プロローグ

 赤羽高等学校三年生、春日瑞樹の日常は、最近になって大きく変化した。

 この体験談は、彼女の高校で瞬く間に噂が広まったものだ。

 学費を稼ごうと始めた新聞配達のアルバイト。だが、その日はいつもと勝手が違った。
 前日にやめた者の埋め合わせが取れずに、配る量が多くなったのだ。
 配れない量ではなかったが、溜息が出るほどに億劫に思えた。

 少しでも早く終わらせるべく、瑞樹は川辺を経由した。
 ここは近道としてよく利用されており、空気も良い。スクーターを走らせ、ヘルメット越しに感じる風を満喫しながら、頭の中で道順を確認していた。

 すると、視界の端に何かが映った。
 絵描きの姿だ。
 この川辺では釣りをする者はいないが、絵描きが稀にイーゼルを立てている事がある。
 その人物のそうなのだろう。

 だが、どうにも解せないのは、その格好だ。
 後ろ姿でしか確認はできなかったが、その絵描きは濁った黄金色のローブを羽織っていたのだ。
 思わず眉を細め、違和感を覚えた瑞樹はスクーターを止めた。

 ふと、イーゼルに立てかけられたキャンバスの中身が気になった。
 背伸びをして坂の下を覗いてみると、ローブの絵描きはようやく瑞樹の存在に気付いた。

「おはようございます」

 瑞樹は挨拶をした、なんて事のない挨拶だ。
 ローブの絵描きは答えなかった。
 気付いていないのか。いや、そんな事はないだろう。
 挨拶をしても返してくれない人だっている。あれはそういう類の人間なのかと、瑞樹は特に気には留めなかった。
 だが、ローブの絵描きは、手をあげて、またその手をゆっくりと戻した。
 数回それが繰り返され、瑞樹はそれが手招きなのだと悟った。
 周りに人は誰もいない。絵描きと、自分だけだ。
 絵描きはずっと手招きを続けていた。何度も、何度も……。

 ゾクリと、瑞樹の背筋に嫌なものが浮かんだ。
 寡黙。手招き。
 濁った黄金色のローブ。
 応じてはいけない。直感でそう思ってしまったのだ。
 恐怖を覚えた瑞樹は、スクーターのエンジンをかけて、すぐにその場を立ち去ろうとした。
 ローブの絵描きは胸があった為、女性だと言う事はわかったが、フードで顔はまったく確認できなかった。
 そして、瑞樹は一度だけ、スクーターを走らせながらローブの絵描きを振り返った。
 視界にはイーゼルに立てかけられていたキャンパスが映り、その中身は確かに確認した。


 そのキャンバスの中身は『白紙』に見えた。

太刀河ユイ
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太刀河ユイ

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