17話 その結晶、僕の糧となれ

 真っ赤に染まり上がる小学校……だったらしい場所。
 校庭には何が楽しいのか盛り上がっている小鬼たちと、ただ本能のままに校舎へと押し寄せているゾンビたちがいる。目を凝らせば空には数匹のゴーストが浮かんでいて、中にいるのだろう人間が出てくるのを待ち構えているようだった。

 しかし周囲は完全に取り囲まれていて出てこられる余裕も無い。校舎の入り口からは幾度も炎が吹き出し、中へ入っていった小鬼を押し出している。人々はきっと、校舎の中で敵たちと戦っているのだろう。
 八尋は無残にも押し破られた校門の前で、呆然とその光景を見ていた。

「どこから……こんなに。……いや、生まれてくる場所はたくさんあるのか」

 放置された死体が、小鬼の卵。今日の惨劇で死体はたくさん生まれたことだろう。まさか適切な処置がなされているとは思えず、それは全てが小鬼を生み出す可能性があることになる。
 八尋は小学校の敷地へと入り、出来る限り端を通りながら校舎を目指し始めた。

 ともかく状況を把握しなければと気が急く。今この間にも何人の人がその生命を落としているのかわからないのだ。
 見た限りでは校舎を取り囲む小鬼の数は減っていないために、中へ侵入されることだけは防いでいるようではある。その防衛に協力すべく八尋は足を動かしているのだ。

 ――あわよくば。

 亡くなった者の結晶を手に入れるという野心を心の中に秘めて。
 だがそれは、頭の中の冷静な部分が隠してくれる。いかにも助けに来たという必死の形相を浮かべて、八尋は校舎の裏側へまわる。

 顔を上げ、そこに窓があることを確認すると、彼はキュッと口を結んだ。
 緑色の粒子が、ふわりと漂う。
 そして八尋の足が地面から離れ始めた。重力に逆らって浮かんで行くと、2階にある窓の前で動きが止まる。元から閉まっていたのか、それともここへ避難した者が閉めたのかはわからないが、とにかく鍵がしまっているその窓を空気の塊で打ち破る。今回は音が大きく響かないよう、校舎の内部に窓を覆うよう真空の幕を創りだして。

 慎重に、周囲へ影響を及ぼさないように真空状態の幕を解除すると、ガラス部分の無くなった窓をくぐった。
 その廊下に人はいない。だが下から聞こえてくる怒声のような物で満たされている。八尋は一度だけ左右を見回し確かに誰も居ないことを確認すると、近くの階段を降りて校舎の昇降口へと向かう。

「ドンドン攻撃しろ! あんな化物どもなんかに負けてんじゃねえ!」

 そこは地獄絵図だった。
 外から入ってきた小鬼たちに対抗するべく人間たちは惜しげも無く力を使い、その結果化物たちは無残な死体を晒す。どんどん敵が追加されるこの状況では、既に力なく横たわる物に気を向けている暇は無いのだ。

 そのせいで昇降口には真っ黒に焦げた何かと、どこかしらに欠損の生じた小鬼の体が倒れている。
 戦う人々はジリジリと前に進んで防衛線を押し上げていることから、一応優勢ではあるようだ。小鬼たちの死体の位置から、最初はかなり奥まで攻められていたことを考えれば、今はもう心配いらないほど。

 必死な彼らは、八尋がここへ来たことすら気がついていない様子。その中には、昼に出会った3人の男の姿も見て取れる。
 おじさんはいかにも楽しそうに小鬼を焼き殺し、スーツの男は真剣な表情で手に持った刃を振るっている。好青年は少し後ろのほうで指示を飛ばしていた。きっと彼は戦闘向きの力では無いのだろう。

 戦う彼らの様子を眺めながら、八尋は手前に横たわる無数の死体に気を引かれていた。
 剣に斬られたのか、パックリと胸元が避けている小鬼の死体から紫色に輝く結晶が覗いている。それは紛れも無く、ゴーストが外傷無く引き出すものと変わらないそれ。

 自然と、八尋の足はその前へと進み、手は結晶に……力に伸びていた。
 二チャリと柔らかい感覚が返ってきて、結晶から一筋の赤い線が垂れる。そんなことを気にもせず、少しの抵抗を受けてでも抜き出した結晶を、彼はそのまま口へと運んだ。

 瞬間、紫色の粒子が八尋を包む。
 その奔流は緑色のときより少なく、すぐに消え去ってしまった。
 だが確かに、その効果は著しい。

 小鬼に攻撃され、違和感のあった足が正常に戻ったのだ。
 それにどこかもやのかかったような状態だった頭がクリアになる。燻っていた迷いが大きく減った。
 まだ前では戦いが続いている。八尋に気がついた様子もなく、ただ脅威を退けようと力を繰り出し続けている。

 そして幸いな事に、横たわる無数の死体全て、まだ結晶を保有しているようだ。彼らはもしかすると、この力が強化されるという事実に気がついていないのかもしれない。

 ――これはラッキーだ。

 気がついていないのならそれは都合がよく、とはいえ知っているとしても、目の前にある力をみすみす見逃すわけにはいかない。
 炭化した死体を崩し、傷の少ないものは体を切り裂いて、八尋は次々に結晶を取り込んでいく。そのたびに、様々な色の粒子が八尋の周りを漂い、霧散していく。

 恐らくは20ほど結晶を取り込んでようやく、八尋の周りの死体は全て切り開いたことになる。
 これ以上は人々に気が付かれる危険が出てくるため、迂闊に近づいて行くわけにはいかない。彼らがこの事実に気がついていないのなら、いずれ余ったあれらを回収する隙も生まれることだろう。

「大丈夫ですか!」

 よって八尋は白々しく、いかにも今この場に来たかのように好青年へと駆け寄って声をかけた。
 その声で、前から八尋へと視線を移動させ、好青年は顔を驚愕に歪めた。

「お前は……」
「家から火の手が見えたので、助けに来ました」

 好青年の目をしっかりと見据えて、一切よどみなく言い切る。これならば多少は信用される要素足り得ることだろう。問題となるのは、今人間たちが優勢であるということくらいだ。

「そうか……それはありがたいが……君は戦えるのか?」

 好青年の目が自身を訝しむようなものに変わり、八尋は内心笑った。
 意識を集中させ、空気を操る。
 自身の力が強化されていることを感じながら、下から上へ、風を持ち上げた。
 八尋の周りだけで空気が流れ、髪を浮かせる。そしてその風邪はそのまま四方八方へと広がり、目の前の好青年に確かな力の強さを見せつけた。

「確かに、大丈夫そうだ。少しだけ協力してくれ」

 再び驚愕を浮かべながら、好青年は言う。八尋の力は認められたのだ。

「はい」

 1つ頷いて彼は、前へと進む。既に目前であろう勝利を、完全なものとするために。

相羽 桂
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相羽 桂

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