的な指示を受けている。

 ーーまるで、行き過ぎた少女漫画に登場する白馬の王子様のような存在が、彼なのである。



 そんな彼とは、天地がひっくり返ったしても、決して関わることがないと思っていたのがーーつい、数時間前の私だったけれど……。

 手紙に、あんなことを書かれてしまっては、私としても断ることもできずに、
 今ーーこうして待っているのが、今の私というわけである。



 まるで、そんな私の回想シーンに幕を閉じようとするかのように、彼ーー東雲響君は、私の前に現れた。



「待たせてごめんね。女の子を巻くのに、時間が掛かっちゃって」
「ううん……。私、全然待ってないよ」
「そうか。それなら助かるよ」



 彼の笑みから見える純白のような白い歯ーーそれと、洗濯したての服をそのまま着たような汗だくの制服だけで、
 ご飯が五杯も食べそうだと、真逆の意見を言いそうになったけれど、私は全力でそれを耐えーー顔をリンゴのように赤らめた。



「もしかして、体調悪かったりする?」
「ううん、そんなことないよ……」



 激しく鼓動し、今にも破裂しそうな心臓を私は必死に抑え、手紙の内容の真意を確かめるようにした。



「あの手紙に書いてあった『君に、運命を感じたんだ』って書いたのって、
 冗談とかじゃなくて、本気として受け入れてもいいのかな?」
「あぁ。周りからの噂で、君しかいないと思ってね。僕は君と付き合いんだ。」



 ーー私にも、やっと春が来たんだ。



 そう、全力で喜びを噛み締めたかったが、私の欠点を彼に説明しないで、恋をしたとしても、
 彼は男の子で、男の子として女の子と一番したいことを、私は怖くて未だにできていないし、今後もすることがないのかもしれない。



 私はそのことを伏せて恋愛というものをしたが、結局ーーそれが原因で別れてしまった。



 だから、彼ーー響君にはこの事実を伝えて、それでも構わないと言ってもらうしかないと思う。

 そうして、また同じ失敗をしない為にも。



 私は震える右手を力の限り左手で抑え、私の欠点であり、克服できていない部分を正直に話すことにした。



「私ね、男の子や男の人がしたいーーエッチなことが怖くてできないんだ。
 こんな歳にもなって、まだなのって思うかもしれないけど、そんな私でもよければーーよろしくお願い申し上げます!!」



 私は力一杯に震える右手を差し出し、告白に対する受け答えをした。



 ーー身体中から、嫌な汗が出ている。



 最後に『よろしくお願い申し上げます』なんて、お正月ぐらいでしか使わない言葉を口にしたのもあるけれど、男の子がしたいことーーーー

 エッチなことが怖くてできないと言ってしまったことが、どうしようもなく恥ずかしく、顔が上げずらかった。



 ーーいっそ、このまま走って逃げよう。



 私が脳裏に浮かんだ言葉を実行しようとすると、ふいに手を掴まれ、



「やっぱり噂通りだったんだね。僕は君と結婚したいとも思っている」



 なんて、間の抜けた返答をされたので、



「へっ?」



 と、こちらは間抜けな返答をしてしまった。

 そして、響君は私の話す間もなく、続きを話始めた。



「僕も君と同じなんだ。異性と営みを持つのが不潔だから、嫌なんだよね?
 僕はあんな、もじゃもじゃした魔境みたいな所に、自分の大切な物を差し出したくないんだ。
 いやーー本当に嬉しいよ。僕と同じくらいの潔癖症に出会えて」



 私の体はドライアイスで構築されているのかと疑うくらいに体の汗は収まり、熱く燃えたぎっていた恋という業火さえ、凍りついていた。

 彼の爽やかすぎる笑顔を見た百人中のうちの百人が、彼に一目惚れをしてしまうだろう。

 だが、そのイレギュラーになる強固な自信さえ、今なら持てる気がする。



 私の怖くてエッチができないという思いを、彼は自分と同じ潔癖症だという都合の良い解釈をしていただけという事実が、猛烈に腹が立った。

 彼が私の手を素手で触らず、白い手袋を付けた状態で握ったことも説明が付く。

 彼の黒髪に白い手袋が異様に似合うことさえも、今では憤怒の対象にさえなっている。



「すみません。私、帰ります」



 私は彼に背を向け、その場をさろうとした。

 だけど、後ろから強引に手を掴まれると、



「そんなに怒らないでよ。冗談だって」



 彼の眩しい笑顔だけなら、耐えれる自信があったが、
 彼の甘くとろけてしまう声と爽やかなシトラスの香りに、私の心は奪われてしまった。

 響君にされるがまま、私はお姫様だっこをされ、



「やっぱり、結婚はいきなり早すぎたよね。だから、今日はご両親に挨拶してもらうけど、いいよね?
 それに、僕は本当に嬉しいんだ。自分と同じ潔癖症に出会えて」



 私は渾身の力の振り絞り、彼に頭突きを食らわすと、落としてしまった学生鞄を拾いあげ、家路を急いだ。



 ーー今日のことはなかったしよう。



 私はそのことを強く決意するのであった。

真口 祐輔
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真口 祐輔

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