5.初仕事

 ――とうとう、憧れの本庁で働ける……! と胸を躍らせる五井の椅子がガタガタ揺れている。
「落ち着けよ五井」
正面に座る神風は物を言わす五井に冷ややかな視線を向けた。そこにやってきたのは四十万銀。BOSSだ。
「あっ、四十万さんおはようございます! 本日付でこちらに異動となりました――」
「いやいいよ五井。えっと……うちの係の者を全員紹介するから。全員並ぼうか」
四十万の言葉を聞いて神風をはじめとする12人が整列する。
「それじゃあ俺から。俺は四十万銀。係長だ」
「えっと、私は瀧上翼です。よろしく!」
「俺は町田裕明やで。出身は大阪やけど今は東京おる。よろしくなッ!」
「ほほ……小野一徳です。好物は珈琲で趣味は囲碁や将棋などをたまに嗜む程度ですな」
「高畑洋子。だるい……」
「神風隼人だ。潔癖症だから絶対に汚すなよ」
先日会った者たちだけで6人。個性豊かな紹介をニコニコしながら聞く五井。
「えっと……はじめまして。駿河樂(するが がく)です。昨日まで最年少だったから後輩が入ってきてくれて安心してくれ安心してます……はは、ははは」
空気が凍りつく。三白眼で細目の駿河という好青年の頭をパコンと叩く大男。続いて口を開いたのは彼だった。
「俺は大桐義人(だいどう よしと)。体を鍛えることと勉強をすることしか興味がねえがよろしく頼むな」
「ふっ、僕は太刀川賢護(たちかわ けんご)」
メガネを右手の中指でくいっと上げる。大桐義人はタンクトップに身を包んだ筋肉バカっぽいイメージだが、太刀川は対照的に陰険でめちゃくちゃ勉強ができそう……そんなイメージだった。
「……福島鷹(ふくしま たか)です」
小声で囁くその男の顔は、長い前髪で全く見えなかった。
「荒木龍(あらき りゅう)。こいつとは何年もペア組んでる。よろしくな」
荒木という厳つい男に『こいつ』と呼ばれた彼のペアの男は先ず頭を下げる。
「どうも。僕は橋本澄人(はしもと すみと)。わからないことがあったらなんでも聞いてね」
全員の紹介が終わったところで、五井も自己紹介をして一旦解散となった。

 「やあ五井星乃ちゃん」
五井の元にやってきたのは橋本澄人。最後に自己紹介をした、短髪で二重の好青年だった。
「君は特殊捜査課の仕事ってわかる?」
橋本に問われても何もわからなかった五井は人差し指を頬に当て苦笑いする。
「じゃあ、一ヶ月僕とペアを組もう。そして一緒に仕事するんだ」
橋本からの誘いにOKを出そうとした五井に、待ったをかける人物がいた。
「待てよ。お前は俺のペアだろうが。何個難事件残してると思ってる」
紛れもなく、彼の現在のバディの荒木龍だった。
「それについては大丈夫だよ。僕が星乃ちゃんとペアを組んでいる間、BOSSが直々に龍と組んで事件解決に取り組んでいくらしいから」
橋本の言葉に渋々納得する荒木。
「そんなわけで、星乃ちゃん、早速一個事件があるんだ」
突然の大仕事の予感に驚きを隠せない五井。それでもなぜか橋本は笑っており、その笑顔を見ているだけで、胸をなでおろしたかのような気分になれるのだった。

 支部舎の二階にある食堂。そこで180円の素うどんを注文し、卓に座った五井星乃。周りの公安課の別の係の人物は初めて見る顔にまじまじと見つめる。
「あんな若い子いたか?」「かわいくね?」「高校生によるコスプレか?」
騒々しい周囲。注目されていることに対しては嫌悪感を抱かない五井は少し鼻が高かった。そんなとき、隣に天ぷらとご飯と味噌汁の乗ったお盆を卓上に置く一人の男。
「やあ星乃ちゃん、今回の事件のターゲットについて話しにきたよ」
「あっ! お願いします!!」
五井の返事ににっこり笑う橋本。この会話に、外野たちの騒ぎ立てる様子もすっかり無くなっていた。
「今回のターゲットは12区にて窃盗を行ったチンピラだよ。ただこいつは先天性魔術師で草魔術の使い手だから戦闘は迂闊に近づかないこと。まずは僕に任せて、とりあえず僕の合図を待ってから動いて欲しい」
爽やかに言う橋本だったが、五井の不安は募る。愛想笑いのような苦笑いしかできなかった。
「えっと……私たちはどうやって魔術師相手に渡り合って捕まえれば良いんですか? どうやったって勝ち目無いような気が……」
五井が恐る恐る尋ねると、橋本はちょっと笑った。
「え、知らないの星乃ちゃん」
「な、何がですか!!?」
ちょっと馬鹿にされたような気がして気に食わなかった五井。橋本は彼女を揶揄して笑っている。
「まあそれも仕方ないか。何せ特殊捜査係は7年前にできたばかりだし」
「は、はあ……」
彼の言うことにイマイチピンとこない。
「特殊捜査係の人はだいたい――というか君を除けばみんな後天性魔術師なんだよ。だからみんな魔術師に対抗する手段、『魔術』を持っている」
そう言われてみれば……と五井が思い出すのは、先日のネオン街から少し離れた場所での光景。神風の血まみれの手と肉片を裂く音は魔術師による特殊能力によるものだったということに気づく。
「あ、ああ……なるほど! それなら安心ですね! でも私そんなもの持ってないんですけど」
「大丈夫。君は僕の補佐をしてくれればいい。それに君は見たところ運動神経も良さそうだし」
「そ、そうですかあ……」
照れ笑いをした五井だった。橋本の笑顔に騙されて上手く丸め込まれてしまったことには気づいていない。
(でも……危険じゃないのかなあ……いくら後天性だからって頭のおかしい人はたくさんいるんだし……)
「じゃあ、早速行くよ」
橋本が立ち上がった。既に天ぷら定食を平らげている。五井もそれにつられて素うどんを急いですする。

 食堂を出て行った橋本。右側へと走るのを五井も追う。特殊捜査係の部屋では、荒木が不機嫌そうにしていた。
「どうした龍。そんなに澄人が新人の五井に取られたのが気に食わんのか?」
四十万に話しかけられた荒木はライターの火をつけ、持っていたタバコに近づける。
「ここは禁煙だ」
四十万に言われ仕方なく黒のスーツの胸ポケットにそれらをしまう。
「澄人の野郎……あんなガキみたいな女に現抜かしやがって……嫌な予感しかしねえんだよ」
「というと?」
不思議に思った四十万が荒木の言葉の意を問う。
「澄人は能力こそ強力だし一流だが、下手するとやばいことになるからよ」
荒木の言葉を聞いて四十万は彼の予想に反してニカッと笑う。
「その下手すると……を事前に食い止めていたのがお前で、今回は自分がいないから不安だってことだな。まあ5年前から組んでるお前だから思うところがあるのかもしれんが……あいつは自分の仕事をわきまえている男だ。それはお前が一番よくわかっているだろう」
荒木は四十万の言葉に返事をせず、喫煙所に行くのかタバコのケースを高々と掲げて部屋を出、右側へと進んでいった。

 第2区。海が近いということもあり、漁港があって漁業が栄えている。そんな中で金品をはじめとする貴重品の入った荷物を魔術を使用して奪うチンピラがいるという報告があった。滅多に事件が起こらない平和な区での事件であるため、区内は騒然としていた。事件が起きたのは港近辺で、青と黄色のコンテナの間にふたりは隠れていた。
「磯臭いですね、このあたり」
「でもここで取れる魚介類は本当に美味しいよ。今度ご馳走してあげる」
「あ、ありがとうございます……」
仕事中に雑談する二人。一見余裕があるのかと思えるが、実際に余裕があるのは橋本澄人一人だけである。そんな二人の間に、犯人と思われる人物が怪しい動きをしていた。
「見ていろよ……今からあの男、あそこにいるマダムのカバンを奪う」
橋本の目線の先には、宝石の無駄と言わんばかりの金品宝飾を身につけた老婆が歩いており、ブランド物の高級バックを持ち歩いていた。その後ろをつける怪しげな男。
「あれが……例の草魔術師ですか?」
声をひそめる五井。静かに頷く橋本。そして、マダムの足元にどこからともなく一本の蔓が。
(危ない!)
五井が飛び出した瞬間に橋本が両手を合わせる。
「戒!」
蔓は跡形もなく消滅していた。そして先ほどの怪しい男も血を吹き出して倒れた。

佐藤ナツ
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佐藤ナツ

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