第六話 邂逅

 待ちに待った放課後。
 達也は例のごとく、号令直後にそそくさと教室を出て行った。忙しい奴だ。

「啓一君」
「美鳥、お疲れさまー」
「お疲れさまー。あのさ、イーゼルの事なんだけど」
「どうした?」
「今日、部室で作業なんだ」
「あらま。ってことは、見つけたイーゼルは使わないな」
「うん。また今度いいかな?」
「わかった」
「それで、明日にでも使わせてほしいんだけど」
「明日からか」
「もしかして、予定ある?」
「強いて言うなら家事くらいだな」
「じゃあ、暇なんだ」
「それがどうした?」
「えっとさ。イーゼル借りて、絵を描くじゃん?」
「ああ」
「その、ずっと絵描いてる訳にもいかないよね。啓一君が暇になるんだし」
「ん?」
「か、買い物に付き合ってほしいんだけど」
「買い物?」
「う、うん。服とか、さ。画材も買いたいんだ」
「で、荷物持ちをしてほしいと」
「……あれ?」
「ん? 違った?」
「う、ううん! そうそう!」
「なるほど、俺を筋肉痛にする気か」
「そ、そういうつもりじゃないんだけど……」
「冗談だってじゃあ、明日な」
「うん。お願い。寝坊はしないでね? 起こしに行くけどさ」
「何時に来る?」
「朝十時でいいかな。ゆっくり起きたいよね」
「わかってらっしゃる」
「ふふ、寝すぎちゃダメだよ?」
「了解」
「じゃ、私部活ですから!」
「おーう、がんばって来い」

 美鳥はカバンを手に、早足で教室を出て行った。

「やっほー啓一君」

 美鳥と入れ替わるように恵理が俺の席にやってきた。

「恵理か。珍しいな」
「聴いたよ聴いたよ。デートかい啓一君」
「盗み聞きはよくないよ? って言っていたのはどこの誰だっけ?」
「嫌だなぁ、ちゃんと許可はとってるよ」
「何の許可だよ」
「……盗み聴きの?」

 それは盗み聴きとは言わないんじゃないか?

「っとと、それは別にいいのよ」
「いいのか」
「惚気を聞きに来たわけでないしー?」

 意味ありげな視線を送るのはやめろ。

「俺はてっきり茶化しに来たのかと思ったけど」
「それもあるけどさ」
「あるのかよ!」
「啓一君って帰宅部だよね」
「前に言ったな」
「イコール、暇だよね」
「いや、必ずしもそうとは限らないだろ」
「忙しいの?」
「強いて言うなら家事くらいだ」
「なら、ある程度暇だよね?」
「いや」
「すぐに崩れる見栄なら張らない方がマシよ?」
「はい、おっしゃる通りで」
「で、少しお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「な、なんだよ?」
「ちょっとね」

 恵理は含みのある言い方をして、その後用件を俺に伝えてきた。


 現在時刻は七時を過ぎたところ。
 こんな時間に何をしているのかと聴かれそうだが、逆に聴きたい。
 俺は、なんでこんな所にいるのよ?
 恵理から放課後に『お願い』をされたからだ。午後七時に学校からほど近い川辺の鉄橋前で待ち合わせ、との事である。
 なぜだろうな、女子との待ち合わせだと言うのに、嫌な予感しかしない。

「おっまたせー」
「遅いぞ」
「いっやー、カメラのフィルム切らしててさー」
「それは別にいい」
「それより、こんな遅い時間に待ち合わせする目的を教えてくれ」
「あー、そういえば用件教えてなかったね」
「ああ」
「私の荷物見ればわかるでしょ?」
「……ハイキング?」
「違うわよ!」

 いや、その重そうなリュックはこれからどこか行くようにしか見えないぞ。

「取材よ、取材!」
「……ああ」
「何よその、お前それしかねーの? みたいな眼差しは」
「そこまでは言ってなんいけどさ。なんで俺を誘ったんだ?」
「それはね啓一君。後輩も先輩達も怖がって誰もくれないから、私一人でローブの絵描きのネタを嗅ぎ回ってたの」
「そしたら、ちょうどそこにニヤニヤ美鳥とデートの約束をこぎつけたムッカつく奴の顔が見えたのよ! それがあなたです!」

 なんだよムカつく顔って。

「何か文句ある?」
「別にいいけどさ。要は、ローブの絵描きを見たいんだな?」
「ええ、そう」
「そこに暇そうな俺を見つけたから協力を仰いだ、と」
「そう」
「少し怖いし、こいつでも囮に使おうかな、とか思った?」
「そうそう! ……あ」
「帰っていいか?」
「ああああん! 待ってってば! 本当にみんな怖がって手伝ってくれないのよー!」
「お疲れ様だな、そんな貧乏くじを自ら引くなんて。物好きめ」
「頼むってば啓一君!」
「……わかった」
「本当!?」
「本屋いってくるな」
「手伝ってってば!」
「…………」
「確かに、ね。人不足ってのはあるけど」
「ん?」
「もし怖くなって逃げ出しても、誰かいれば安心でしょ?」
「俺は保険か」
「お願い! それに、これはチャンスなの!」
「何のだ」
「スクープ独占の」
「がんばってくれ」
「何言ってんのよ! 啓一君が頑張るのよ?」
「なんでだよ!」
「あなたにとって、それが有益だから」
「訳がわからん。なんでお前のスクープ独占に協力しないと」
「新聞部の規定。知ってる?」
「いきなりなんだ。知る訳ないだろ」
「スクープを取り上げた生徒には、九日分のAランチ食券をプレゼントって言うのがあるんだけど」
「なん……だと!」

 Aランチと言えば学食最高位のメニューじゃないか……?

「達也君の分を併せて、四日分でいいかな?」
「乗った」

 あれ?
 おかしいな、俺いつ親指立てオーケーサイン出したっけ。

「さすが啓一君ね!」

 いつの間にか立てていた親指を優しく包まれていた。

「しまった、食券で釣られた」
「美鳥の言った通り、食べ物に弱いわね」

 何たる不覚。

「うるせー。達也といつも一緒にいるせいだ、きっと。そうだ、そうに違いねぇ」

 一人暮らしの節約癖が出てしまったんだろうか。

「達也君怒るよ?」
「食券の約束は守ってほしいけど、どうやって探すんだよ」
「そりゃ足でしょ」
「自転車乗ってくりゃよかった」

 近いからと言って歩きで来ちゃったもんな。

「はい、私の携帯番号。メモしといたから、かけてみて」

 渡されたメモの通りにボタンを押し、発信する。

「お、来た来た」
「それが俺の番号」
「ん。ローブの絵描きを見つけたらかけてね。メールアドレスは?」
「今度の機会でいいだろ。今日は遅いし、とっとと探そうぜ」
「おー、真剣だね、新入部員さんは」
「入部した覚えはないからな!?」
「はいはい。じゃ、啓一君は今私が来た道ね」
「別れて探すのか」
「目撃者は全員一人の時に会ったって話だから」
「なるほど」
「じゃ、なんかあったら電話するねー」

 恵理はそのまま鉄橋のある方向へ走り去って行った。
 あんな重そうなリュック担いでいるのに、よく体力が保てるな。
 踵を返し、俺は恵理と反対方向へと歩き出す。

「ローブの絵描き、か」

 この街はなんでこう絵描きに縁があるんだな。父さん然り、都市伝説然り。
 この町は多くの名画家が生まれ育った土地だって美鳥が言ってたような気がする。
 記憶をなくした頃に聞かされた話だけど。

「でも、面倒な事に巻き込まれたな……」

 スクープ独占の目標が、きな臭い都市伝説の類だぞ?
 俺は歩きながら、持ってきたカバンを漁りだした。
 携帯と財布。それと、いつも入れてある筆記用具とノート一冊。

「絵、か」

 俺は思い出したように川辺の道をずれ、座り込んだ。
 夜とは言え、ここはなんとなくあの夢の光景に似ているような気がした。
 目の前にある鉄橋と、その下を流れる川。夢の中で呆然と眺めていた景色だ。
 適当なシャーペンとノートを取り出し、開く。そこからノートに線を一本加え、そこから。
 そこから――。

「ダメだ、どう描いていいかわからん」

 探索をサボり、絵でも書こうかと考えた俺の判断は、物の見事に数十秒で粉砕された。
 ペンを置き、うなだれる。どう描いていいのかがイメージできなかった。
絵は得意だ。手は動いてくれる、体が覚えているんだろう。
 ここは記憶を失っても通い続けた道で、見慣れているはずなんだ。
 でも、こうやってたまに描けなくなる事がある。
 俺の中にない記憶が描く事を拒んでいるように、手が進まない。
 唐突に描こうと思い立った公園の並木も、描こうとすると途端に手が止まる。
 どうしてだろう。

『キミの絵、すきだもん』

 あの夢で俺のいた場所は、ここなのだろうか。
 俺にとってこんなにも印象深い景色なのに、目の前のそれをただ感じたままに描くだけのはずなのに。
 どうして、本物を前にすると描けなくなるんだろう?

「記憶が戻れば、また描けるようになるのかな」

 いや、もう俺にゆっくりと絵を描く時間なんてないよな。
 卒業まであと二年もないんだ。
 そろそろ俺は、自分の歩く道を見つけなければならないのかも知れない。
 自分の歩いてきた道すら、見えてはいないのに。

「今の俺に合う趣味を見つけないとダメかな」

 空も自分の心も、ほぼ暗闇に包まれようとした頃。

「……!」

 視界の端で、何かが動いた。

「黄色い、ローブ?」

 一瞬だったせいか、その服がローブなのかどうかは、ハッキリ見分けられなかった。
 だが、これだけは間違いない。鉄橋のガード下に誰かがいた。
 思い込みかな?
 確かめよう。

「でも本当に、ローブの絵描きだったら?」
「と、追う前に恵理に知らせないと!」

 携帯の発信履歴から、恵理の番号に引き出し、直接発信する。

『おかけになった電話は、現在電波の届かない――』
「クソッ、こんな時に……!」

 携帯をポケットにしまい、俺はすぐさま坂を下った。
 転げそうにもなったが、なんとか体勢を整えて鉄橋のガード下が見渡せる位置まで移動する。
 誰もいない。

「向こう側に行ったのか?」

 息を呑み、鉄橋のガード下へ。さっき見た影を追わないと。ガード下を数秒で駆け抜け、再び川辺へ。
 そこには奴がいた。何の変哲もないイーゼルの前に座って、月明かりを妖しく跳ね返す黄金色のローブを羽織っている。そのフードで顔を隠した絵描きの姿は、どこか幻想的だった。
 学校の話題、その一部である都市伝説『ローブの絵描き』……それが今、俺の目の前にいる。
 ここでとある考えが過ぎった。もしかしたら、恵理のイタズラなんじゃないか?

「おい!」

 あいつがどこからかローブを調達して着てきたんだろう。そうに違いない。
 俺はやや上ずった声をローブの絵描きに投げかけた。
 ローブの絵描きは俺の声が聞こえたらしい。今の上ずった声で笑いをこら えきれなくなってボロを出してくれれば助かるのだが、そんな様子は見せない。
 暗くて顔は見えないが、こちらを向いたのはわかる。

「恵理じゃ、ないのか?」

 瑞樹先輩の話では女と言う事だったけど、こいつは男だ。
 背は俺と同じくらい。ガタイはそんなにいい方ではないけど、脆弱と言うほどでもなかった。
 瑞樹先輩が見たローブの絵描きとは違うのか?
 恵理の悪戯である線は捨てきれない。誰かに代役を頼めばいいのだから。

「………………」
「………………」

 俺はローブの絵描きと、それこそ永遠とも思える時間、対峙しているように思えた。
 そして沈黙を破るように、先に動いたのは絵描きだった。
 左手をゆっくりと上げ――落としながら引き戻した。
 絵描きは俺を手招いている、すぐにわかった。
 俺とローブの絵描きだけの直線上にある二人だけの空間。周りには誰もいない。

「お前は、何者なんだ?」
「…………」

 問いかけても、それを無視するように手招きはやめなかった。

『見テ?』
「……!?」

 喋った……?
 どこかで聞いた声だ、どこだ?
 思い出せない、記憶を失った前に聞いたのか?

「誰だよ、お前……」
『見テ?』
「今度はそればっかりか」

 覚悟を決めようと思った。手招きに応じ、一歩俺は前に出た。
 それから一歩また一歩と、空気の重い川辺を歩いていく。
 イーゼルの佇むローブの絵描き。そこに何か描かれているのかを確かめる為に……。

「…………」

 キャンパスの前に辿り着いた。
 携帯の明かりで、キャンパスを照らす。

『見エル?』
「…………」

 美鳥に言っていた通り、キャンパスは本当に白紙だった。
 そこには何も描かれていない。光の反射で見えないというわけでもなさそうだ。

『見エル?』

 なら、どうしてこんな質問をしてくる? 何か描かれているのか?
 からかっているのか?
 俺は、何の返事も出せないでいた。
 声が出ない。ただ、これは白紙だと言えばいいのに。
 どう答えていいのか、今の俺にはわからなかった――。

太刀河ユイ
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太刀河ユイ

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