第八話 予期せぬ再会

「つっ、かれた……」

 繁華街での買い物を一通り済ませ、俺達は帰路についていた。

「結構歩き回ったね」
「その割には荷物が軽いな」
「な、悩んだ割には買わなかったからね」
「そういえば、さっき思い出したように画材屋へ寄ったけど。何か忘れ物でもしたのか?」
「へ? あ、ちょっとね!」
「そっか」

 結構おっちょこちょいだからなぁ、美鳥は。

「ん? あれって」
「なに?」
「公園見てみろよ。智明先生じゃないか?」
「先生? あれ、本当だ……何か様子が変だよ?」
「誰か探してるのかな。キョロキョロしてる」
「いってみよ」
「ああ」
「先生!」
「あ、二人共!」
「あの、どうかしたんですか」
「そ、それがね。あなた達と会った後、買い物をして一度家に帰ったの」
「それで晩ご飯の準備をしてたら、明音がいなくなってて」
「え!?」
「家中探してもいないから、もしかしたらと思って公園に来たんだけど……」
「誰に聞いても見てないって言うのよ……」
「わ、私どうしたらいいのか」

 ひどく動揺してる。とにかく落ち着かせないと。

「落ち着いてください!」
「智明先生、警察には届け出たんですか?」
「い、今から行くところで……」
「わかりました。先生は美鳥と警察まで行ってください」
「う、うん」
「美鳥、先生を頼む」
「任せて。啓一君は?」
「俺は自転車で、住宅街を回ってみる」
「わかった」
「あと先生。時々家に戻ってみてください」
「え、ええ」
「明音ちゃんがいなくなって、どれくらい経ちますか」
「二時間くらいよ……」
「どうも。じゃ、俺は自転車取ってきます」
「何かあったら電話するね」
「おう!」

 智明先生を美鳥に任せ、俺は自宅へと駆け出した。
 子供の足なら遠くへは行けないはずだ。
 一時間程度なら、自転車で徹底的に探せば見つけ出せる。
 子供の足なら……。

「いや、考えるのはよそう」

 誘拐なんて、最悪の事態だ。

「達也は?」

 いや、アイツは今バイト中だ。バイト終了の時間は確か午後六時。

「あと一時間」

 電話するのは六時を過ぎてからにしよう。
 それから俺は、道行く人に見境なく子供が一人で歩いていなかったかどうかを尋ねて回った。
 そして、自転車を疾走させて一時間。
 明音ちゃんがいなくなって三時間。交番にも何度か行ってみたが、手掛かりはなし。

「午後六時」

 達也のアルバイトが終わる時間だ。

「出てくれよ、人手がいるんだ!」

 携帯電話のアドレス帳から、冬木達也の番号に発信する。

『はい、もしもし』
「達也か!」
『うっわ! びっくりしたぁ……』
「わ、悪い。でも急用なんだ」
『ど、どうしたの。そんなに慌てて』
「掻い摘んで話す。智明先生の子供が迷子になんだ。警察、通行人ともに手掛かりがない」
『え!?』
「人手がいる」
『先生に子供がいたのも驚きだけど……いなくなったのはどれくらい?』
「三時間ほど前だ」
『考えたくはないけど、誘拐って線は?』
「警察が検問してくれてる」
『その子の特徴は?』
「背はお前の太ももくらい。女の子だ」
『先生は今どこにいる?』
「美鳥と一緒にいる」
『わかった。美鳥に電話して、場所を聞いてみる』
「頼む! じゃあ切るぞ」
『うん』

 この一時間で住宅街、公園、小中学校、幼稚園、あちこち探し回った。

「あとは、川辺か」

 ローブの絵描きの事を忘れようとするあまり、無意識に川辺を避けていた。
 だから、あの場所はまだ探していない。ここから川辺までの最短ルートを、頭の中で探ってみる。
 けど、ダメだ。少し遠回りの道しか知らない!
 記憶を失って三年。慣れたつもりだったけど、この辺りの地理は少し複雑すぎる。
 俺は諦めて遠回りを決め込み、自転車を走らせ始める。
 川辺へ向かって少しすると、繁華街へ出た。

「まだかかるか!」

 ここから住宅街、公園へ出て川辺だけど、やっぱり時間がかかる!

「啓一君!」
「美鳥!」

 慌てて自転車のブレーキ握り、少し追い越したところで止まった。

「明音ちゃんは見つかった?」
「いや、それより先生は? 一緒にいたんだろ?」
「達也君に任せてきた」
「え、達也に電話して少ししか」
「たまたまバイト先が近かったんだって」
「私はまだ川辺を探してなかったから、自転車を取りに行こうと思って」
「俺も今から行くところだ」
「あ、乗せてもらっていい?」
「ああ」。
「川辺までの近道ってあるか?」
「ここからなら繁華街を横切って、裏に入ると抜けられるはずだよ」
「よっしゃ!」

 繁華街の人が減っていたのが幸いし、思ったより早く川辺へたどり着いた。

「美鳥。手分けして探そう。一旦降りろ、俺はこっちに行く」
「なら、私は反対」
「頼む」
「よっ、と。あ、啓一君、明音ちゃんに会ったら同じ目線になって、怖がらせないようにね」
「お、おう」
「上から見たら怖がるから。あ、一度安心させたら、もう大丈夫だから。手を握ってあげて」
「わかった」
「見逃さないようにね」
「お前もな」

 美鳥と二手に別れ、川辺の探索を始める。空が赤みを帯びてきた。暗くなる前に見つけないと。
 いない。
 いない。まだ見つからない。
 そろそろ前にローブの絵描きを見た鉄橋に差しかかる頃だ。
 その鉄橋のふもとの人影を確認した。見た事がある。俺は一度自転車止めると、ペダルを踏みながら身を乗り出して、その人影を凝視した。

「……!? ローブの絵描き!」
「あいつに聴いてみよう」

 再び自転車を走らせ、ローブの絵描きの姿を確実に捉えることができた。 やっぱり、ローブの絵描きだ。でも、その近くにも誰かいる。
 あれは……子供?

「明音ちゃんだ!」

 服装が昼に見たときと同じで、すぐに明音ちゃんだと気づいた。どうやら、キャンパスを覗き込んでいるようだ。
 ローブの絵描きは明音など気にもせず、黙々と筆を走らせているように見える。

「っとと!」

 自転車をその場で乗り捨て、その勢いで坂を駆け下りる。

「明音ちゃん!」
「……? あ、おにーちゃん」
「ダメじゃないか、お母さんに心配かけちゃ」

 明音の元に駆け寄り、同じ目線になるまで腰を落とした。
 とりあえず、美鳥に電話しよう。

『啓一君?』
「美鳥、見つけたぞ」
『本当!?』
「鉄橋のところだ」
『わかった。智明先生に電話して、私もそっちに行くね』
「おう」

 さて、と……。

「ほら、明音ちゃん。行くぞ」
「やだー」
「お母さん心配するぞ」
「うー。絵みてたいー」
「絵?」

 ああ、こいつの絵か。
 仕方ない。美鳥が来るまでゆっくりさせるか。
 俺はそっちのけだったローブの絵描きに振り向き、キャンパスを覗こうと――。

「……!?」

 え?
 キャンパスより先に、そいつの顔が目にとまった。
 頭を覆っていたフードから見えた、そいつの顔。
 見上げた先にあったその顔は見知ったもので、俺は目を疑った。

「ミ、ドリ?」
「美鳥、だよな」
「ど、どういうことだよ」

 ローブの絵描きの顔は、美鳥にそっくりだった。
 でも、当の本人は今電話に出たばかりだ。ローブの絵描きは、携帯を取り出す仕草も見せていない。ずっと筆を走らせていた。

「お、おい!」

 俺は動揺のあまり立ちあがってしまった。

「だ、誰だよ。お前……」
「…………」

 ローブの絵描きは答えない。黙々と絵を描いている。

「明音」
「なあに?」
「この人、いつからここにいた?」
「ずっとー」
「お前がここにいてからずっと?」
「うん」
「えと、何か喋った?」
「うん」
「どんな事?」
「絵がスキってお話しー」
「そ、か」

 ずっと、ここにいた? なら、美鳥じゃないのか?

「だとしたら誰なんだ?」

 俺の質問には、応えようとしてくれない。
 絵描きの横に佇み、美鳥が来るのを待つ事にした。
 しばらくして、美鳥が鉄橋までやってきた。

「啓一くーん! 明音ちゃーん!」
「わっ、わっ!」

 坂を下りる際に転げそうになる美鳥。

「大丈夫か?」
「う、うん。啓一君、あの……」

 降りてきた美鳥は、こちらに近づいて来ようとしない。
 と、美鳥の視線を追うと、その先にはローブの絵描きがいた。

「ああ、噂の『ローブの絵描き』だよ」
「え!? ほ、本当にいたの!?」

 俺は別の事で驚いているってのに、何か気が抜けるな。

「あ、そうだ。明音ちゃん」

 ……それにしても、似すぎている。
 今はフードで隠れていて見えないけど、あの顔は印象に残りすぎている。

「もう。明音ちゃん、ママのところに帰るよ?」
「ん……」

 美鳥の顔と、頭の中に残ったあの顔を比べてみる。

「えっと、ほら、この人にも挨拶して。バイバイって」
「バイバイ」

 美鳥が明音の手を握り、その場を立ち去ろうとする。

『待ッテ』
「……!?」

 呼び止められる二人。

「え?」

 その声に、美鳥はひどく驚いていた。
 俺も、この声には聞き覚えがあった。

「今の声……」

 明音の手を離し、ローブの絵描きに駆け寄る。呼びとめた時に突き出した絵描きの右手が虚しく浮いていたれ
 一方俺は、必死でこの声をどこで聞いたのか思い出そうとしていた。

「おね――」

 一歩、近づく美鳥。
 俺も近づいてきた、その声に。

『かかないの?』

 一歩、また近づく。

『キミの絵、すきだもん』

 鮮明になっていく、白紙の記憶。

『んー? くすくす』
「顔、見せて」
『えへへ。ごめん。私はね――』

 見られなかった夢の先。記憶。

「美……き?」

 記憶のパズル、それがいつまでも完成しない理由がわかった。

『私はね、秋葉美樹って言うの』
「美樹お姉ちゃん……!?」

 記憶のピースは、最初から揃っていなかったのだから。

太刀河ユイ
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太刀河ユイ

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